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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十一話 渡り鳥は愛を歌う
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11-6

 分厚い軍用のコート、耳当ての付いた毛皮の帽子、口元まで覆うマフラー。身分を隠すための格好は、街の視察へ向かう条件としてルルスカヤ大佐に提示されたものだ。それらを身につけ、二名の護衛を従えて運転手付きの車に乗りこむ。地図を読む必要も周囲を監視する必要もなく、ただ後部座席に収まって車外の景色を眺めるフェルの脳裏に浮かぶのは、かつての戦争の記憶だった。


 戦況が不利に傾く度に出される、元老院の要請。それを受けて魔法を行使する場所は、シャイアとの国境から始まって徐々にルーシャ内陸部へと移動していった。その場にいなければ魔法を行使できないこと、連発が利かないことは敵方の行った人命軽視の瀬踏みによってすでに見抜かれており、一時的に戦線を押し返しては他の戦線で押しこまれることを繰り返していたのだ。


 もっとやりようはあった、と今になって思う。目先の脅威に怯え、安易な陽動で踊らされる元老院の要請になど従わず、軍と連携してここぞという場面で的確に魔法を使えていたら、敵軍に甚大な損害を与えて、撤退を強いることもできた。時間稼ぎに徹して冬まで長引かせれば、地の利を得ての反撃も可能だったはずだ。


 そういう意味では、ルーシャの現状は自分に責任がある。フェルがルーシャを離れて一年あまり。空から眺めた母国の大地は今なお魔力が希薄なままで、生命の気配が感じられない死んだ土地に成り果てていた。これでは作物の収穫も期待できず、冬越しの準備もままならなかったに違いない。その先に待つのは、餓死か、凍死か。戦争が残した傷跡は、今なおこの地に生きる民を苦しめている。


 凍りついた路面を、車がゆっくりと進んでいく。この街で一番の大通りだが開いている店は数えるほどで、静まりかえった街路で目につくのは市民よりも兵士の姿だ。しかも、よく観察すれば統制の取れた正規軍のそれではなく、煙草をふかし酒瓶を傾ける民兵まがいのごろつき集団であることが見て取れる。護衛の兵たちの様子を窺うと、そうした民兵の様子を苦々しげな目で見つめていた。


『彼らも正統ルーシャ軍なのですか?』

 フェルの問いかけに、護衛の一人がわずかに顔をしかめてうなずく。

『はっ、その通りです』

『彼らは民兵ですね? 市街の警備は彼らに任せているのですか?』

 問いかけに対して、隠しきれない侮蔑を滲ませた口調で護衛が答える。

『あれらに任せているのは重要度の低い、単純な哨戒任務です。正規軍はシャイアの反撃に備え、重要施設の警備に重点を置いて配置されております』

 一見、もっともらしい説明だった。しかしその論には穴がある。

『では、飛行場は重要度の低い施設という認識なのですね?』

『は? いえ、決してそのような……』

『わたしがベルネスカの飛行場に降り立ったとき、正規軍は影も形もありませんでした。出迎えに現れたのはこの車を運転するスルコフ兵長が率いるわずかな民兵のみ。貴方の説明が真実なら、飛行場を警備する正規軍の兵は任務を放棄していたということになりますが、その認識で間違いありませんね?』


 護衛が言葉に詰まり、車内の空気が凍りつく。数秒の沈黙を置いて、十分な効果を上げたと確信できてから、口調を和らげて続ける。


『誤解しないで欲しいのですが、貴方を責める意図はないのです。わたしはただ祖国の未来を憂う者の一人として、真実を知りたいだけです。どうか、この街の現状を包み隠さず教えていただけませんか。そうでなくては、視察の意味もありません』

『真実、と言われましても……』

『率直に言いましょう。ルーシャに戻ったばかりのわたしが今もっとも欲しているもの、それはあの敗戦から今日まで耐え抜いてきた貴方たちの肉声なのです。敗戦を経た今、貴方たちが何を想い、考え、望んでいるのか。それらをわたしに聴かせて欲しいのです。貴方たちだけではありません。できるだけ多くの人と会って、話をしたい。そうして、貴方たちと一緒にこの国の行く先を考えたいのです』


 フェルが言葉を切ると、隣に座って受け答えをしていた護衛が返答に迷い、助けを求めるようにもう一人の護衛に視線を送った。助手席に座るもう一人は、それを受けてかすかに首を振ってみせる。言うな、黙っていろ、そんなニュアンスだ。


『おそらくルルスカヤ大佐からわたしの扱いについて指示を受けているものと推察します。見せても当たり障りのない場所だけを回るように、といったところでしょうか。スルコフ兵長、命令です。次の交差点で右折してください』

『は……はいっ』

『フェルリーヤ様、いけません!』


 スルコフが弾かれたようにハンドルを切り、車が大きく揺れる。制止の声を上げた助手席の護衛が苦々しげにスルコフを睨むが、彼は気付いていない様子だ。


『わたしに脅されて、仕方なく従ったと証言してもらって構いません。わたしにその力があることを、ルルスカヤ大佐は知っているはずです』

『ですが……そこまでして、何をご覧になりたいのですか?』

『ありのままの全てを。この国の現状を見定めなければ、正統ルーシャ軍に力を貸すという決断はできないからです。お分かりですか? 貴方の態度、そして返答によっては、すぐさまこの地を離れることも考えねばなりません。もしそのような事態に陥れば、その原因を作った貴方も困るのではありませんか?』


