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病室ラブコメは、俺をいじめてた美少女を膝に座らせるところから始まった。  作者: 創綴世 優


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06 夢の中


 ……いったい、これはどういう状況なんだろうか。


 現在、俺の膝の上には、同級生の女子が俺に抱きついたまますやすやと眠っている。


 こうなった経緯を簡潔に説明しよう。


 『ご褒美』と称して白石の要望を聞いた俺は、なぜだか他の要望も二つほど叶えさせられつつ、白石を膝の上に座らせていた。

 完全な甘えモードに入った白石によってご褒美の時間は終わる気配すらないまま長時間続いた結果、気づけば白石は眠っていたというわけだ。


「すぅ、すぅ……」


 全体重をかけられているのも、寝息の安らかさも……彼女がいかに安心しきってるかが伝わってきて、なんだかむず痒い。

 ……嫌ではないけど。

 しかし、勉強のご褒美にはもう十分すぎるだろうし、起こしてどかす、という選択肢もあるのだが……

 

 こんなに幸せそうな白石を起こすのは、正直かなり抵抗がある。


 ……そして、なんか知らんが力がやけに強い。

 なぜか、起きている時よりも明らかに強く抱きつかれている。”ぎゅっ”っていうより”がしっ”って感じだし……ここまでくると、もはやしがみつかれているというほうが近い。

 とにかく、白石のこの細い腕からは、離さないという強い意思が感じ取れる。

 なんなら、抱きついて(?)いるのは腕だけではない。彼女の両膝も俺の体をがっちりと挟んで離してくれない。


 「いやこいつ、起きてるのでは……?」なんて疑問も浮かびそうなものだが、おそらくそれはない。

 起きている白石は人並み以上に恥じらいや遠慮があるため、さすがにここまで露骨に密着してくることはないからだ。

 というか、起きている時にこんなことをしたら、白石は多分倒れる。


「…………くろせ、くん……」


 ……寝言。

 しかも、寝てるときに目の前にいる人の名前を呼ぶという、とても恥ずかしいやつだ。


「……すき、なの……ずっと……ずーっ、と……」


 ……。

 これはまた直球な寝言があったものだ。

 俺の夢を見てるのか、それとも気持ちが溢れているだけなのか……

 どちらにせよ、心地よさそうで何よりだけど。


 頭を撫でる。

 白石はぴくっと反応し、頭を手に押し付けてくる。


「ふぁ、くろせくん……んぅ……」


 ……寝ていても誰の手か分かるものなんだろうか。だとしたら人間ってすごいな。

 ……いや、こいつが凄いのかもしれない。


「はいはい、黒瀬くんですよ」


「……えへ……」


 抱きつく力が余計に強くなる。

 白石が夢から覚めることは、しばらくなさそうだった。


☆★


 白石が目を覚ましたのは、窓の外が暗くなってからのことだった。


「うぅ~~ごめんなさい……私、なんて図々しいことを……うぅ、死にたい……」


 目を覚ました瞬間、「ひゃあっ!?」という軽快な叫びと共に飛び起きた白石は、それからずっとこんな調子だった。


「いいって言ってるだろ……起こそうと思えば起こせたし、ご褒美に制限時間もつけなかったしな」


「うぅ、そこじゃなくて……でも優しい……」


 真っ赤になった顔を上げ、うるうるとした瞳で俺の顔を覗き込む白石。


「ていうか、かなり熟睡してたみたいだけど。そんなに疲れてたのか?」


「えっ!? いや、そのぉ……っ、疲れてはないんだけど、毎日ちゃんと寝てるし……」


「? じゃあなんで?」


「あぅ……聞かないでよぉ……」


 もちろん、白石が熟睡していた理由は、聞かなくても分かっている。

 しかし、分かった上で聞くことに意味があるから聞いたのだ(俺的には)。


「まあ、それはいいけど。学校とか外ではあんまり無防備に寝るなよ、いろいろ危ないし」


「もうっ、そんなことしないもん……私外では結構気張ってるんだから!」


 ……言われてみれば、確かに。

 俺をいじめていた時も、クラスではずっとクールで冷静だったような気がする。


「……でも、心配してくれるの嬉しい」


 白石が嬉しそうに微笑む。


「するだろ心配くらい」


「……うん、ありがとう。えへへ……」


 俺の目に映る白石の表情は、ずっと緩い。

 表情筋がどうなってるのか心配になるくらいには、緩い。

 ……けどさっき白石が言ったように、外では気を張ってるから大丈夫なんだろう。


「もうこんな時間だな」


「あ……」


 ……あんなことを思った矢先に、白石の表情が硬くなってしまった。

 昨日もそうだったが、よほど帰りたくないらしい。


「また明日も来るんだろ? いなくなったりしないから大丈夫だってば」


「うん……それは分かってるけど……でも」


 白石が言葉を止める。

 帰らないといけないのを分かっているからこそ、続きを言えばわがままで迷惑になると思っているんだろう。

 続けたかった言葉は「さみしい」だろうか。


 俺は……白石の頭に手を置いて、口を開く。


「白石の気持ちは分かったけど、あんま遅い時間に帰ると心配だから……今日は帰って、明日早く来ればいいよ。

 俺に心配されるの嬉しいんだろ? なら分かってくれ」


 撫でながら言葉を聞いた白石の顔が、みるみるうちに赤くなる。


「あう、ぅ……うぅ~~……ずるいよぉ、そんなの……」


 恥ずかしいのか何なのか、上気した顔でぐるぐるした瞳をぱちぱちとさせ、俯いてしまった。

 さらに顔を両手で覆う。


(……え、なんで?)


 確かに普段はよく意地悪なことを言ってからかっているが、今のは本心を言っただけだ。

 どこに照れる要素があったのか分からない。


「うぅ……帰ります……そして明日一秒でも早く来ます……」


 白石は鞄を持つと、また顔を両手で覆ったままで、すたすたと帰っていってしまった。


 ただ、最後に一度だけ扉の前で止まって、


「……おやすみなさい、大好き……」


 それだけを言い残し、今度こそ帰っていった。


(……なんだあれ)


 今回ばかりは白石の感情が完全には分からなかったが……

 なんだか、今夜はよく眠れそうだと思った。

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