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管理者の思惑

 今回の管理者として任命されたエグオンは、安全な部屋の一室で部下と共にゲームの内容を観察していた。


「さっそく、面白いイベントが起こってしまったようです」

「はっ! エグオン様の思惑通りです!」

「いや、知らんが。……まぁ、参加者ナンバー62番……ハーポンが逃げ切ってしまったのはつまらないですねぇ」


 どうやってゲーム内容を観察しているかというと、ベラドンナが魔法で事前に監視用の超小型自律ゴーレムを複数設置していたのだ。

 それを通してエグオンや、賭けをしているVIPたちが観戦している。

 普通ならこんな高度な魔法は不可能に近いが、ベラドンナなら可能だ。

 なお後日、個人情報に配慮したり、ダイジェストに編集したりした〝録画水晶球〟が一般にも出回ることもある。


「お、砦で新たな動きが起きたな」

『と、扉の鍵が壊されているだと!? あのハーポンとかいう野郎、逃げ際にやりやがったな!!』

『ぞ、ゾンビがなだれ込んできて……ウギャアアアアア!!』

「ほう、ハーポンという男はなかなかに性根が腐っていて盛り上げてくれますねぇ」


 砦の中は入り口にゾンビが殺到して、参加者たちは逃げるためにもみ合いになっていた。

 狭い室内では人間の長い武器より、ゾンビの爪や歯の方が扱いやすいのだ。

 しかも魔法も効果範囲の広いものだと自分まで巻き添えになってしまう。

 砦の屋上まで避難して、そこから飛び降りて骨折する者も出ている有様だ。


「だけど、ここからが本番……。ムメイを倒すために、各ゲームは奴の不利になるようにしてあるのさ……! ククク……!! しかも万が一最後のゲームまで到達されたとしても切り札がある……!」

「え、エグオン様……地下のアレはベラドンナ様も許可を出していないのでは……」

「黙れ、万が一だ!! ムメイは第一ゲームで敗退するだろうからなぁ!」


 エグオンはムメイと戦った記憶を思い出して、苦虫を噛み潰したような表情になると同時に、今からそれを上書きできる期待の表情をしていた。


「ムメイはマジックカウンターという強力な防御手段を持っている。しかし、物理攻撃だけのゾンビには効くまい!! しかも集団で襲ってきて捌けるかなぁ!? ゾンビに噛まれれば、傷を修復できようとゾンビに豹変するだろう!! あはは!!」

「さすがエグオン様です!」


 エグオンの頭の中には、もうムメイがゾンビの集団にむごたらしく噛まれ、憐れなゾンビとして一生彷徨い続けるようなイメージしか浮かばない。


「よくわからないけど、一緒にいる小娘も不幸ですねぇ。何の役にも立てずに足手まといとして死んでいくのですから」


 ちなみにエグオンは、ラブレスが自国のトップだとは知らないのであった。




 ***




 一方、平地を選択したマサムネとラブレス。

 二人は周囲からの気配を感じていた。


「ムメイ様、ゾンビが来そうな雰囲気が……」

「ああ、気配を殺してないから意外とわかりやすいな」


 座っていたマサムネは立ち上がり、無銘刀を取り出して構えた。

 本来なら武器の類はアーティファクト以外は持ち込めないが、空間魔法の収納を使ったので特に問題ないだろう。

 一応、元々はアーティファクト経由のヴィジョンズの付属品なので、いくらでも言い訳はできる。

 ……ようするに少しだけ後ろめたいが問題はないということだ。


「ラブレス、絶対に俺の側から離れるなよ」

「え? ゾンビの攻撃をスレスレで躱したりしちゃダメですか? スリル満点ですよ!?」

「あはは、面白い冗談だ」


 ゾンビの攻撃に当たれば感染するリスクが高い。

 さすがに正気でそんなことを言える人間はいないので、ラブレスなりの冗談なのはわかりきっている。

 きっと自分は戦えなくて心苦しいのだろう。


〈きっと自分は戦えなくて心苦しくて、せめて場を和ませようと……健気な子……〉

〈うーん、そうですかねぇ? わたくし的には大真面目に言ってそうな気も……〉


 何やらそんな話が耳元に聞こえてくるが、現場にいる身としてはいちいち聞いていられない。

 迫ってくるゾンビたちは様々だ。

 ゾンビになったばかりのような新鮮な個体は動きも素早く、ずっと墓に入っていたような古い個体は人間としての面影が薄くゆっくりだ。

 そのためダッシュしてくる新鮮なゾンビから相手にすることになった。


『う゛ぁー……!』

「はっ!!」


 迫るゾンビの爪振り下ろし攻撃を軽々と避け、胴体を横に斬り裂いて真っ二つにした。

 強みであるマジックカウンターは活かせないが、ゾンビの単純な戦闘力としてはそこまで高くないので楽勝だ。

 むしろ恐ろしい部分は――。


(マサムネ! ゾンビは首を斬り落とすくらいしないと動き続けるわ!)

