王都アークルークスの幼き少女
遡ること数時間。
街道を馬車で乗り継ぎ、数日間かけて王都アークルークスに到着した。
王都の外側にある防衛門で身分証を求められたが、冒険者ギルドで作ったカードですんなりと通ることができた。
どうやら普通の紙と違って、魔法で認証できるので信用度が高いらしい。
石と鉄の堅牢な門を抜けると、そこには見た事もないような発展した都が見えた。
「ここが王都か……」
丈夫そうな魔法付与建材で作られた高い建物が並ぶ。
王都に少しでも多く住民を住まわせるためだろうか。
綺麗にカットされた石畳が敷き詰められ、踏むとコツコツと心地良い音が響く。
糞尿やゴミは落ちていないし、毎日磨かれているようなピカピカさだ。
たぶんそれも魔法で自動的に行われているのだろう。
多種多様な商店も繁盛していて、人通りも多い。
「すごい賑わってるな……」
「ひとりでに動く箒とかもあって進んでるわよね~」
「他の町で見かけるようなボロボロの建物とかがありませんね」
そして極めつけは巨大な二つの建物だ。
フォティアはその片方である城を指差した。
「アレは悪役女王ベラドンナがいる王城。この国の要でもあるから、物凄く警備が厳しくて、強力な防御魔法も張られているとか」
「そうか、魔法使いが普通の国なら、寝ているところに城外から大きな魔法をドーンと打ち込めば悪役女王でもひとたまりもないか」
そんな素直な感想を口にしてしまったら、どうやら物騒な話と勘違いされたらしく通行人に話しかけられてしまった。
「おいおい……。観光の方かい? あんまりこの王都で『悪役女王』とか言わない方がいいぜ……宮廷魔法使いの奴らにでも聞かれたら大変なことになる」
「そ、そうなのか。ご忠告感謝する。そもそも、なぜ悪役女王と呼ばれているのかも知らなくて……」
「オレも噂でしか知らないが、ベラドンナは過去に〝悪〟として前王に処刑されて、転生魔法で生き返ったって話だ。そこから血に塗れて王位を簒奪して、自らが女王になったらしい。付けられた蔑称が『悪役女王』ってわけさ」
「なるほど、でも噂だけで悪く言っていいものか……」
「ハハハ! そりゃあ、あの建物で行われることを見ればわかるさ! おっと、オレはもう行かなきゃ。王都を楽しんでくれよな!」
饒舌な通行人は立ち去り、人混みに紛れて消えてしまった。
その彼が最後に指差したのが、王城と双璧を成すように存在している巨大な建物だ。
楕円形をしているように見える。
「フォティア、あの建物は何なんだ?」
「うーん。昔、私が来たときは建築中だったからわからないかな。普通の建物じゃなさそうだし、話から推測して女王ベラドンナが行うも推し物の会場……?」
「世界中から美味しい食べ物を集めるお祭りとかだったらいいですね!」
コダマは、そうはしゃいでいるが、あの通行人の話からしてロクでもない催し物な気がする。
「さて、どうするか……」
今回の目的はコダマに王都を見せてやりたいという観光目的だ。
それ以外は特に何も決めていない。
泊まる場所さえ仮想の箱庭で何とかなってしまうので、まずはぶらついてみるだけでもいいのかもしれない。
そう考えていると、その場をうろうろしている小さな子供が目に入った。
「ん、あの子はたしか……」
「馬車で一緒だった女の子ね」
年の頃は10歳くらい、コダマより小さいくらいだろうか。
緑色の眼をしていて、深紫のボサボサ髪をツインテールに結っている。
マサムネから見てもみすぼらしい格好をしていて、何やらワケありに見えていた記憶がある。
馬車でここまで一人で来たということは、待ち合わせの人物が来ないなどのトラブルがあったのだろうか?
