ゾンビ治療薬
「お前は……誰だっけ?」
「ハーポンだ!」
正直覚えていなかった。
突然現れた男はハーポンというらしいが、一刻を争うタイミングで明らかな弱者を相手にしている暇も無い。
普段の生活で他人に対して弱者というのは使わないが、戦闘に関しては別だ。
明らかにハーポンは弱者である。
足運びや、視線などの細かなところでわかる。
「だが、父も言っていたな……弱者を装う強者もいると……」
「えっ!?」
なぜかラブレスがビクッとしたが、きっとゾンビ化への発作が始まっているのだろう。
一刻も早く治療薬の場所へ移動しなければならないが、ハーポンを軽視しすぎて隠しているかもしれない〝一撃即死の何か〟を食らったら終わりだ。
それに自ら危険なベラドンナゲームに乗り込んできて、ここまで戦闘に対しての弱者というのもおかしい、不自然だ。
よっぽど自分の実力を把握していない馬鹿の可能性もあるが、そんな人間は存在しないだろう。
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!! それならこちらから行かせてもらうぜ、お前みたいなスカした野郎を一撃で葬り去るオリジナル魔法だ!! 食らえ、ファイアース――」
まずい。
一撃で葬り去るということは、やはり即死系の可能性が高い。
マジックカウンターを使うか? いや、そこまでの実力者相手に初っぱな手の内を見せるのはまずい。
それなら魔法を放つまでの僅かな間に〝風来奪首〟で距離を詰めて、喉に峰打ちをして声を発せなくするのがベター……。
だがしかし、そこまでの魔法使いとなると近接対策をしている可能性が高い。
下手に踏み込んで対策をされた場合、近距離で即死魔法を食らうことになってマジックカウンターのリカバリーすら不可能……!?
となるとひたすら回避……いや、ラブレスがいてそれは無理だ。
しかも、あれだけ自信満々に放ってくるオリジナルの即死魔法なら、高追尾か、超範囲だろう。
クソッ、弱者を装う強者がこれほどに手強いとは……。
それなら最後の手段だ、これしかない。
※この思考は0.0001秒で行われた。
「白狼! 犠牲になってくれ!!」
『バウッ!!』
白狼による特攻を、苦悶の表情で泣きながら指示した。
これなら即死魔法であっても白狼が食らうことになるが、再召喚すれば平気だ。
ただし、ヴィジョンズとはいえ意思ある存在を捨て駒にするのは心が痛む。
実際の傷よりも、胸を抉られるような痛みだ。
「白狼の犠牲は無駄にしな――アレ?」
「うぎゃあああああ!! いてぇ!! すげぇスピードで白い何かがああああああ」
ハーポンは呆気なく、白狼に距離を詰められ、そのまま無防備な状態で脚を噛まれていた。
そこでようやく気が付いた。
「え? もしかして本当に実力がないのに、ここまで自信満々だったのか……?」
住んでいたカンザの町のチンピラでさえ、自分の実力をわきまえていた。
まさかそれ以上に馬鹿な人間がいたとは思いもしなかったのだ。
この年齢になるまで周囲の注意もなしに、どうやって生き残ってきたのか不思議なレベルだ。
世界は広い。
「えーっと……白狼。もういいぞ。放っておいて、急いで治療薬を取りに行こう」
『ワンッ!』
白狼は相手の実力を素直に見切っていたためか、そこまで深くは噛んでいないので問題ないだろう。
マサムネはラブレスを抱きかかえ、急いで光の柱の方へと向かったのであった。
――そして、残されたハーポンは。
「お、おい!! 待てよ!! まだ勝負はついてねぇだろ!? まぁしょうがねぇ……オレのことが恐ろしくなって逃げちまったか……」
実力差をまったく理解していないハーポンは、情けなく尻餅をついていた状態から立ち上がった。
「ってぇなぁ、あの犬っころ。噛んで来やがったぜ……。オレでなけりゃ歩けなくなっていたな……」
むしろ歩けるくらいに手加減されていたのすら気が付いていない。
そんなハーポンは、背後に迫っているゾンビにすら察知できないのは当然だった。
『ヴァ~!』
「え?」
覆い被さってくるゾンビ、状況を理解できないハーポン。
このときに急いで振り払えば、まだ対処できていただろう。
しかし、ハーポンである。
「ぎゃああああ!! 噛みやがった!! すげぇぇぇええいてぇじゃねーか!!」
急いでゾンビを振り解いて、全力疾走で逃げるハーポン。
幸いなことに、ゾンビは片足のない古い個体だったので追っては来ない。
「あ、ハーポン殿がいた!!」
「おっきな声が聞こえたから駆け付けてみたけど、大丈夫なの?」
追いついてきた取り巻き二人と合流したハーポンは、噛まれた傷口を押さえながら言った。
「チクショウ!! てめぇらがいないせいでゾンビに噛まれちまったじゃねーか!!」
「え、いや、ハーポン殿が勝手に一人でどこかへ……」
「うるせぇ!! 早くオレのために治療薬を取りに行くぞ!! なんか光の柱が上がってるところにあるとか言ってたからな!!」
「わ、わかったわよ……」
取り巻き達の表情は初期と違って、ハーポンへの不信感で溢れていたのであった。




