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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十一話 渡り鳥は愛を歌う
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11-1

 シャイア帝国領ルーシャ自治区への潜入。これが当面の目標と決まった。


 ユベール一人なら、そう難しくはない。しかし旧ルーシャ帝国の君主として多くのシャイア将兵を殺めた冬枯れの魔女を連れてとなると話は別だ。多少の危険は覚悟の上だが、道中はもちろん潜入した先での安全も確保する必要がある。


 アウステラを離れ、南央海の中央に浮かぶケーフィランドに来たのもそのためだ。宿を確保して、フェルが眠ったのを確認してから街に出た。普段なら観光で賑わう一帯だが、今夜は静まりかえっている。アルメアの旗色が悪くなりつつあるのを受けて、シャイアに占領されるのではというウワサが広がっているのだ。


 先方に指定されたショットバーに着く。目的の人物はグラスに注がれた琥珀色の液体には手を付けず、煙草をくゆらせていた。酷薄さを窺わせる金髪碧眼。ユーシアのレジスタンス『眠れる獅子』の連絡役コルベオは、ちらりとユベールに視線を向けると隣に座るよう促した。ため息が出そうになるのをこらえて、それに従う。


「こんな場所でいいのか?」

「愚問ですね。問題のある場所に呼びつけるとでも?」


 店内を見渡せばコルベオとユベール以外に客の姿はなく、マスターはこちらと視線を合わせようとしない。おそらく彼も眠れる獅子の協力者なのだろう。


「魔女の懐柔は順調ですか?」

 ユベールが注文するのも待たず、コルベオが切り出す。

「ルーシャに行きたいと言っている。向こうの協力者に渡りは付けられるか?」

「目的次第ですね。いつまでも物見遊山の気分ではこちらも困ります」


 コルベオの皮肉は、フェルよりもユベールに向けられたものだ。ユーシア王国の再独立を目指すレジスタンスである彼らの中には、王族としての義務を果たそうとしないユベールを軽蔑する者も少なくない。彼もまたその一人だ。


「ユーシアで起きたことを考えれば、今のルーシャがどうなっているかは想像できる。彼女がそれを目の当たりにするのは、お前たちにとっても損じゃないだろう」


 シャイアの占領政策は、典型的な分断策だ。自らの言いなりになる傀儡を仕立てて間接的に支配することで国際社会に対する名分を立てると同時に、占領地における反シャイア勢力の矛先は傀儡へと向かうようにする。


「間違ってはいませんね。一見、もっともらしい理由だ」

 本当はおもしろがってなどいない、皮肉っぽい笑み。

「引っかかる言い方をする。魔女狩りのことくらい、こっちも知っているさ」


 冬枯れの魔女は、その気になれば個人で軍隊と渡り合える冗談のような存在だ。ルーシャが降伏した後、国内ではシャイア軍の主導による徹底した魔女狩りが行われたのはもちろん、フェルの身柄には非公式にだが莫大な懸賞金がかけられた。彼女と一緒に世界を巡るこれまでの旅で暗殺者と遭遇しなかったのは偶然に過ぎない。


「知っている、ですか。こちらに漏れ聞こえるウワサなどかわいいものです」

「知っていることがあるなら教えてくれ。危険は把握しておきたい」

 頭を下げる。フェルの安全のためなら、プライドなど安いものだった。

「貴方たちは、それを確かめにいくのでしょう? 安心してください、魔女の親衛隊長を務めたウルリッカ・グレンスフォーク大佐とは協力体制にあります。魔女の帰還が叶えば、あちらには大きな恩が売れる。できる限りの支援は行いましょう」

「後は自分の目で確かめろってことか。いいだろう」


 ウルリッカとは直接の面識はないが、そもそも降伏直前のルーシャからフェルを脱出させる依頼を出したのが彼女だと聞いている。今なおルーシャの独立のためにレジスタンス活動を続けているなら、きっとフェルの力になってくれるはずだ。


     *


「どうやらウルリッカ・グレンスフォークと連絡を付けられそうだ」


 翌朝、そろそろ習慣となりつつある朝食を兼ねた作戦会議で切り出すと、カップが皿とぶつかる音が響いた。動揺したフェルが取り落としかけたのだ。


『本当ですか! 彼女は無事なのですね?』

 勢いこんで母国語で尋ねるフェルに、落ち着けというジェスチャを送って続ける。

「彼女自身と話せたわけじゃないが、信頼できる筋からの情報だ。ルーシャに留まり、レジスタンスを率いているらしい。フェルの生存を知ればきっと喜ぶだろう」

『フェリクスからの情報ですね? 本当に、本当によかった……』

 涙ぐみ、唇を引き結ぶフェル。やはり心配だったのだろう。

「……ああ、そうだな。生きていてくれてよかった」


 真実は異なるが、情報源を伏せられるなら都合がいい。フェルが勘違いしたのは、おそらくフェリクスと約束を交わしていたからだろう。彼女の救出は、元々は親衛隊長だったウルリッカからフェリクスを通じてユベールへ回された依頼だ。ルーカでフェリクスと会った際に、そういった経緯は彼女にも伝えられたと考えられる。


「ルーシャの情報も入手できた。レジスタンスは現在、一定の支配地域を得ているそうだ。道中さえ何とかすれば、着陸した途端に逮捕されることはないだろう」

「具体的な場所を教えてくれ」

 共通語に戻し、真剣な表情をするフェルにうなずき返す。

「ああ、そうだな。細かい部分はお前の方が詳しいだろう」


 卓上に世界地図を広げる。国名と主要な都市名のみを記した簡易的なものだ。地図上にはルーシャ帝国の文字もあるが、いま新しく地図を買い求めれば出版社によってはシャイア帝国領ルーシャ自治区と記載されているだろう。