不安げな顔をしていたので、声をかけてみることにした。
「キミ、馬車に乗ってた子だよね? どうかしたの?」
「あ……いえ、何でもないのです……」
「そうか! 何でもないのか! 困っているようだったから気になってしまって」
「あ、あの……」
「それじゃ!」
本人が何でもないというのなら、触れられたくない事柄でもあるのかもしれない。
マサムネたちは気を遣ってその場を離れようとしたのだが――
「えーんえんえん……」
女の子が泣き出してしまったので、コダマとフォティアの視線を受けて引き返す事にした。
大通りにある喫茶店の中、テーブルを挟んで座っているのはマサムネ、フォティア、女の子と、それを泣き止ませることに成功したコダマだ。
ちなみに泣かせてしまったお詫びとしてマサムネの奢りとなった。
「えーっと、つまり王都の〝仕事〟をもらったけど、まだその時間まで結構あって、佇んでいたら人混みが多くて不安になってしまっていた……と?」
「はい……ウチ、ずっと小さい村にいたので……」
「出稼ぎか……大変だなぁ。冒険者ギルドの仕事か?」
「いえ……ウチは魔力がそんなに高くないので……。自分の身体で出来るお仕事を……」
コダマは察してしまった。
(ま、まさか……こんなわたくしより小さい女の子が……口では言えないようなヒミツのお仕事を……!? きっとボルドーダのような下賤なエセ貴族が……幼い身体を目当てに……)
そう考えて震えながら、女の子の方へ同情の視線を向けていた。
一方、フォティアは純粋な瞳で手をポンと叩いて納得した。
「あー、自分の身体でお仕事……肉体労働ね! 私も村で沢山お手伝いしましたし!」
マサムネもそれでスッと納得した。
「たしかにこれだけ建物があれば、補修作業だけでも仕事がいっぱいありそうだな。大変なお仕事だが、街には絶対に必要で重要なお仕事だ。頑張れよ」
女の子は今までに見せた事の無いような大口を開けてポカンとしてしまったあと、苦笑いをしてきた。
「あ、あはは……そうではない……んですよ」
「兄君、義姉君! そこは深く聞かないであげてください!! きっと、この子……えーっと名前はなんでしたっけ……」
「ラブレスです」
「そう、ラブレスちゃんも事情があるんです!! よね!?」
「あっ、はい。病気の母親のために……必要なことで……。本当は仕事とも呼べないもので……」
「そうか、それは大変だな……」
幼い少女――ラブレスが、自分の母親のために治療費を出稼ぎする。
泣けてきてしまう。
「な、泣いているんですか? 出会ったばかりのウチのために……?」
「すまない、コダマよりも小さい子がそうなっているのだと考えると……」
「もう、兄君はこういうのに弱いんですから」
「そうだ、予定の時間まで一緒に王都を見て回らないか? 俺たちがお母さんの代わりにはなれないが、少しでも気を紛らわせることができるのなら」
「え? いいんですか?」
ラブレスの表情がパァッと明るくなった。
「ああ、もちろん。コダマも年齢の近い話し相手がいると嬉しいだろうし」
「大歓迎です!」
それからコダマがラブレスの手を引っ張り、その後ろをマサムネとフォティアが付いていく形となった。
それを見たコダマが『子供を見守る夫婦みたいですね』とか言ってきて少し焦ってしまった。
横にいるフォティアはさらに揺さぶられたようで、かなりあたふたしていた。
そんなやり取りをしながら、王都アークルークスの名所を回っていった。
屈強な兵士が見学者たちに手を振る王城の魔法門、巡礼者たちが神と御使いの四龍に祈りを捧げる大聖堂、女王ベラドンナを模った黄金の巨大像。
この王都の者にとっては普通の物かも知れないが、ウッドロウ兄妹にとってはどれも初めて見る規模の物だ。
どれも目新しく、ワクワクさせてくれる。
一方――ラブレスはあまり楽しそうにしていなかった。
気軽なマサムネたちと違って、将来への不安などがあるのだろう。
彼女に声をかけてみることにした。
「ラブレス、楽しくないか?」
「わ、わーい……楽しいなー!」
「無理をするな……。いや、すまなかった。そうだな、ラブレスの不安を考えれば、素直に楽しめる状況ではなかったな……。年上の俺たちなんかより、ずっと重い物を背負っているんだもんな……」
「え、えーっと……実はその……あの……」
口ごもるラブレス。
どうやら気を遣わせ、困らせてしまったらしい。
何と声をかけようかと思っていると、知っている声が遠くから聞こえてきた。
それはエグオンのものだった。
マサムネは巨大像の後ろに隠れ、コダマとフォティアも気が付いたのかそうしていた。
