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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第六話 アルメアの荒れ野に咲く
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6-5

 週末はフェルとのアルメア観光に費やした。動物園や水族館で珍しい生物の数々に目を輝かせ、美術館や博物館で興味深そうに展示物を眺める姿は大人びていても年相応で、楽しんでいる様子が伝わってくる。ユベールとしても久々の休暇だった。


 十分に休息を取った週明け、整備を終えたペトレールを早朝に受け取る。スロープから海に降ろしてエンジンを始動させると、カルニア州の気候に合わせて調整されたエンジンは快調に吹き上がった。天気は上々、塗り直した艇体は海面を切ってスムーズな離水を果たす。目的地であるモルハ空港までは、小一時間の飛行だった。


「来たね。今日から三か月、よろしく頼むよユベール君、フェル君」

 アーロンと軽い握手を交わし、まずは仕事の説明を受ける。渡されたのはモルハ国立公園の地図で、縦横の線で区画分けがされていた。

「君たちには各区画の空撮を行ってもらいたい。後に行う実地調査の基礎となる資料だから、撮影箇所は正確にね。無理をして適当な撮影と報告をするよりも、正確さに重点を置いて欲しい。大丈夫、空の上で正確な位置を求める難しさは承知の上だよ。お互いに協力して、相談しながらいい仕事をしよう」

「飛行機に理解のある依頼者で助かるよ。最善を尽くすと約束するよ、ドクター」


 格納庫にはペトレールと、それより一回り小さいローカストが収まっている。鮮やかなイエローを基調に、主翼と尾翼へ黒い星が描かれた機体は新品同様で、よく整備が行き届いている。羽布張りのパラソル翼機の胴体は無骨に角張っているが、シンプルな構造なだけに堅牢性が高く、信頼が置ける。


 派生元であるクリケットと同じタンデム復座のローカストでは、観測士と操縦士は前席と後席に分かれて座ることになる。軽飛行機のカテゴリに属するローカストは機体が小さく、後席が後ろを向いて座ることもないのでペトレールよりもお互いの距離が近い。伝声管も不要なので装備していない。


「足下がガラス張りなのか」

 機体を下から覗きこんだフェルが言う。

「ローカストは軍用の偵察機だからな。全周視界がなくちゃ始まらん」


 前席の前下方、そして後席の足下に追加された風防はローカストの大きな特徴だ。視界の改善は本来の目的である偵察はもちろん、離着陸をも容易にしてくれる。


「カメラの使い方は理解したな?」

「問題ない」

「よし。なら上がるぞ」

「了解した」

「待て、フェル。お前は前だ」


 後席に乗りこもうとするフェルを引き留める。ペトレールと異なり、観測と偵察を主任務とするローカストは観測士の視界確保のため、操縦席は後席となっている。


「二人とも、行ってらっしゃい」

 気楽な調子で手を振るアーロンに見送られ、モルハ空港の滑走路を飛び立つ。

「まだ初日だ。撮影箇所はこちらで指示するから、まずカメラの操作に慣れろ」

「了解した」


 高度を上げれば撮影できる範囲は広くなるが、資料的な価値は低くなる。反対に高度を下げれば撮影範囲が狭まり、ただでさえ広いモルハ国立公園をカバーするために必要な枚数が膨れ上がる。その辺りの加減についてはアーロンから一任されているので、撮影位置に加えて撮影時の高度を地図上に記録していく。


「ここだ。高度三百。撮れ、フェル」

「……撮れた」

「了解だ。次の場所へ向かう」


 揺れ動く機内、風防越しという悪条件下でブレのない鮮明な写真を撮るのは専門家であっても至難の業だ。今回は空撮写真そのものが目的ではないが、資料として使える写真が撮れるようになるまで、フェルには数をこなしてもらう必要がある。


 地図に記された升目に従って、塗り潰すような旋回と直進を丹念に繰り返す。単調な作業ではあるが、風の影響を考慮しつつ現在位置を把握し、高度を変えつつ撮影の指示を出し、地図に記録まで行うとなるとかなり忙しい。


「こいつの扱いやすさに救われるな」


 ローカストの原型機であるクリケットは軽飛行機の代名詞だ。癖のない操縦特性から練習機としても多く用いられ、操縦桿から手を離してもまっすぐ飛べる安定性と、思った通りに動く素直な舵を持つ優等生として知られている。


