壁は守るためにあるのか、閉じ込めるためにあるのか
無事に砦へ辿り着いたハーポンたち。
今回のベラドンナゲーム参加者のほとんどが集まっていると言っても過言ではないだろう。
「ほう、なかなか頑丈そうな砦じゃねーか」
強固な石造りで、扉や門などは鋼鉄製だ。
窓も補強されて入ってこられないようになっている。
これならゾンビが突破してくることはないだろう。
しかも屋上には円柱形の見張り台まである。
まさに完璧な防衛拠点だ。
「おい、おまえら。先に入れ」
「え、ハーポン殿……?」
「ちょ、ちょっと!?」
グイッと背中を押される取り巻きの二人。
「中にゾンビが隠れてるかもしれねぇだろ。よえぇ奴からこういうことをやらされるってのが、弱肉強食の世界なんだよ。それくらい理解しろ」
「そ、そんな……」
「いいからさっさと行け!」
尻を蹴られて、暗い砦の中に入っての探索が始まった。
中には少数の水や食料があったり、豊富な武器が飾られたりしていた。
「ちっ、酒がねぇな。まぁゾンビを倒すための武器は多いからいいけどよぉ」
ゲラゲラとハーポンは笑っていた。
他の参加者たちは急に静かになり、武器を確保し始めていた。
一通り砦の中を探索してみたが、ゾンビや危険物は存在しなかった。
本当に砦としての機能を用意されているようだ。
もう勝利の気分で安心していたハーポンと取り巻きの三人は、少ない食料をバクバクと食べていた。
「うんめぇ~。量は少ないけどいけるな」
「ほんと、運営も気が利くわねぇ。この高級そうな包み紙の焼き菓子なんてサイコーね!」
「もう食べたあとですが、毒も入ってないでありますな」
武器を持った他の参加者は、機嫌が悪そうに話しかけてきた。
「おい……。お前たちだけで食料を食い過ぎだろ」
「はぁ? 別に長期戦じゃねーんだから、水とか食料はただの娯楽みてぇなもんだろ」
「そうよそうよ、あんたたちは先に武器を選んだ。あたしたちは食べ物を選んだ。ただそれだけでしょ?」
「ハーポン殿のように強い者が、食料を食べて何がいけないのでありますか?」
他の参加者たちは舌打ちしたり、睨み付けたりしている。
明らかにハーポンと取り巻きは、この場で浮いていた。
「ギャハハ、なに必死な空気になってんだよ。この絶対安全な砦で二時間――おっと、もう残り一時間と五十分くらいをダラダラと過ごせば勝利だろ? 楽勝じゃねーか! あー、メシ食ったら眠くなってきた。ちょっと昼寝するから終わったら起こしてくれや~」
そこで他の参加者数名の瞳が仄暗く輝いていたのだが、ハーポンたちはそれに気づかなかった。
ハーポンは夢を見ていた。
裕福な貴族の家で、両親から何でも与えられて育ってきた。
魔法開発だって、名だたる家庭教師をつけてもらって、小さいときに魔法理論の組み立てを行って神童と呼ばれていたのだ。
何でもできる男、それが自分だ。
それからも魔法開発の大会――小さな地方大会とか吹聴して嫉妬する奴もいた――で一位になったりもした。
とてもすごい魔法使い、まぁベラドンナには負けるかもしれないが?
それがハーポンの自己評価だった。
周囲の誰も追いついてこない状況だったので、ちょっとしたスリルを求めてベラドンナゲームに参加してみたのだ。
思っていたより簡単だし、参加者にガキがいるくらいだった。
もう楽勝確定なのでリラックスしすぎて昼寝中だ。
唯一の不満とすれば、高級なベッドで寝慣れているので、硬いテーブルに突っ伏してしまっていて寝心地悪いということだろうか。
無意識に頭の位置を動かして調整したのだが――
ドガッ! と耳元で大きな音が聞こえてきたのだ。
ビクッとして飛び起きた。
「な、なんだぁ!?」
「は、ハーポン殿がやっと起きた!?」
「大変よ! 急に襲ってきて!!」
こんな鉄壁の砦でゾンビが襲ってきたのか?
否、いくらハーポンでも眼前の状況を見れば理解できた。
寝返りをしていた場所に、剣を突き刺していた参加者の男がいたからだ。
「な、なんでこんなことを……!?」
「はぁ? おめぇ馬鹿か? コイツは最終的に〝勝者が一人〟のベラドンナゲームなんだぜ?」
「ぞ、ゾンビから協力して逃げるゲームだろう!?」
「だからゾンビから襲われる心配がなくなったら、あとは自分以外の参加者を殺していくだけだろうが。頭わりぃなぁ」
「お、おいおいおい……マジかよ……」
他の参加者たちも武器を構えていた。
「どいつから殺していくってのも、色々と基準があるぜぇ……お坊ちゃんよぉ……。弱い奴、手強いが隙を見せた奴、ただ殺しやすい奴……ぐへへ……」
「なるほど、オレは『手強いが隙を見せた奴』ということか……!?」
「はぁ? まぁいい、死ねや」
「ま、魔法じゃなくて武器しか使えない奴らになんて負けるかよ! 食らえ! ファイアーダウンバースト!!」
ハーポンはアーティファクトを出現させ、人間の身長半分程度の炎渦を放った。
「どうだ!! オレが開発した魔法だ! これを食らえばひとたまりもな――えっ!?」
「なんだこりゃ、ただのファイアーストームじゃん」
参加者たちもアーティファクトを出現させ、それぞれで防御魔法を貼って呆気なく防いでいた。
「ファイアーストーム……?」
「まさか知らないのか? 大昔からある炎の魔法の名前だろ。実戦だと攻撃速度や威力の割りに、魔力消費が高くてだーれも使わなくなっていった」
「そんな……これはボクが開発したオリジナルの魔法で……。それになんでお前ら、そんな簡単に防げるんだ!! アーティファクトがあるのに、武器なんて持ってるし!!」
「アホか、武器も使えた方が実戦でつえーからだろ。それにお前――ハーポンとか言ったか? 自分の実力をホイホイと喧伝するような奴の方がおかしいだろ。実戦経験がある奴なら、無意味に手の内は見せないぞ」
ハーポンは自分の開発した魔法を楽々防がれ、しかも舌戦でも言い負かされてしまった。
情けない……というより性格的に怒りが先にきた。
「チクショー!! うるさい黙れゴミが!!」
「お、言い返せずに逆ギレか?」
参加者たちはアーティファクトと、剣やメイスなどをハーポンに向け始めた。
焦ったハーポンは、取り巻きの背中をドンッと押した。
「い、いけ!! オレのために戦え!!」
「えぇっ!?」
参加者たちすら唖然となり、その隙にハーポンは砦の扉を開けて脱兎の如く逃げ出してしまった。
「え、あの……ハーポン殿……?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? 強かったんじゃないの、ハーポン!?」
さすがの参加者たちも、一回戦なので同情してしまう。
「お前ら二人、自分の意思でこの死と生をやり取りするベラドンナゲームに参加したんだよな……?」
「実はハーポン殿がいれば平気かな~……と……」
「あ、あたしも……」
「はぁ~……。命のやり取りをする覚悟のない奴とベラドンナゲームをするのは、ベラドンナ様の意思にも反している。さっさとどこかへ行け」
やれやれという参加者たちは興ざめしたのかアーティファクトと武器を収めてしまった。




