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食人植物の森のクエスト

 クエストが貼り付けられている掲示板を眺め、その中で一枚を選んだ。

 というか、Fランク向けは少ないのか一枚しかない。


「何か上のランクより報酬がいいな」

「あ~……これですか……」


 受付嬢ロフィーのところに依頼書を持っていくと、何やらワケありの表情をしてきた。


「何かあるんですか? ただの薬草採取クエストに見えますが」

「薬草採取クエストは初心者にとってポピュラーなものですが、今回の対象である〝ナインボール〟という薬草は特殊なんですよ」

「触れると死ぬとか?」

「いえ、薬草自体は赤い実を九個付けるのが特徴で、調合しなければ無害な薬草です。しかし、群生地が……」


 遠巻きに見ていた冒険者たちが『アレはオレも苦労したな……』という雰囲気になっていた。


「群生地がどうかしたんですか?」

「この付近にある群生地は、〝食人植物の森〟と呼ばれる場所なんです。そこには植物なのに魔法を放ち、鋭い牙で人肉を食らうモンスターが大量にいて……」

「なるほど、Fランクではきついということか」

「はい、なのでかなり離れた別の群生地に取りに行かなければなりません。そちらは安全ですが、片道一週間はかかりますね。報酬にだけ騙され――もとい勘違いする初心者の方が多くて、最近は事前に注意するようにしているんです」

「一週間だとさすがに、この報酬では割に合わないな……」

「どうしますか? 別の依頼が来るのを待った方が――」

「いや、探せばこの薬草を売っている商人が町でも見つかるかもしれないので。これにします」


 そう言いながら、依頼受注して冒険者ギルドの外へ出て行った。




 ――そして、マサムネがやってきていたのは〝食人植物の森〟の入り口だった。

 見た目は鬱蒼と生い茂る普通の森なのだが、空気中の魔力が高いように感じる。


「兄君、どうしてこちらへ?」


 周囲に誰もいないので、コダマが外に出てきていた。

 その横に白狼もいて毛繕いをしている。


「選択肢的には近くて危険なこっちか、遠くて安全な方か、だよな? だけど、今の自分がどれくらいできるか試してみたくてな」

「それでこちらの危険な〝食人植物の森〟に薬草を採りに来たのですね」

「大丈夫、無理はしない。ここの食人植物は魔法を使ってくるらしいから、TPブックを試すのには丁度いいしな」


 対人と違って、植物モンスターなら動きがそこまで複雑ではないので試しにはもってこいだろう。


「ただ、TPブックを使うところを誰かに見られたら面倒なんだよな……。今は人がいないけど、いつ誰が来るかわからないし」

「兄君、それでしたらわたくしの出番です!」

「え?」

「えい!」


 コダマが桜の鍵をかざすと異変が起こった。

 マサムネは自分の手を見ると、何やら黒い影に包まれてボンヤリとしているのだ。


「こ、これは……?」

「どうぞ、わたくしの手鏡です。確認してください」


 コダマが手鏡を渡してきたのだが、その中に映るマサムネの姿は自分が自分だと認識できないものになっていた。


「黒い影に包まれた人間……?」

「ふっふっふ、兄君のために空間魔法で姿を偽装できるようにしておきました! 兄君の身体に紐付けられた〝仮想の箱庭(エメラルドシティ)〟の入り口の力を転用しているので、兄君が念じるだけで姿を変えられます。全身だと不自然かもしれないので、目立たないように顔だけ認識できないようにも調整できます」