「ちっ」


 あまりにも弱すぎて油断してしまったというか、自分だけならどう動いても平気なようにはしていた。

 しかし、斬り飛ばしたゾンビの上半身に不用意に近付いていたラブレスまでは気が回らなかった。


〈任せてください! お行きなさい! 白狼!!〉

『ガウッ!!』


 いつもの小さい仔犬姿ではなく、戦闘形態である白き狼が空間を飛び出してきた。

 一瞬にして上半身だけで噛み付くとしていたゾンビに、逆に噛み付いていった。


「よくやった、白狼。……って、ゾンビを噛んでも平気なのか?」

〈たぶん生の肉体を持つ存在ではないので平気だと思いますが、万が一感染しても再召喚すれば元通りです〉


 たしかにそうだが、何か白狼に悪い気もする。

 あとで高い肉でも買ってやろうと思った。


 それからも走ってくるゾンビの首を次々とはねて対処していく。

 動きが単調なので狙いやすく、マサムネの体調も万全なので特に問題は無い。

 だが――ゾンビの最後の怖さを味わうことになる。


「これは……数が多い。囲まれたな」


 どうやら追加でゾンビになった者もいるようだ。

 参加者として見た顔もいる。

 この状況こそ、エグオンがマサムネ対策として狙っていたものである。

 マジックカウンター対策で、魔法を使えないマサムネは刀の狭い範囲しか攻撃できない。


「それならアレを使うか」

〈食人植物の森で使ったTPブックのスキルね!〉


 迫ってくるゾンビの大群に向けて、TP10を消費して広範囲斬撃を放つ。


「【雑草散らし】……!!」


 半月型の斬撃がゾンビの身体を次々と両断していく。

 このTPブックのスキルさえあれば、ザコがいくら集団になっても問題はないだろう。

 チラッとラブレスの顔が見えたのだが、なぜか場にそぐわない笑顔だった。

 きっと気のせいだろう。

 ちなみにこれを中継で見ているエグオンは、【雑草散らし】のことを知らないので大口をあんぐり開けて呆然とした表情だった。


「いくらでも来い、まとめて相手をしてやる!」


 マサムネは迫り来るゾンビ集団に対して次々と【雑草散らし】を放っていく。

 百体近くを全滅させる頃には、TPが最大値の半分である50になっていた。

 何があるかわからないので、折を見て最大値に戻したいところだ。


「ムメイさん、やりましたね!」

「ちょ、待っ――」


 暢気な声で駆け寄ってくるラブレス――その足元に上半身だけのゾンビがいくつも落ちていたと気が付いたときには遅かった。


「あ、噛まれました。大変です!」


 ラブレスの太股を、ゾンビが噛み付いていた。

 急いでゾンビの頭部を斬り落としたためか、怪我自体は歯形からうっすら血が出ている程度で済んだ。

 問題はゾンビに噛まれたら、ゾンビになってしまうということだ。


「お、おい……ラブレス……」

「わぁ~、どうしましょう!」


 若干、迫真さに欠けるのだがきっと気が動転しているためだろう。

 何かわざとっぽく噛まれに行くような動きだったが、自ら進んでゾンビに噛まれに行くような人間はいない。

 もしいたら世界一頭のおかしい人間だ。

 いや、今はそんなありえないことを考えている場合ではない。


「ゾンビになる前に急いで治療薬を取りに行かなければ……。たぶん、あの光る柱のところにあるはずだ!」


 戦闘ではパニックにならないが、小さな子供がゾンビになりそうな状況では慌ててしまう。

 すぐに治療薬があるはずの場所を目指そうとするが、そこに奴の声が聞こえてきた。


「おっと、大慌てじゃないか。丁度良いからお前はここで脱落させてやるよ。つまり初心者に分かりやすく教えてやれば――どいつから殺していくかって基準で、お前は『殺しやすい奴』ってことだぁ!」

「お前は……!?」

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