 護衛である彼の任務には、フェルの護衛だけではなく、正統ルーシャ軍にとって都合の悪い情報を隠して誤魔化すことも含まれているはずだった。そんな彼がどうすれば心を開いてくれるのか、フェルには分からない。ユベールがいてくれればという弱気を押さえつけ、彼ならどう交渉するかをイメージして言葉を紡ぐ。


『あくまで任務としてわたしの護衛を務める貴方を困らせてしまったかも知れませんね。実際のところ、祖国を敗北に導いたわたしの言葉を信用して欲しいというのは無理なお願いなのかも知れません。ですが、こんなわたしにもまだやれることがあります。貴方たちと共に、ルーシャが進むべき道を見出したいのです』


 車内は沈黙に包まれ、車は道なりに進んでいく。このまま進めば駅に到着するのは事前に確認済みだ。護衛の一人、後部座席でフェルの隣に座っている男の視線から察するに、助手席でスルコフに行き先を指示していた護衛が上位者のはずだ。


『……我々が危険だと判断した場合、避難の指示に従っていただきます』

 返ってきたのは実質的な譲歩だった。内心で快哉を叫ぶ。

『分かりました。まずは駅を視察し、その後は市民の暮らしが分かる場所へ――市場や酒場がいいでしょう――向かってください。スルコフ兵長、頼めますね?』

『はっ!』


 ほどなくして、駅が見えてくる。しかしどうも様子がおかしい。違和感の原因は、停車している列車にあった。長大な車列がホームからはみ出しているのだ。それが貨物列車であれば、別におかしなところはない。しかし天蓋のない貨車の上部でうごめいているもの、そのひとつがこちらを見るのをフェルは視認した。


『あれは……人ですか……?』


 近付くに連れてはっきり見えてくる。一両だけではない。十数両もの貨車、その全てに人が乗っているのだ。それも一人や二人ではない。寒さに耐えるためかフードや毛布をかぶった人間が大勢いて、車内は立錐の余地もない様子だ。


『どういうことですか? 彼らは?』


 護衛の気まずそうな表情から察するに、彼らは事情を知っているようだ。フェルに見せたくなかったもの、少なくともその内のひとつがこれに違いない。駅のロータリーでスルコフ兵長と車を待たせ、駅舎へと足を踏み入れる。


『これは……』


 駅舎は人でごった返していた。様々な年齢、性別の人々は一様に疲れ切った表情を浮かべ、恐怖と諦観に打ちのめされたような緩慢な動きで兵士たちの指示に従っている。彼らの服装はまちまちで、使い古された毛布やコートに身を包んでいる者や、明らかに場違いな薄着の者もいたが、一様に薄汚れていた。


『彼らはカザンスクからの避難民です』


 護衛が短く告げる。カザンスクはモルウルス自治区に隣接する要所で、ユベールの情報ではシャイア軍が駐屯しているという話だった。そこから避難民が流れてきているのは、カザンスクが正統ルーシャ軍の支配下に入ったことを意味する。


『では、ウルリッカはカザンスクで戦っていたのですね』

『は……その通りです』

 フェルが確認すると、観念したように護衛が答える。

『ウルリッカは戻っているのですか』

『それは……我々では何とも』


 視線を巡らせると、いつの間にか注目を浴びていることに気付く。避難民たちはフェルを指差し、目配せし、互いにささやきを交わしている。


『おい、あの白い髪……』

『本物の魔女、なのか?』

『あれが魔女……どうしてここに?』


 不穏な空気だった。護衛の二人がとっさにフェルをかばう素振りを見せたが、それがよくなかった。ざわめきが広がり、誰かが悲鳴にも似た声で魔女がいるぞと叫ぶのが聞こえた。兵士たちが制止の声を上げるも、興奮した避難民の耳には入らない。


『魔女め! 貴様のせいで俺たちがどんな思いをしたか!』

『返して! 夫と息子を返してよ!』

『貴様が逃げたせいでこんなことになったんだ!』

『さっさと死んでればよかったんだ!』

『そうだ! ここで殺してやる!』

『銃をよこせ!』


 フェルを冬枯れの魔女と見た避難民の一人が罵声を上げると疑念は確信へと変わり、、それに追随する声が一気に膨れ上がった。興奮してフェルに詰め寄ろうとした女が兵士に腕を掴まれ、床に引き倒されて甲高い悲鳴を上げる。


『フェルリーヤ様、こちらへ!』


 護衛に手を引かれ、駅舎の外へと向かう。混乱が収まる気配はなく、フェルに向かっていくつもの手が伸ばされる。その間を抜けようとして、薄汚れた手に服をつかまれ、引っ張られた。護衛は躊躇なく銃を抜き、フェルの服を掴んだ避難民の顔面をストックで殴りつける。痩せ細った男は鼻血を吹き出し、顔を押さえてその場にうずくまった。護衛は男を蹴りつけ、フェルが逃げるための道を開く。


『フェルリーヤ様、お早く!』

『……っ』


 護衛が振るった暴力を制止しかけて、唇を噛んだ。彼らの振るう暴力は、フェルのために振るわれたものだ。この場にフェルがいなければ混乱が起きることもなく、暴力が振るわれることもなかった。怒号が飛び交う修羅場と化したこの場で自分にできるのは、一刻も早くこの場を離れることだけだった。

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