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翌朝、ホテル近くのカフェで朝食を摂りながら打ち合わせをする。
トーストにオムレツ、厚切りのハムに紅茶。雑な盛り付けと微妙なぬるさがやる気のなさを物語っていたが、作り置きで冷たくなっていないだけ上等な部類だ。フェルの不満げな視線を受け流しながら、皿の上にあるものを紅茶で流しこむ。
皿を下げに来たウェイターに二人分のコーヒーを頼み、途中で買ってきた新聞を広げる。紙面の多くはアルメアとシャイアの戦争についての話題に割かれていた。
「央海戦争?」
紙面を覗きこんだフェルが、見慣れない言葉に首をかしげる。
「誰が名付けたのか知らんが、今ではアルメアとシャイアの戦争をそう呼んでるらしい。北央海と南央海、ふたつの海を挟んだ戦争ってわけだ」
「主戦場は海になるのか?」
「おそらくな。こうなると、影響は二国間に留まらないだろう」
「そうか、海路が使えなくなるのか」
「輸出入が滞り、アルメアやシャイアの品物が入ってこなくなる。俺たちにしてみれば、商機と見ることもできるな。もちろん、ある程度の危険は伴うが」
「ケルティシュでのビール輸送のような仕事か」
「そういうこと」
「他にはどんなことが書かれている?」
フェルに促され、紙面にざっと目を走らせる。
「アルメア国内にあるシャイア人の資産は凍結。アウステラ首相は一方的な開戦に踏み切ったシャイアを非難し、アルメアを支援する声明を出したそうだ。シャイアの駐アウステラ大使は声明に抗議し、自国の正当性を主張してる」
説明を聞いて、不愉快そうな表情を見せるフェル。
「戦闘については?」
「書かれてないな。憶測だが、両軍とも大した戦果を上げてないんじゃないか」
「なぜそう言える?」
「緒戦で大戦果を挙げたなら、わざわざ隠すことはない。戦意発揚のため、誇張して発表するはずだ。逆に東海岸の重要都市が打撃を受けたなら、隠し通すのは難しい。ニュースメディアはこぞってそれを報じるだろう」
「アルメア政府が情報を規制した可能性は?」
「シャイアじゃないんだ。アルメアでそれは難しい」
アルメア国民は政府の透明性を重んじる。大統領が都合の悪い事実を隠し、それが明るみに出たなら、次の選挙で再選の可能性はほぼなくなる。
「逆に民間に大きな被害が出たら、シャイアの非道を世界各国に訴えるための材料として喧伝されるだろう。ことメディアの利用にかけてはアルメアが一枚上手だ」
「世論というやつか」
フェルが難しい顔をする。ルーシャの敗北は、アルメアが世論の反対を受けて援助を打ち切ったことも一因となっている。彼女としては複雑な気分だろう。話題を変えるために、彼女に説明しながら思いついたことを口にする。
「しかし、シャイアの動きはどうも妙だな」
「妙とは?」
「あっちから仕掛けた割に、東海岸の重要な都市や軍事拠点に攻撃を加えた様子がないんだ。もちろん、まだニュースになってないだけかも知れないが」
戦争は緒戦が肝心だ。初撃で敵の主力を叩けば、その後の展開も容易になる。その意味では、宣戦布告したにも関わらず攻撃をもたついているシャイア軍は稚拙と言ってもいい。反撃の猶予を与えられたアルメア軍も首を捻っているだろう。
もっとも、その理由をユベールは知っている。旧ユーシア王国の残党が暗躍し、シャイアがアルメアと開戦するよう仕組んだのだ。それを知りながら、とぼけた顔をしてフェルに疑問を投げかける自分の臆病さを嘲笑したくなる。
彼女には真実に気付いて欲しいが、裏事情に自分が深く関わっていると知られたくない。相反する感情が、ユベールにどっちつかずの態度を取らせていた。
「シャイアは準備不足のまま開戦した、ということか?」
「手持ちの情報ではその可能性がある、としか言えないがな」
ユベールの言葉を受けて考えこむフェルに尋ねる。
「なあ、フェル。お前はどうしたい?」
「どう、とは?」
やや戸惑った様子のフェルに、質問があまりに漠然としていたと気付く。
「フェルにとって、シャイアは故郷を奪った相手だろう。開戦の報を聞いてアウステラに逃げてきちまったが、お前はそれでよかったのかと思ってな」
フェルはしばらく考えた後、口を開く。
「分からない。だが、今のわたしがアルメアに肩入れするのは、違うと思う」
言葉を探すようにゆっくりと、彼女は続ける。
「アルメアはいい国だ。しかし、わたしの正体を知れば利用したいと考える人間もいるだろう。シャイアへの憎しみに駆られ、誰かに言われるがまま力を振るうのでは、ルーシャで元老院の言いなりになっていた頃と変わらない。わたしは航法士のフェル・ヴェルヌとして、ユベールの相棒としてここにいるんだ」
フェルは穏やかな口調でそう結ぶと、不意に妖艶な表情を見せる。
『それとも、冬枯れの魔女フェルリーヤ・ヴェールニェーバとして、一緒にシャイアを滅ぼしましょうと誘われたかったのかしら?』
心臓が跳ねる。彼女がどこまで察しているのかが読めない。
「冗談だろ。俺にそんな度胸はないよ」
「だったら、今やるべきことは決まっている」
口調を戻して、フェルが微笑む。
「わたしたちの愛機を取り戻そう。まずは建造費を稼がないといけないな、相棒」
「……そうだな。お前さんの言う通りだよ」
*