こちらに気づいていないであろうエグオンは車椅子で、それを押している部下らしき男と話していた。
「うぅぅ……怖い、恐ろしい……ムメイを名乗る男……」
「エグオン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないだろう!! フォティアちゃんも取り逃がし、ベラドンナ様へ申し訳が立たない!! これで任せて頂いたベラドンナゲームの管理者として成功しなければ、もう後はない……ライフワークであるエルフ狩りも許可が下りなくなってしまう……」
「お、落ち着いてください……エグオン様……。ほら、周りの人たちが見ていますし……」
「ひひひ……ひひひひひ……。ボクはエグオン……。優秀な宮廷魔法使いで、ベラドンナ様や、宮廷魔法使いの長からも信頼される特別な存在……。そんなボクが失態を晒すはずがない……ないんだ……」
明らかに不審者のような見られ方をしながら、エグオンはどこかへ行ってしまった。
たぶんこちらより早く王都に到着していたということは、普通の馬車よりも超特急で戻ってきたのだろう。
あのケガでそれは少し同情してしまうところもある。
「エグオンの奴も来ていたのか……。それにしてもベラドンナゲームってなんだ? 管理者を任されたとか言っていたが」
「マサムネ様、そのことでお話があるんです……」
俯いて震えた声で、幼い少女が言ってきた。
「一緒に死んでくれませんか……?」
「え?」
「悪役女王ベラドンナが主催するデスゲーム……通称〝ベラドンナゲーム〟。一緒に出てくださいませ……!」
突然すぎて、何が何だかわからない。
しかし、ラブレスはふざけて言っているようでもないので、きちんと説明を求めることにした。
「どういうことだ? デスゲーム?」
「優勝すれば、主催者のベラドンナ様がどんな願いでも叶えてくれるという〝ベラドンナゲーム〟……。その内容は死亡者も出るデスゲームで、ウチは母親の病気を治療してもらうために出場を志願したのです……」
「なるほど。だが、病気の治療ならできるアテがあるかもしれない」
赤鳥は傷を治せるのだし、もしかしたら病気だっていけるかもしれない。
試してはいないが、さすがにデスゲームに参加するよりはいいだろう。
先に試しておくべきだ。
「じ、実はベラドンナ様由来の呪いの病気で、ベラドンナ様本人に治していただくしかなく!!」
「くっ、なんて奴だベラドンナ……悪役女王の名に違わぬ極悪非道な人間だな……!! こんな小さな娘がいる母に対して……!! きっと邪悪としか言いようのない魔女のような恐ろしい顔をしているに違いない!!」
「え、えっと……そこまで言わなくても……。誰かに聞かれていたら大変ですし……」
「おっと、すまない。気を付けなければ」
つい憤りが口に出てしまった。
意外と冷静なところがあるラブレスに助けられてしまったようだ。
「それにしても俺が一緒にベラドンナゲームに参加か……」
「はい、どうしても母親を助けたくて……。こんなことを頼めるのはマサムネ様しかいません……。とても信頼できる方だと感じたので……」
「よし、わかっ――」
「ちょっと兄君、こちらへ」
良いところでコダマに引っ張られ、ラブレスからは見えない物陰にまで来てしまった。
「どうしたんだ、コダマ。早くラブレスを安心させてやらないと……」
「いえ、お待ちください。何かラブレスちゃんに対して、わたくしと同じニオイを感じてしまって……」
「ニオイ?」
「口では説明できないのですが……。とても純粋な子というのはわかるのですが、それでも嘘を吐いているような……わたくしの勘が告げております……。わたくしたちがTPブックや、仮想の箱庭を隠すように、何かラブレスちゃんにも……」
「うーむ、コダマは俺があの子を助けることに反対か?」
「兄君は言い出したら聞かないので、それは無駄だと知っています。困っている小さな女の子を放っておけないのはわたくしも一緒ですし」
どうやらコダマは呆れながらも同意してくれているようだ。
「せめて正体を隠した姿で参加しましょう。わたくしと義姉君も、兄君に付けてある出入り口からいつでもサポートできるように準備しておきます。義姉君もそれでよろしいでしょうか?」
「うん、オッケーだよ。管理者やってるエグオンのメンツを潰せばエルフ狩りも減りそうだし」
「兄君はどうです?」
「もちろん全肯定。できる妹を持って俺は幸せものだ」
「兄君の妹ですからね!」
こうして――
「お待たせ、ラブレス。俺たちは一緒に参加できないけど、助っ人を呼んでおくよ」
マサムネは悪役女王主催のデスゲーム――ベラドンナゲームに参加することになったのであった。




