不死鳥、顕現
マサムネは村に到着して、一瞬にして大体の状況を理解した。
力を使うために空間魔法で正体を隠す。
そして村人を捕らえていた炎の巨人ウィッカーマンを無銘刀で斬り裂き、助け出すことに成功したのだ。
「な、なんなんだ貴様はぁー!? ボクの高度な召喚魔法で呼び出したウィッカーマンを斬り裂いただと!? しかも格好付けやがって……フォティアちゃんのナイト気取りか!!」
「怪我は無いか、フォティア」
「馴れ馴れしくフォティアちゃんを呼びやがってー!!」
エグオンはよくわからない理由で怒り狂いながら、ワラ人形型のアーティファクトをかざした。
無詠唱で魔法の火球が複数飛んできた。
言動や性格はふざけているが、それだけで今までの敵より格上の存在だとわかる。
(どうする――)
マサムネは内心舌打ちした。
一人なら火球を大きくステップして回避することも可能だろう。
しかし、今は周囲に助け出したばかりの村人もいるのだ。
回避したら巻き込む可能性が高い。
残る選択肢はマジックカウンターだが、このワザは強力な反面、一度見せてしまったら対処される可能性も高いのだ。
相手がもっと大技を出してきたときにマジックカウンターで跳ね返して、一撃必殺を狙う方が勝率は高い。
(でも、村人を危険に晒すわけにはいかない)
迷いは命取りになるので、これを一瞬で判断した。
【消費TP10 マジックカウンター】
目の前に透明な壁が現れ、いくつかの火球を跳ね返した。
「なにぃ!?」
エグオンに反射される火球。
「こ、これは注意しなければなりませんね……」
火球は角度的に一発しか命中せず、それも自己の魔力防御によって防いでいたようだ。
もうこれでマジックカウンターによる意表は突けないだろう。
これは覚悟を決めるしかないようだ。
〝向こう側〟にいる妹にしか聞こえないように呟いた。
「コダマ、村人たちを【仮想の箱庭】に収納してやってくれ」
〈いいんですか? わたくしたちの正体がバレてしまいますよ?〉
「構わない、今を切り抜けることが先決だ」
〈わかりました。では――〉
村人たちは何も理解しないまま、コダマの空間魔法によって消えていく。
「なっ!? 空間魔法だと!? 貴様ら……いったい何者なんですか……」
「お前のような外道に名乗るのなら――この刀と同じように〝無銘〟で充分だ」
「ムメイだと……ふざけやがって!!」
エグオンは再び火球を連射してくる。
今度は一発一発の威力を落として、広範囲に数多くバラ撒くようにしているようだ。
「避けられないか……!」
これでは回避ができないのでマジックカウンターを使うしかない。
「そう来ると思いましたよォ!」
エグオンは下卑た表情で舌を出しながら、反射された火球を魔力防御で相殺していた。
以前と違って完全に無傷のようだ。
「当たれば最小限ダメージを与えられる程度の小さな火球を広範囲にバラ撒けばですねぇ~。跳ね返されても痛くも痒くもねぇんですよ……。逆にボクくらい魔力がなければ、当たればそれなりにヤバいですよぉ? さぁ、ミスらず跳ね返し続けられるかな!?」
姑息だが、とても理にかなっている戦法だ。
明らかに戦い慣れている。
一方、こちらは相手には知られていないが、マジックカウンターを二回使ってしまったので、もうTPが80になっている。
このまま防御に徹すれば、TPが0になって火球を食らい敗北だ。
刀の間合いに入らなければ勝てない。
エグオンに向かって走るのだが――
「ですよねぇ~? 持っているのが刀ならそうくると思ってましたよ! ウィッカーマン!!」
再びあの炎の巨人が出現した。
何度も喚び出せるので、こちらのヴィジョンズのようなものなのだろう。
前回と同じように無銘刀で一刀両断しようとしたのだが――
「チッ」
今度は無銘刀が弾かれてしまった。
手応えからして岩を取り込み、かなり硬くなっている。
白狼も出てきて一緒に戦ってくれているが防戦一方だ。
「ヒヒヒヒ!! さっきは村人を焼くために調整してたからねぇ、今回はボクの前衛として戦ってもらうために頑丈にしてみたのさ!」
試しに何度か刀を振るってみても、その結果は同じだった。
左手の火傷のせいで刀の握りが甘く、いつもの力が出せないのだ。
フォティアだけがそれに気が付いていた。
「もういい、あなたは逃げて!!」
「俺は逃げない」
「どうして……」
「女の子一人置いて逃げるような格好悪い姿を、妹に見せられないからな……!」
フォティアは自分のせいで逃げられないのだと知ってしまった。
自分のためにまた誰かが死ぬ。
それに対して自分は何もできない。
フォティアは情けない気持ちでいっぱいになってしまう。
「そんな表情のフォティアちゃんも可愛いねぇ~! もっと、もっと可愛い顔を見せてくれよぉ~! ボクはキミの大ファンなんだからさぁ~!」
エグオンはいつにも無く下卑た表情で舌をペロペロと出し入れしていて、とても気持ちが悪い。
同じ男なのにマサムネとは大違いだ。
格が違う、とんでもなく滑稽に見える。
フォティアは、そう気が付いてしまった。