カクテルコンペに参加するための事前調査。その第一歩は、バーで手に入れたチラシの精査だ。シェーカーを振るバーテンダーのイラストに、開催日時や場所、優勝者に贈られる一千万の賞金について大きく記載されている。その下には参加資格や申し込み方法など細々した内容に加え、主催団体の名前も記されていた。
「主催はジョン・フォー・トレードか。聞いたことない会社だな」
「貿易会社か」
「名前はそれらしいな」
「なぜ貿易会社が、巨額の賞金を出してカクテルコンペを開催するんだ?」
フェルと同じ疑問をユベールも抱いていた。
「さっぱり分からん。よほど金の使い途に困っているとしか思えんな」
「うらやましい話だ」
「全くだ。いや、待てよ。ジョン・フォー? どこかで聞き覚えがあるな」
ジョン・フォー。響きはどことなく人名を思わせ、それについて熱心に語る誰かの話を聞いたような記憶があった。誰から聞いたのか、必死に思い出す。
「そうだ、ティエン・ホウ。あのシャイア人の富豪だ」
「ロンの雇い主か」
「ああ。彼に雇われたとき、尊敬する人物としてジョン・フォーの逸話を聞かされた覚えがある。内容はよく覚えてないが、確かにそうだ」
「では、その人に話を聞きにいくか?」
「……いや、やめておこう。それより図書館に行くぞ」
集まった情報を繋ぎ合わせて見えてきたものがあった。カフェを出て、タクシーを拾いルウィンダ図書館へ向かう。目指すは歴史書のコーナーだ。アウステラ史の棚を通り過ぎ、シャイア史の棚から目当ての本を見つけ出す。
「共通語訳の『南央航海記』に『シャイア人物史』と、ひとまずこれでいいな」
「ジョン・フォーはシャイア人なのか?」
「ざっと五百年前のな」
閲覧台に移り、まずは『シャイア人物史』を開く。歴代の王や皇帝、各分野で業績を残した偉人について記した本だ。ジョン・フォーは見開き二ページに渡って解説され、目立った業績のない王などよりよほど大きく扱われていた。
「これでジョン・フォーと読むのか?」
「らしいな。シャイア文字はよく分からん」
複雑な象形文字で書かれた名前に、共通語でジョン・フォーと併記されている。学術的で固い文章を、要約してフェルに説明していく。
「ジョン・フォー。一四〇五年から一四三三年にかけて活動したシャイア人の航海者。出身はクルバ島。南央海にて当時は島だと考えられていたアヴァルカ半島、ウォーロック諸島、ジウラス大陸、南極海を経由してアウステラ大陸を発見。帰国後、航海記録を『南央航海記』としてまとめた、とあるな」
「それがこっちの本だな。五百年も前に、南央海を一周したのか」
もう一方の『南央航海記』の表紙には南央海が描かれ、航路が線で示されている。フェルの言った通り、南央海を囲む各大陸を巡る大航海の記録だ。年代的にはエングランド王国を初めとするエウロパ系国家が各大陸を発見し、入植を始めるより早く、ジョン・フォーはそれらの大陸を発見、足跡を残したことになる。
「本の記述を信じるなら、そうだな。共通語訳への訳者がつけた注釈にはこうある。南央航海記の原本は現在に至るまで発見されておらず、内容には後世の創作あるいは誇張が含まれている疑いを捨てきれない、とな。エウロパ系国家としては、シャイアが自分たちよりも早く南央海を制覇していたという事実を認めたくないのさ」
「国家の威信か」
「それもあるだろうが、一番大きいのは領土権の問題だな。本の題名を見て思い出したが、アヴァルカ半島を初めとする南央海の沿岸諸国に対してシャイア帝国が領土権を主張する根拠になってるのが、この『南央航海記』なんだ」
「なるほど。そんな曰く付きの人物を社名に冠しようと考えるくらいだ。ジョン・フォー・トレードはシャイア人の所有する会社だとユベールは考えているのか」
「ああ。十中八九、ティエン・ホウがコンペのために作ったペーパーカンパニーだろうな。ケーフィランドあたりで登記した、実態のない会社の可能性が高い」
「だが、目的が分からない。なぜ、そんな回りくどいことを?」
「考えられるのは、ヒントだな。普通、こういうコンペってのはカクテルのテーマなり、使用する酒や材料を指定して行われる。だが、今回はそれがない」
「それが問題になるのか?」
合点がいかないような表情でフェルが問う。
「大ありさ。カクテルには決まったルールがないから、材料も作り方も多種多様だ。今回のように新しいカクテルレシピをコンペ形式で競い合うなら、ベースとなるテーマや材料が決まってないと、優劣の付けようがないんだ」
「ふむ、審査員の好みだけで決まってしまう、ということか」
「それじゃ参加者も観衆も納得しないだろう? だから気付く人間は気付くよう、チラシにヒントを盛りこんだ。あの変わり者のシャイア人がやりそうなことだ」
「つまり、ジョン・フォーにちなんだカクテルを作ればいいのか?」
「そういうことだな」
ティエン・ホウは察しの悪い人間を毛嫌いするタイプの人間だ。逆に、指示しなくても意を汲んで動ける人間を重用する。この分かりにくいヒントを見抜けず、ただのリゾート風トロピカルカクテルをコンペに出すような人間に勝ち目はない。
「ここから先は、専門家も交えてレシピを詰めたいところだな。ジョン・フォーの業績をまとめたら、夕方を待ってヒュプノシスに行くぞ」
メモの手を止めて顔を上げたフェルが笑みを見せる。
「了解した。勝算が見えてきたな、ユベール」




