リューク 7
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
色が白いとは思っていたが、これほどとは思っていなかったエリザの頬に手を添えた。
それでもエリザは目覚めない。
「エリザ?」
応えはない――。
俺は、エリザの頬を何度も撫でて、小さく息を吐いた。
フッと笑いがこみ上げてくる。けれど、眠っているエリザの横で笑うのもどうかと思うので、声を殺して笑った。
騎士団長、リューク・リジン・レイザック、最低の魔法使い、魔法剣の使い手――、その俺が――。
クククッと忍び笑いの中で、腹が痛くなってきて、大きく息を吐いた。
お姫様の目覚めのための口付けが出来ないなんて――。笑うしかない。
アインが見れば爆笑間違いなしだ。
「エリザ、早く目覚めて――」
エリザはきっと受け入れてくれるだろう。だからこそ、今は我慢すべきだと、やっと気付いたのだ。
十代でもあるまいに――と、誰も見ていないながらも恥ずかしさで寝台に顔を伏せた。
エリザは疲れているだけだから、時間さえ立てば目覚めるとわかっている。
俺は、オレンジアの入った籠を横のテーブルに置いて、窓を開けた。今日も暖かい風が入ってくる。
俺はエリザの部屋の本棚から何冊か取り出した。勝手に人のものに触るのはどうかと思ったが、ここでぼんやりしていたら、いつまたエリザを目覚めさせるために口付けしたくなるかわからなかったからだ。エリザの好むものをリサーチしようという気持ちもある。
エリザの本棚は、沢山の本が所せましと並べられている。本が好きだということはわかっていたが、歴史や魔法の専門書から恋愛ものまで節操のないラインナップだった。
俺は必要なものは読むが、読書は趣味に入っていない。どちらかというと身体を動かすほうが好きだった。
そういえば姉が言っていた。本も読まない男は、女を落とすことなんて出来ないのよと・・・・・・。偏見だと思っていたが、語彙はあったほうがいいだろうということは俺にもわかる。
一つ覚えのように『愛している』だけでは、エリザも聞き飽きてしまうかもしれない。それなら、エリザの好む本のヒーローのように愛を語りたいと思う俺は短絡的なのだろうか。
幸いエリザの恋愛ものの本はそれほど多くはない。これならリサーチ出来る――。
『魔法使いと愛の逃避行』
『夜明けのバルコニー』
『剣に愛を誓います』
とりあえずとった本を片手に、寝台から少し離れたところにあるソファに腰かけて、パラパラとめくってみた。
「君以外の人を愛せというのなら、俺の心臓に剣を突き立ててくれ」
盛り上がっているような場面を、声に出して読んでみる。棒読みなのは仕方がない。俺には演劇の経験など、小さい時に通った領地の学校の出し物で馬の前脚をやったくらいだ(あまりの演技力のなさに伯爵の息子だというのに主人公から外されてしまった)。
酷いな、女性に剣で殺せと言うのは騎士にあるまじき行いだ・・・・・・。気持ちはわかるが――。
「攫ってもいいだろうか、この駿馬の背に乗せ、あなたを俺から奪うというもの達の手の届かないところまで――」
急いで攫うなら、聞いている場合じゃないとは思うのだが、とても気持ちはわかる。
なんだろう、この、俺の気持ちを代弁している書籍の数々は――。
「君を離したくない――。夜明けの鳥をことごとく蹴散らしてしまえば、朝は訪れないはずだ」
いや、お前は猟奇的だな。小さな命を守れない人間に愛する人を護ることなどできるはずがない――。ああ、俺だって、同じ場面がくれば嬉々として鳥を殲滅するだろう、うん。
・・・・・・なんだ、俺は俺の思ったように告げたらいいだけじゃないか。
主人公たちに何だか偏りがあるような気がしないではないが、俺がいつも心の中で思っていたようなことを主人公達は声に出しているのだ。
ああ、良かった――。俺は少し自分が病んでいるんじゃないかと思っていたが、普通だったんだ。
俺はホッとしながら、書籍を本棚に戻した。
これで準備は出来た――。寝台をチラリと見ても、エリザはまだ目覚めそうになかった。
「今日はもう眠ったままなんだろうか――」
エリザの顔をしっかりと見たくて、もう一度寝台の端に腰をかけた。
この赤い唇がいけない――。
ぷにっとした触感に、俺は本気で後悔した。
「駄目だ――、襲ってしまい・・・・・・」
そうだと言い終わらない内に、エリザの目が驚愕に見開かれたのだった。
唇に指を当てたまま固まった俺の顔を凝視し、「ヒッ」と声を漏らしたのだ。
「はいはいはい! 現行犯で逮捕します」
バタン! と開かれた扉のからアキが箒を持って入って来た。
