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冒険者ギルドの魔力測定

 まだ多少は手が痛むが、【仮想の箱庭(エメラルドシティ)】で採れた薬草を使ったので悪化することは無いだろう。

 刀を全力で振れないくらいだ。

 今、目の前を飛んで行った蜂すら、この左手では相手をするのが難しいかもしれない。

 右手なら可能だろうが、完全に片手だけで刀を振るというのは難しいのだ。


「さてと……これから旅をするのなら先立つ物が欲しいな」

〈兄君、お金ですか? それならボルドーダから強奪……ではなく、いただいたお金があるので当分は大丈夫かと〉

「そうは言っても、稼げる手段がないと不安だしな。もしものとき、俺一人ならその辺に生えてる雑草でも食べて腹を満たせるが、コダマにまでそうはさせたくない」

〈わたくしは兄君と一緒に旅をできるなら、そのくらいは……!〉

「ダメだ、それは俺自身が許せない。それに真っ当に働くということは社会勉強にもなるだろ」

〈む~……そこまで言われてしまっては……〉


 ようやくコダマが折れてくれたようだ。

 実のところ、誰かから得た金を使うというのは良い気分ではなかったというのもある。

 金銭感覚を失いやすいというのもあるし、自分で稼ぎたいのだ。

 そういう兄の背中を、妹に見せたい。

 基本的に妹には甘いが、甘くしてはいけないところもある。


「さて、旅をしながら俺が稼げる……となれば、結構限られてくるんだよなぁ」

〈旅なので以前のように山で取れた物を売ったりは……。あ! わたくしの【仮想の箱庭(エメラルドシティ)】内で取れた薪や薬草を売れば!〉

「たしかに薪や薬草を調達できるが、それを売る場所がなぁ。いきなり旅先でそこらへんの物をさばくのは難しいだろう。信用やら何やらで」

〈なるほど……〉

「そこで俺が考えていたのが……これだ!」


 先ほどから歩いていた目標地点に到着したようだ。

 そこには大きな冒険者ギルドの看板が掲げられていた。


〈冒険者……ギルドですか……?〉

「そうだ。以前の俺なら魔法が使えないから冒険者になるのは諦めていたが、今なら戦えるからな」

〈なるほど、TPブックを得た兄君なら引く手あまたですね〉

「……まぁ、なるべくバラしたくないからソロメインになりそうだが」


 少し前までいたカンザの町でも一人で仕事をしていたので、そこは特に問題が無いというか、やりやすいまである。

 世の中ではそういう人間を『ボッチ』などと言って哀れむらしいが、そもそも剣の修業も一人でやっていた。

 慣れっこだ、むしろ『ボッチ』が好きまであるのだ。

 ちょっと言い訳めいているが、これは言い訳ではない……!

 そんな考えを振り払いながら、ギルドの扉を開いた。


「おぉ……」


 カンザの町でも外から見たことがあるが、中に入ったのは初めてだ。

 パーティーでの打ち合わせなどができるようにテーブルと椅子が何セットも置いてあり、奥には区切られた受付が用意されている。

 二階はギルド職員用の部屋だろうか? 扉が並んでいるのが見える。

 今、用事があるのは一階の受付だ。

 そこへ向かって歩いて行くと、周囲からの視線を感じた。


「新入りか……」

「身体はそれなりに鍛えられてるな」

「へぇ~……。顔はまぁまぁ」


 敵意はないが、値踏みされるような感じだ。

 パーティーを組むことができるかどうか、というのを見られているのだろう。

 いきなり斬りかかられたりしないのなら問題はない。

 気にせず奥のカウンターへ行き、受付嬢に敬語で話しかけた。


「冒険者登録をしたいのですが可能でしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 受付嬢の名札にはロフィーと書いてあった。