「……何でこんな奴を恐れていたんだろう。ただの弱い者イジメが好きな自称正義のクズ野郎じゃん……」
「え? フォティアちゃん、今なんて……。清楚で可憐なフォティアちゃんのお口はそんなことを言わないよね……?」
「あなたにも、そして私にも腹が立ってきた……! なんで忘れていたんだろう。恐怖で覆い隠されていたけど、本当に私が抱いていたのはどんな火よりも熱い〝怒りの炎〟よ……!!」
その蒼い瞳に大きな炎を映していた。
もはや恐怖が入り込む隙間は無い。
フォティアは何者にも阻害されず、弓に手をかけて、引き絞り、矢を放った。
命中。
「ぐげぇぇえええ!! ボクの肩が、肩がぁああああ!! いでぇよぉおおお!!」
「殺されたみんなの痛みに比べればどうってことないでしょ」
「ぢぐじょう! ボクのフォティアちゃんはそんなこと言わない!! もっと可愛いことしか言わないんだ!!」
「そんな一方的な基準は知らない! もう一発食らいなさい!」
「うおおお!? 火球よ!!」
エグオンは間一髪、フォティアの矢を焼き尽くした。
矢傷による痛みと脂汗で顔中を歪ませながら、気持ち悪く笑って勝利宣言をした。
「フォティアちゃんは絶対にボクには勝てないし、頼みの綱のあの男もウィッカーマンを倒せない! もうボクに蹂躙されるしかないんだよぉー!! ヒヒヒヒヒ!!」
エグオンは、ついにフォティアに向かって火球を放った。
「もう我慢できないぃぃいい!! メインディッシュのフォティアちゃんの丸焼きぃぃぃいいいい!!」
「フォティア!!」
マサムネが助けようとするも絶対に届かない距離だ。
何もかもが終わると思った。
「私はあなたに焼かれようとも、心の熱だけは絶対に負けない……! 彼に本当の強さを教えてもらったから……!!」
――そのとき、TPブックが出現して輝き出す。
【フォティア・ハイシュタム・アールヴヘイムとの新たな絆が結ばれました。消費TP30でヴィジョンズである赤鳥を召喚可能です】
マサムネは瞬時に使い方を理解して、呼び出すことにした。
「フォティアとの絆の力使わせてもらうぞ――顕現せよ、【ヴィジョンズ:赤鳥】!!」
その名の通りに巨大な赤い鳥。
フォティアの前に現れ、エグオンの火球を防いでくれていた。
バサッと大きな翼を広げ、鳥特有の甲高い鳴き声を上げる。
炎に包まれても平然としている姿はまるで伝説の不死鳥だ。
「ひ、火が効かない鳥ぃー!? なんだそれは!? 見たことの無い召喚魔法だと!? ビジョンズとはいったい何なんですかぁ!?」
エグオンは宮廷魔法使いでも知らない赤鳥に慌てふためいたが、フォティアの前なので何とか虚勢を張った
「だ、だけど……それがどうした!! それだけでボクが負けるわけ――」
「あなたは負けるわ」
「あんな火を防ぐだけの鳥と、フォティアちゃんの弓じゃボクは――」
「いいえ、あの人の刀に負ける」
赤鳥は飛び立ち、マサムネの方へ向かった。
周囲のモノとは違う優しい炎で左手の火傷を焼くと、不思議なことに傷が一瞬にして治ってしまったのだ。
「かたじけない。……では!」
「ひっ!?」
エグオンは恐怖した。
わけのわからない正体不明の男が村に現れて、わけのわからない特殊な召喚魔法〝ビジョンズ〟まで使ってきたのだ。
これから何をするのか。
震えが止まらない。
「真神流〝風来奪首〟」
スパンッ――とウィッカーマンの首が飛んだ。
マサムネは流れるような動きで刀の構えを変移させながら、風のように走る。
その目標はエグオンだ。
「く、来るなぁぁああああ!!」
エグオンは本能でわかっていた。
何らかの理由で本気を出したこの相手は、刀の射程に入った瞬間殺してくるだろうと。
必死の表情で火球を闇雲に放つしかない。
それは意外にも効果的だった。
なぜなら、マサムネのTPは先ほどの赤鳥召喚で0になっていたからだ。
マジックカウンターが使えなければ、このまま火球を食らうことになってしまう。
それを知ってか知らずか、フォティアが大声で叫んできた。
「あなたが勝ったら何でもしてあげるーっ!!」
「な、なんでも!?」
なぜかTPが10増えた。
急いでマジックカウンターを発動して、火球を反射して難を逃れた。
「だから……だからエグオンに勝って!!」
「承知した」
マサムネは風のように走り、エグオンを刀の間合いに捕らえた。
「ひぃぃぃ!? さっきので斬るつもりかぁー!?」
「残念ながら、さっきの風来奪首は始点となる剣技だ」
「つ、つまりぃぃぃ!?」
「真神流――〝降らし露時雨〟!」
そこからはスローモーションのようであり、時間にして一瞬だった。
目にも止まらぬ早さでエグオンの右手に、骨を砕く峰打ちが入った。
「う!」
悲鳴すら遅く感じてしまう。
続いて右脚が折られる。
「ぎ!」
さらに左脚が粉砕された。
「ゃ!」
最後に左腕の骨を粉々にしたら、四肢が使えなくなる。
これが高速四連撃の降らし露時雨だ。
常人ではこの激痛に耐えられずに発狂してしまう。
「ああああああああああああァッ!?」
エグオンは痛みで絶叫しながら倒れ、情けなく泡を吹きながら地面に向かって舌をダランと伸ばしていた。