 慣れてしまうとおもしろみに欠ける部分もあるが、今回のように操縦以外の仕事が多い場合、操縦に気を遣わなくてもいいのはありがたい。


「そろそろ戻るか」

「わたしはまだ大丈夫だ」

「カメラと計器を確認しろ。フィルムも燃料も残り少ないだろう」

「……その通りだな。すまなかった」

「腹も減ったろ? じきに昼飯時だ」

「了解した。空港に戻ろう」

 空港へ向けて大きく旋回しながら、ふと思いついた問いを口にする。

「飛んでいて、気になったことはあるか?」

「すまない。カメラの操作に夢中だった」

「それもそうか。じゃあ帰り道は周囲を見張っててくれ」

「了解した」


 高所から見渡しても、ユベールの目にはどこまでも単調な風景が続く荒野としか映らない。この光景が彼女にはどう見えているのか、ユベールが知ることはこれからもないだろう。しかし、考えてみればそれはフェルとの間だけに限らない。


 同じものを見て、そこに何を見出すかには個人の知識や嗜好、経験が色濃く表れる。普通の人間にとっては似たような空であっても、操縦士であるユベールにとっては国や地域、風や天候を読み取る手がかりとなる。フェルの場合、そこに魔力という要素が加わるに過ぎない。天性の才能ではあるのだろうが、それだけのことだ。


「ユベール」

 フェルの声に、思索を断ち切られる。

「どうした?」

「二時の方向に魔力を感じる」

 計器を確認する。方角的にもそれほど大きな寄り道にはならない。

「ちょっと寄り道して帰るか。近づいたら細かい指示をくれ。直上で撮影するぞ」

「了解した」


 フェルの指示に従って飛んだ先は、一見して他と変わらない荒野としか見えない場所だった。写真の撮影を済ませてから高度を落とすと、ようやく昨日も見た遺跡塔の名残らしきものが目視できた。普通に飛んでいたら見逃してしまうだろう。


「撮影できた。ありがとう、ユベール」

「礼なんていいさ。頼りにしてるぜ、相棒」

「……大したことじゃないさ」


 こちらも撮影地点と高度の記録を済ませ、改めて空港へ機首を向ける。着陸して格納庫へ機体を回すと、ちょうど十二時を回る頃合いだった。


「二人とも、おかえり。そろそろ帰ってくる頃だと思って、待ってたよ」


 格納庫でアーロンが出迎えてくれた。彼は右手に油染みのついた紙袋、左手に水滴の浮いたコーラの瓶を三本挟んでいる。食欲をそそる匂い。どうやら二人のためにわざわざ昼飯を用意してくれたようだ。


「気の利いた店を知らなくてね。ハンバーガーとポテトでよかったかな」

「助かるよ、ドクター。わざわざ街まで買いに行ってくれたんだろう?」

「ありがとう、アーロン」

「まだ温かいよ。オイル臭い場所ですまないけど、食べようか」


 ユベールはもちろん、フェルもオイルの臭いには慣れたものだった。ペンキの剥がれたベンチとテーブル代わりにできそうな木箱があったので、引っ張ってきて腰を落ち着ける。ついでなので、木箱の上に地図を広げて報告も済ませる。


「撮影地点と撮影時の高度を記録してあります。初回なので写真の質は保証しかねますが、現像結果を見て検討した上で、今後の方針を改めてご相談しようかと」


 ユベールの説明を聞きながら、食い入るように地図を見つめていたアーロンがいきなり顔を上げる。大きく見開いた目を輝かせる様子は、お気に入りの昆虫を捕らえた子供のようだった。彼はベンチから立ち上がると、ユベールの肩を叩く。


「すごいよユベール君! この調子なら調査は大いに進展すること間違いなしだ!」

「それはよかった。お役に立てそうで幸いですよ」

「ユベール」

 フェルに袖を引かれたので、黙ってうなずく。

「それから、この場所で遺跡塔らしき痕跡を発見しました」

 最後に寄り道した場所を指で示す。

「写真が現像できたら、ドクターにも確認して欲しいのですが」

「本当かい? もちろんだよ! いや、君たちは本当にすごいな!」


 興奮を隠せない様子でユベールの肩や背中を叩き続けるアーロンをそれとなく制止して、ベンチに座らせる。食事そっちのけで食い入るように地図を眺めるその姿に、今後は食事中に報告するのは止めようと誓うユベールだった。

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