 彼女は営業スマイルを浮かべながら、冒険者登録用の書類を出してきた。


「冒険者ギルドは初めてですか?」

「はい、手順を教えていただけると助かります」

「わかりました。では、こちらにお名前をお願い致します。もし代筆を頼む場合は――」

「あ、大丈夫です」


 魔法の国の識字率は他と比べてそれなりに高い。

 理由としては魔法の発動に呪文が必要となる場合があるからだ。

 そこはマサムネとは関係ないのだが、基本的な勉強は父親から教わったり、残されていた書物などで習得している。

 もういない父親が言うには『いつか貴人を護衛するとき、そうでないと困るから』だそうだ。

 真っ直ぐで力強い字を書き込み、まだ空欄があることに気が付いた。


「マサムネ・ウッドロウさんですね。では、次にこれで魔力測定をお願い致します」


 受付嬢ロフィーが手の平で示したのは、横に置いてあった水晶玉だ。

 これは聞いたことがあった。

 魔力を測定する特別な魔道具で、触れた光の量で結果が分かるのだ。


「はい」


 返事をしてから水晶玉に触れてみた。

 結果は――全く輝かなかった。

 知ってはいたが、マサムネは魔力がゼロなので当然だ。


「あ、あれ……?」


 受付嬢ロフィーは首を傾げていた。

 この魔法の国で魔力がゼロだというのはあり得ないからだ。

 自分で触れて輝くのを見て、壊れていないのを確認するほどだ。


「あ、わかりました! 偽装魔法の使い手なんですね! たまにいるんですよ、自分の強すぎる魔力を隠すために使う方が。でも、完全に魔力の痕跡を消すだなんて、宮廷魔法使いでも驚きの技術ですね……」


 メチャクチャ持ち上げてきてくれたので、言いにくいが……言うしかない。


「いや、本当に魔力がゼロなんです」

「……え? またまたご冗談を……」


 信じられない、という表情をされてしまった。

 周囲で遠巻きに見ていた冒険者たちも目が点になったあと、大笑いを始めた。


「ギャハハハ! 嘘だろ、そんな奴見たことねぇよ!」

「ご近所のパン屋さんだって魔力を持っている魔法の国だぜぇー!?」

「それが命のやり取りだってする冒険者になろうってのかぁ!?」


 馬鹿にされているのだろうが、そんなことには慣れているので気にしない。

 マサムネにだけ聞こえるようにコダマが『兄君のことをよく知らないで……! TPブックを使ったら一瞬でアナタたちなんて刀の錆ですよ!』というのと、『ワン!』と同意する白狼の咆える声が聞こえてきていた。

 面倒くさいことになるから絶対に出てきてくれるなよ、と願う……。


「次はどうすればいいんですか? ロフィーさん」

「え、えと……では……その……ご自分の冒険者としての職業を書き込んでください……。氷属性魔法使いとか、マジックアーチャーとか、魔法剣士とか……」

「じゃあ、剣士かな」


 それを聞いた周囲の冒険者たちが再び嘲笑ってきた。


「け、けけけけけけ剣士ぃ!? うぷぷ、魔法剣士じゃない剣士なんて初めて聞いたぜぇー!!」

「仕事の前に、そこらへんを歩いてるだけのモンスターにぶっ殺されちゃうよぉー、剣士様ぁー!」

「どれ、オレ様が試してやるか!」


 気にせずペンでの記入を終えたのだが、背後に迫ってくる気配を感じていた。

 大体のところは察していたが、ゆっくりと余裕を持って振り向くとそこには大斧を振り下ろそうとしていた冒険者がいた。


「ハッハァー! ここでリタイヤしておいた方がお前のためだぜぇー!」

「そりゃどうも」


 マサムネは興味なさげに言い放ちながら、眼前に迫る斧を右手のペンで逸らした。


「なっ!?」


 冒険者の男は信じられないという表情だが、ずっと魔法に頼らないでいたマサムネにとっては朝飯前だ。

 とても単調な攻撃で、アクビが出てしまうほどだ。

 距離が離れていれば魔法使いが有利だが、そうでなければ技量勝負。

 そのままペンを男のこめかみを掠るくらいの位置に、弾丸の如く突き出した。


「ひぃっ!? わ、悪かった! 悪かったって!! 冗談だから殺さないでくれぇー!?」

「何を言っているんだ?」


 ペン先には黄色く小さな昆虫――蜂が止まっていた。


「おぉ、可哀想に。迷い込んでしまって、振り回す斧に怯えたか? この蜂は普段、人を刺さないが、興奮させたら刺されてしまうぞ」


 蜂が止まっているペン先をなるべく揺らさないようにしながら、窓から外へ逃がしてやった。

 大斧を持っていた冒険者は、殺されると勘違いしたのかペタリと女子のようにへたり込んでしまっていた。


「さてと……これで冒険者ギルドへの登録は完了ですかね?」

「あ、はい……Fランクからのスタートになります。こちらが身分証にもなる冒険者カードで……」


 もう周囲にマサムネを嘗めてかかる者はいなかった。

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