「お、おぉ……たしかに自由に操れる……」

「ついでに無銘刀も同じように出し入れできるようにしておきました」


 試しに偽装の調整と、無銘刀を何もないところから出現させてみた。

 魔法が使えないのに、魔法を操れるというのは不思議な気分だ。


「俺の妹なのに凄すぎないか……」

「兄君の妹だから凄いんですよ!」


 コダマは鼻息をフンフンしている。

 こんな宮廷魔法使いでもできないようなことをする妹は、魔法が使えない兄と差がありすぎるだろう。

 出来すぎた妹を持つという圧を感じないでもない。


「さてと、それじゃあ進むか。コダマは〝仮想の箱庭(エメラルドシティ)〟の中に戻った方がいいと思うんだが――」

「できれば近くで見ていたいです!」

「う、う~む……。たしかに実際に危険な場所を見るという経験も必要か……。俺の側を離れるなよ?」

「はーい!」


 コダマは初めて兄と一緒に何かできるのが嬉しいのか、ピッタリとくっついてきて腕を組んできた。


「さすがにそれじゃ戦えないって……」

「え~!?」


 残念そうな声を出してきたが、強引に引き剥がした。

 いくらモンスターの気配を大体察知できるからといっても、腕を拘束されていると万が一というのもある。

 そこまでの達人だとは思っていないので、自分の弱さを残念に思いながら歩みを進めた。


「前方……普通の植物に紛れているけど、いるな」

「え? よくわかりますね……」

「モンスターは殺気が単純だからわかりやすい」


 蔦や葉に紛れているが、大きめの蕾がある。

 そこから一直線でシンプルに伸びる殺気が見えている。


「早速使わせてもらうぞ、無銘刀――」


 付近の空間がゆがみ、そこから出てきた刀の柄を手で引き抜く。

 食人植物の方も異変に気が付いたのか正体を現してきた。

 蕾は想像以上に大きく花開き、人肉を食い千切るためのギザ歯が見えた。

 ツルを触手のように伸ばし、そこに魔力を集中させて緑色の何かを放ってきた。

 色や雰囲気からして毒魔法だろう。


「魔法の国はモンスターも魔法を使うから厄介だ――前まではな!」


 TPブックを出現させ、マジックカウンターを選択。

 100だったTPは90に。

 反射される毒魔法。


「自分自身の魔法を食らえ!」

『!?』


 眼の無い植物ですらありえない異変に気が付き、自分の毒魔法を食らって悶え苦しんでいた。

 そこへ一瞬で近付き、無銘刀を一閃させる。

 ガードしようとしていたツルごと、本体であるギザ歯花を真っ二つにした。

 シュウシュウと体内の魔力を四散させながら萎んでいく。


「さすが兄君、楽勝ですね!」

「いや、まだだ」


 この戦いを察知したのか、周囲から食人植物の気配が集まってきていた。

 さすがに数が多いとコダマを守り切れるか心配なので、試しに白狼に指示をしてみる。


「白狼、一体お願いしていいか?」

『ワンッ!』


 仔犬サイズだった白狼は、元の大きな白狼に戻った。

 食人植物の毒魔法を華麗に避けながら、その本体に食い付いてきた。

 むしろ美味しそうに食べている。


「ま、まぁ毒魔法を使うからって本体にも毒があるとは限らないしな……。食べられるのかもしれない……」

「食人している相手はあんまり食べたくはないですね……」


 兄妹の人間的な意見とは違って、白狼はそんなこと気にしないようだった。

 マサムネも負けじとマジックカウンターを使いながら、食人植物を蹴散らしていく。

 しかし、予想外に多く集まってきてしまっていた。


「こんなとき、多くの敵に攻撃できれば……!」


 マサムネがそう願うと、TPブックの空欄が輝いて一つのワザが追加された。

【消費TP10 雑草散らし】

 それがどんなTP消費ワザか一瞬で理解して放つ。


「食らえ、【雑草散らし】!」


 威力と速度は通常斬りとそこまで変わらないが、斬撃が半月型に広がった。

 付近の食人植物を一気に倒せた。

 TP消費もそこまで大きくないので連発も可能だ。


「すごい、兄君のTPブックは想いに応えてくれるアーティファクトなんですね!」

「いきなり無敵の必殺剣とかは出てこないから、たぶん俺の成長に比例しているのかもな」


 10……いや、20は倒した頃には周囲から敵の気配は消えていた。

 どうやら近辺の敵を倒し尽くしたようだ。


「左手のケガは大丈夫ですか? 兄君」

「ああ、これくらいなら片腕でも平気だ。……さて、あとは目的の薬草を探すだけだな」


 湿気の多い森は汗をかきやすく、不快な額を拭いながら言った。

 ふと、そこで冷静になった。


「……そういえば、薬草はどこにあるんだ」

「完全に迷いましたね……」


 どうやら最大の敵はモンスターでは無く、方向感覚だったようだ。


「あなたたち、そんなに強いのに……呆れてしまうわ……」


 そこに知らない女性の声が聞こえてきたのであった。

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