 滅びた国の名前は、そうしてゆっくりと消えていく。今ではユーシア王国の名は滅亡以前の地図と歴史書の中にしかない。人々の記憶も、徐々に薄れていく。ユベールが王国を離れて十年あまり。故郷はすでに他人のものとなって久しい。


「……シャイア軍は当初、反乱を恐れてルーシャ各地にかなりの兵力を分散させていた。しかし占領から半年が経った現在、その大部分は本国に引き揚げられ、残りの部隊も首都メルフラードやブリエスト要塞など、南部の要所に集中して配置される形となっているそうだ。理由は大きく分けてふたつあるが、分かるか?」

「ひとつは、央海戦争だな」

「正解。東ではディーツラントを戦場に連合国と戦い、西ではアルメア軍と全面戦争。ふたつの戦争を抱える最中に、いくらシャイア軍でも遊ばせておける兵力の余裕はないってわけだ。現状、首都メルフラード以北の諸都市は旧ルーシャ帝国軍の将兵を中心に編成された自治政府所属の警備隊によって守られている」

「軍はシャイアとその傀儡の言いなりなのか?」

「まあ、そういう一面もあるだろう」

 嫌悪感をあらわにするフェルをなだめる。

「だが、これはシャイアとしても苦肉の策のはずだ。旧軍の看板をかけかえたに過ぎない警備隊は、そのまま反乱軍になりかねないからな。仮に央海戦争がなければシャイア軍の占領が続き、警備隊の発足はもっと先延ばしにされていただろう」

「警備隊がレジスタンスと協力して、反乱する可能性があるのか?」

「どうかな。可能性だけなら、なんだってある。シャイアが平和主義に目覚めてルーシャの独立を無条件で認めたり、アルメアに対して無条件降伏したりな」

「あり得ない仮定では?」

「そうだな。けど、確率は限りなく低いにしても、ゼロじゃない。要するに、手持ちの情報だけじゃ確かなことは何も言えないってことだ」

「だから現地で確かめる、ということか」

「そういうこと。それで、もうひとつの理由は分かったか?」

「雪と氷だろう?」

 当然、という面持ちでフェルが言う。

「そうだ。十二月を目前にして、ルーシャの大部分は雪と氷に閉ざされる。シャイア軍は身動きが取れなくなる前に南部へと戦力を集中させ、空白となった地域でレジスタンスが支配地域を確立した、というのがここ一か月のルーシャ情勢だ」


 すでに警備隊の一部はレジスタンスと通じているという情報もある。本格的な反乱までは秒読みの段階であり、冬枯れの魔女の帰還によって一気に燃え上がるだろう、というのがコルベオの見立てだった。冬がもたらした地の利と、余所の戦争で生じた戦力の空白。これが次の冬まで続く保証はどこにもないからだ。


 隣国であるルーシャの混乱は、ユーシア王国の独立を悲願とする眠れる獅子にとっても利のある話なので、彼らの協力を取り付けるのは難しくなかった。フェルとユベールのルーシャ入りも、この機を逃せばいつになるか分からない。


「ウルリッカはどこにいるんだ?」

「残念ながら、彼女の所在は掴めなかった。シャイアに情報が漏れることを考えれば、居場所を隠すのは当然だろうな。レジスタンスはベルネスカを根拠地にしたと聞いているから、まずはそこを目指すことになる。ベルネスカは知ってるか?」

「ベルネスカはルーシャのほぼ中央、鉄道の交わる都市だ。ここを押さえれば敵を分断できるし、各地へ戦力を送りこめる。流石はウルリッカだ」

「なるほど。やはり実際に見て回ったフェルの方が詳しいな。俺じゃ訛りの強いルーシャ語は聞き取れないから、そのあたりも頼りにしてるぜ、相棒」

「任せておけ」

「さて、残った問題はどうやってルーシャに行くかだな」

「分かってはいたが、遠いな」


 頭を突き合わせて地図を覗きこむ。滞在中のケーフィランドから、かつてのルーシャ帝国まで、直線距離で六千キロに及ぶのだ。そして燃料を満載したギルモットが追い風を受けて飛び続けても、航続距離は最長三千キロにも満たない。東西南北に広がるシャイア帝国の領土は、さながら巨大で分厚い壁のようだった。


「ユベール。わたしが計算したギルモットの航続距離では、シャイアを横断できるルートがない。経由地を含めてルートを考えたので、確認して欲しい」


 自分なりに飛行ルートを考えてみたらしい。フェルの示した手帳には、計算式や各国の港を結ぶ距離、消費する燃料代などが書きこまれていた。彼女は航法士として、言われなくてもこの程度の仕事はこなせるようになっている。


「見せてみろ……ああ、なるほど。アヴァルカ半島とユーシアを経由するのか」


 フェルの考えたルートでは、アルメアとシャイアが戦争する中を横断することになる。平時ならともかく、今の情勢では現実的ではなかった。


「無理だろうな。アルメアとシャイア、両方から攻撃を受ける可能性がある」

「では、もっと大型の機体に乗り換えて一気に横断するのか?」

「半分だけ正解。俺が考えているのはギルモットでシャイアを横断するルートだ」

 ユベールの言葉に、フェルが怪訝そうな顔をする。

「だが、給油しなければ燃料が持たない。まさかシャイアに降りるのか?」

「その通り。なんだ、分かってるじゃないか」

 口元に笑みを浮かべるユベールを見て、フェルが怒ったような顔を見せる。

「ちゃんと説明しろ、相棒。冗談だったら許さないからな」

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