魔法の国のデスゲーム
「マサムネから呼ばれてきた。よろしく頼む、ラブレス」
「あ、えーっと……はい!」
ベラドンナゲーム会場の入り口で、正体を隠したマサムネはラブレスと合流していた。
顔は空間魔法の認識阻害でわからなくしているだけでなく、今回は衣装も整えてみた。
赤鳥の羽根からフォティアが織ってくれたもので、口元には黒いマスク、服も体型が隠れるようなマントを羽織っている。
これで完璧だ。
〈兄君、声! 声!〉
〈もろにマサムネのまま……〉
仮想の箱庭で待機しているコダマとフォティアからツッコミが入ったので、慌てて声色を低くして誤魔化す。
「こほん。……今日はお前をサポートしにきた」
「ありがとうございます! ……それでウチはなんとお呼びすれば?」
「名前……うーむ……名前か……」
しまった、正直考えてなかった。
ガバガバ設定だが、何とか取り繕わねばならない。
もし、こういうのをお仕事にしている劇作家は元からしっかり考えているか、ガバガバなのをあとからアドリブで何とかしているのだろうと悟った。
〈そういえば、エグオンはムメイとか呼んでなかったっけ?〉
ナイスフォティア!
たしか以前戦ったとき、名前が無い刀などに付けられる〝無銘〟にたとえて言い放った気がする。
もうそれでいいやと諦めた。
「……俺の名前はムメイ」
「ムメイ! ミステリアスでステキな名前です! どんな由来があるんですか?」
マジか。
そこを深掘りしてくるか、このタイミングで。
即興で設定を作って語らなければならない……。
〈兄君!! 困惑が顔に出ていますよ!!〉
仕方ないじゃん……大変なんだよ……。
コダマから貸してもらった荒唐無稽な本の内容をパク――オマージュするか……。
「東の国の姫君を守るための秘密組織に伝わるコードネームだ……」
「すごい……秘密組織……! え、でも秘密組織なのに言っちゃっていいんですか?」
鋭い。
設定の隙を突いてくる。
もうノリで返すしかない。
「ふっ、これを第三者にバラしたらお前を消すしかなくなるだろうな……」
コダマとフォティアの笑い声が微かに聞こえてくるのがつらい。
今すぐ帰りたい。
おうちかえりたい。
「わかりました! 絶対に秘密にしますね!」
ノリがいいな、おい。
しかし、これ以上付き合っていては心が持たない。
どんな鍛錬よりもキツい。
「無駄話は好かない。早く行くぞ」
「はい!」
まずは受付でエントリーをすることになった。
想像していた血なまぐさい感じとは違う、清潔感漂う受付だ。
ただ誓約書に書いてある内容は〝怪我や死亡は自己責任〟などデスゲームっぽさはある。
ラブレスとペアで登録しようと思ったが、そういうのはないそうだ。
各ゲームの休憩時間には棄権も可能らしいので、ラブレスと独自に組んで、最後に二人になったら片方が棄権すれば優勝が決まるという感じでいいのだろう。
それから控え室に通された。
かなり大きな部屋だが、百人近くもいるので圧迫感がある。
「お、弱っちそうなザコはっけーん。そんなんでベラドンナゲームに参加って意識低くない?」
顔の整ったセンター分け黒髪長髪の青年が、意識的にも身長的にも見下しながらラブレスを指差していた。
「も~、やめなよ。ハーポン。どんな相手でもハーポンと比べたらザコになっちゃうんだから~」
「そうでありますな。トップ魔法開発者で、数々の実績を持ち、魔法の腕も名高いハーポン殿ですからな」
取り巻きの二人、片方はセクシーな厚ぼったい唇の女性で、もう片方はマッシュルームカットの男でうんちくが好きそうな魔法オタクに見える。
その取り巻きが言うには、意識高そうな奴の名前はハーポンというらしい。
「あ、もしかして見た目は弱そうだけど、実は魔力が高かったり、オレみたいに魔法開発者だったりするぅ?」
「い、いえ……全然そんなことなくて、魔力も低くて……」
「それじゃあ、オレ様の仲間にならない~? ほらぁ、やっぱり絆っしょ! みんなが協力すればハッピーじゃん!」
ハーポンは見下しながらラブレスに顔を近付け、ニヤニヤと笑っていた。
きっとデスゲームで使い捨てるためのコマにするのだろう。
そんな風に他人を利用するときの腐れ外道顔は何度も見てきた。
「ラブレスは俺と組む約束になっているんだ。その汚い顔を近づけるな」
「はぁ~? オレ様に向かってなんて口の利き方してるんだ、オルァン? オレがどんだけすごい人間か知ってるのか?」
「知らない。それに大層な言われようだが〝実戦経験〟はあるのか?」
「それは……オレ様ならベラドンナゲームくらいは楽勝だし……」
どうやら口だけのようだ。
「一応聞いておくが、お前たちは自分の意思で参加してるのか?」
「はぁ? ったりめぇだろう。勝てば富や名声、地位と望むままだぜ?」
「勝てなくても、名前を売るだけでお得だしねぇ」
「そもそも強制的に参加している者はいないかと。野蛮な他国のように奴隷を見世物にしているわけでもないでありますし」
三人が言うのなら、どうやらそれは本当のようだ。
「それなら、死んでも自己責任ということだな」
「ギャハハ、自分がおっ死にそうだからってビビったのか?」
「いや、お前みたいな戦わずして『自分はすごい』と勘違いしている奴が、一番初めに死にそうだなと」
「はぁぁぁぁ~!?」
「だから自分の意思で参加していると聞いて安心した。お前が勝手に死んでも何の罪悪感もないからな」
「てめぇ!! あとでぶっ殺してやるからな!! 覚えとけ!!」
「殺意を向けたと言うことは、逆に殺される可能性があることを忘れるな」
「ひっ」
気迫に押されたのか、ハーポンは情けなく後ずさってしまった。
命のやり取りをした者と、そうでない者では大きな差があるのだ。
他の参加者たちを見るも、大体は自分の意思でデスゲームに参加するというロクでもない人間が多そうだ。
誰もがスリルを求めるようなジャンキーなのだろうか。
そう考えると、ベラドンナから直接参加するように仕向けられたかのようなラブレスだけが異常に思えなくもない。
(兄君、ちょっと突飛なことを思いついたのですが……もしかして、ラブレスちゃんって、実はベラドンナ女王ご本人だったりします?)
そんなコダマの指摘が、タイミング良く聞こえてきたのであった。
***
「では、ベラドンナ女王による開始のお言葉を……」
「妾が主催するベラドンナゲーム、どうか皆の者……存分に楽しむが良いのじゃ。生と死の狭間でのみ体験できるスリルの狂宴、ここに開始なのじゃ!!」
壇上に登場した女性――ベラドンナ・ワルプルギス。
声や身体からして年齢は30前後だろうか。
身長は女性にしてはかなり高い180程度で、とてもグラマラスに見える。
格好は魔女帽子のような形の煌びやかな王冠をかぶり、顔はベールで隠れていて見えない。
ラブレスとはあまりにも年齢や体格が違いすぎる。
顔が見えなくても、それは確かだ。
(うーん、どうやらラブレスちゃん=ベラドンナ女王説は否定されたようですね……。今回は勘が外れたかぁ……)