「ま、まて。俺は無実だ――」
「悲鳴が聞こえたらだめだといったでしょうが」
バシバシと箒の先で殴られながら、俺は無実を訴えた。
「ま、まって――・・・」
声を絞り出すようにして、エリザは俺達を留めた。
「エリザ――」
「リュークを連れて行かないで」
エリザは、何とか寝台の上に上半身を起こしてアキに願う。エリザのお願いを断れる人間がこの城にいるだろうか――? いや、いないだろう。
アキは渋々、エリザの肩に上着を掛けて、「お茶を用意してきますね。後少しお腹にいれれそうなものを」と出て行った。俺に時間の制限を掛けていったわけだが、それでも俺は良かった。
エリザは、俺の顔をみて嬉しそうに微笑んでくれたからだ。その後少し恥ずかしそうに俯いて、俺を煽ってくる。
俺は心の中で数を数え始めた。何か別のことを考えないとちょっと拙い。
ちなみにいつも二人きりでお茶をするときは、俺は数を数えている。視線は出来るだけエリザに合わせないようにしていたが、それでも時折吸い込まれそうになるのだ。
「リューク?」
俺の気持ちを知ってか知らずか、エリザは俺の名前を呼ぶ。
「具合は――」
「大丈夫。もう、しっかり眠ったから。あのね、さっきは何をしていたの?」
・・・・・・やはりなかったことにしてくれなかったかと俺は冷や汗を掻き始めた。
「唇で熱がないか調べていた」
「そ、そうなの? 私はてっきり――」
真っ赤になったエリザは、俯いて俺にうなじを見せてくる。
俺は、本当に一年近くを待てるのだろうか。こんなに可愛い、こんなに愛らしいエリザを前にして、自制心とか総動員しても自信がない。
「エリザ、君は誤解している。俺は君のことが心配で熱を測ろうとしていただけだ。そうだ、君の友達が心配していたよ。君が寝込んでいるのが、俺が結婚するという噂を聞いたからだとね」
「っ! 皆は・・・・・・リュークが結婚するかどうか聞きたかっただけよ。私の心配じゃないわ」
エリザは、冷静を装った俺の演技を信じてくれたようだ。
「君の心配じゃないって――?」
「だって、皆私のことは姫だから相手にしてくれているのよ・・・・・・。私のことを好きだからじゃないわ・・・・・・」
エリザは、今までそんな弱いところを見せることはなかった。いつも笑顔の裏に自分の気持ちを押し込めているような子だった。
「何故そう思う?」
そのエリザが弱いところを見せてくれるのは、俺とのことを認められたからだろうか。
「皆、私のことを姫様って呼ぶの――。私の名前は呼んでくれないわ。だれでもいいのよ、姫様なら・・・・・・」
俺は、初めてエリザの孤独を見たような気がした。
「エリザ、皆が君の名前を呼ばないのは、君を護るためだよ」
「どうして――?」
エリザは、膨大な魔力を持つのに、魔法を使うことが出来ない。だから、魔法使いの名前の重要性がわかっていない。
この国の貴族の名前が二つあるのには意味がある。例えば俺のリューク・リジン・レイザックというのは、リジンに護りの力があるのだ。リジンがなければ、俺の名前は敵の前で剣ももたない幼子のように簡単に負けてしまうのだ。
それなのにエリザには、護りの名前がなかった。元々エリザ達は一般の人間とは隔離されて育てられていたようだった。だからかもしれないが、エリザは護りを持たないから、狙われたら操られてしまうこともありうる。
何度か国王陛下がエリザに護りの名前を与えようとしたけれど、エリザの魔力が強すぎて弾かれたのだという。
「エリザは愛称だけど、そこから君の本当の名前がこの国に来たスパイにばれるかもしれないだろう? だから、出来るだけ姫の名前は知られないようにしているんだよ」
「でもアインもリュークも私の名前を呼ぶわ」
それは、俺達が魔法使いだからだ。
「俺達が君の名前を呼ぶ時は、周りには変換して聞こえるようになっているんだよ。例えば、俺がエリザが、と言ったら相手には姫様がと聞こえるようにね」
アインは風の魔法で。俺はエリザの受け皿だからできることだ。
「・・・・・・私、嫌われているんじゃないの?」
何をどうすれば、嫌われていると思うのか、俺はそちらのほうが不思議でならない。
「反対に、君に嫌われたかもしれないと、泣いていたよ。お返事ももらえないって」
三人の名前を挙げると、エリザは半分泣きそうになりながら、「お返事、すぐ書くわ」という。
「その前にご飯食べようね」
三日近く食べていないのに、エリザはそんなことは気にならない様だった。
エリザはやっぱり可愛い。一生懸命で、無知で、ほっとけないのだ。
もう何だか諦めました。リュークの愛が止まりません(笑)。




