ゾンビ鬼ごっこ終了時間
ラブレスはこのゾンビ鬼ごっこを大いに楽しんでいた。
ゲーム開始時からの出来事を振り返っていく。
今回のマサムネの戦いに関する観察眼は見事で、思い切りも良く度胸もある。
(初動でこのゲームの根幹を見抜き、敢えてリスクを承知で平地でゾンビたちを迎え撃つ……並の男ではできることではないのじゃ)
それに〝剣〟――いや、違う。アレは見覚えがある。
東の国で使われることが多い、片方にしか刃が付いていない〝刀〟だ。
以前、〝あの人〟が使っていた。
それも見事な太刀筋で、あの人のことを思い出してしまうくらいだ。
東の国の刀使いはみんな、こうも戦闘スタイルが流麗なのだろうか。
それに剣術を魔法で拡張したような、広範囲攻撃も放っていた。
大量のゾンビが一瞬にして葬られ、思わず見とれてしまったほどだ。
(妾は近接攻撃はあまり得意ではないから、逞しい背中に憧れを持っているのかもしれぬな……)
ここまで来るとゲームバランス的に楽勝過ぎて、アクビが出てしまうレベルだ。
このゲームを設定したエグオンには低評価を付けざるを得ない。
マサムネを舐めすぎている。
(そこで妾は苦肉の策をとった。わざとゾンビに噛まれて、窮地に陥った雰囲気を演出したのじゃ!)
もちろん、噛まれたフリだ。
最初に自分で傷を付けておき(痛いのじゃ)、ゾンビの方は魔力によるガードで防いでいる。
もっとも、実際にゾンビとなって死亡しても、秘術である転生魔法によって大幅な魔力と引き換えにより生き返ることも可能だ。
ちょっと幼女化によって知能もそちらに引っ張られてはいるが、基本的に狡猾で冷血な悪役女王ベラドンナなのだ。
(そしたらマサムネは今まで見たことの無いくらい冷静さを失ったのじゃ。さすがにそれは想定外……大事に思われとるのぉ……妾……。罪な女じゃ……)
しかし、必死すぎたのか背負ったラブレスを木々にぶつけまくりながら走っていたので、ゾンビ化よりもこちらが死因になるのでは? と思ったくらいだった。
どうやら身体強化系の力を使ったようだが、爆発的な加速力を得ていた。
推測だが、必要としている能力に成長したように思えた。
そうなるとマサムネのアーティファクトはとんでもない力を秘めている気がする。
人の想いに応えて、成長するアーティファクト。
それは魔術もどきの魔法ではない、真の魔法といえるだろう。
(そして現在……無事に目的地の治療薬が設置されている場所に到着したのじゃが……)
「ラブレス、早く飲んでくれ!! 間に合わなくなるかもしれない!!」
「え、えーっと……でもすごい色してるし……」
この薬を作ったのは自分だったと思い出す。
市販に出回るのでもなく、貴人に飲ませるわけでもなく、ただの戦闘狂たちが最後の手段として使うもので色や味はテキトーだったのだ。
「命がかかっているんだ!! 顔色も何か悪くなってきたし、脂汗も出てるじゃないか!! 早く飲んでくれ!!」
色も質の悪いスライムか固まりかけた鼻水かという感じなのだが、臭いもすごいことになっている。
ツンとした刺激臭は、酸っぱい吐瀉物を想像させる。
本当に命の危機なら飲むかもしれないが、普通に健康体だ。
心身ともに絶好調だ。
その状態で何とも言えないグロい液体を口に入れろと言われているのだ。
さすがの悪役女王ベラドンナでも、眉をしかめて躊躇してしまう。
「そうか、もしかしてゾンビ化が進んで判断力が鈍っているのか!!」
「え、いや、むしろ判断力があるからこそ――」
「それなら急いで強引に飲ませるしかない!」
マサムネの逞しい身体に対して、ラブレスの幼女ボディが抗えるはずもない。
ガシッと口を強引に開けられ、治療薬を喉の奥まで流し込まれる。
「あぼぼぼぼぼぼ」
身体が拒否反応を示して吐きたいのだが、がっしりと抑え込まれているので不可能だ。
ギリギリ死の淵に追い込まれるような感覚で、比喩ではなく白目を剥いてしまう。
はたから見ればシリアスな状況かもしれないが、実際は地獄の苦痛を伴ったギャグでしかない。
「よかった、これで助かったな。ラブレス!」
「つ、次はもうちょっと美味しい治療薬……ガクッ」
ラブレスはハイライトの消えた眼で倒れ、涙を流していた。
***
一方その頃、ゾンビ鬼ごっこの終了時間が来たタイミングでハーポンと取り巻きたちは、治療薬の場所へ辿り着けずにいた。
「さ、さみぃ……頭がガンガンする……身体がかゆい……」
「は、ハーポン殿……」
「近寄らないでよ……」
ハーポンの顔色は悪くなり、皮膚がボロボロと剥がれ落ちていっている。
歯や髪も抜けていき、もう手遅れの状態だとわかる。
彼は運悪く、ゾンビ化への耐性がなかったのだろう。
実戦経験に乏しいため、魔力によって抵抗するという器用なこともできない。
「な、なぁ……たすけてくれよぉ……」
「も、もう無理でありますよ……これじゃ……」
「おえ~! 気持ち悪いわね!」
「お、おまえ……おれのことを……きもちわるいと……いったのか……」
取り巻きの女は呆れたといった表情をして、唾を吐きかけた。
「ぺっ。あーあ、アンタなんかに付いてきて判断ミスったわ。ただのド田舎の狭い場所で親に恵まれてただけで、実際は何もできないクセに思い上がってた馬鹿ガキじゃない」
「て、てめぇ……」
「勘違いおのぼりさん、あんたみたいに自己評価だけ高い奴は何も成せずに死んでいくわけ。じゃーね、勝手にゾンビになって徘徊してなさい。賢いアタシはもっと良い男を捜すから」
取り巻きの女は去って行ってしまった。
残ったのはハーポンと取り巻きの男だけだ。
「……おまえも……はやくどこかへいっちまえよ……もうオレはゾンビになるんだしよ……」
「よ、呼んでくるであります! スタッフを呼んでくればまだ間に合うかも!! ここで待っているであります!!」
取り巻きの男も行ってしまった。
残されたハーポンは何も喋れなくなり、ただゾンビとしてフラフラと徘徊し始めたのであった。




