焼き尽くす炎
私――フォティアは少し後悔していた。
本当はマサムネと一緒に行きたかった。
あの兄妹と一緒なら、すごく楽しいだろうと思えたのだ。
でも……。
「エルフである私が、二人について行ったら迷惑だよね……」
「はっはぁ……! そうだよぉ……フォティアちゃん!」
声が……聞こえた。
悪夢にまで見る、あの男の声が。
幻聴だったらよかったが、そこにいたのだ。
「エグオン!?」
「そうだよぉ、キィ~ミが仇だと思っている火魔術師のエグオンだ。嬉しい、ボクは嬉しいよ。こんなにもキミに想っていてもらえるなんて……感激だ……。興奮して篝火のように心が熱くなってしまうよ? キミもかい?」
「ふざけたことを……!!」
今すぐぶち殺したい。
背負っている弓に手をかけようとしたのだが――
「アレアレアレェ? どうしたのかな?」
「あ、ああ……」
火……火が瞳に映ってしまったのだ。
村の端が燃えていた。
恐怖で手が震えて弓が掴めない。
エルフが生きながらに燃やされる姿がフラッシュバックしてしまう。
長老のハギキはみんなを庇って真っ先に顔面を焼かれた。
肉の焼ける音とニオイ。
隣人の兄妹、ミロカとイズカは手を取り合いながら焼かれた。
急激な熱で筋肉がステーキのように縮み骨が折れる。
育ての親のイーリィとエムムは私を逃がすために立ち向かって、囮になるために最後まで生きながらに焼かれた。
みんなみんな覚えている、名前も顔も。
命を焼いた火の熱さも、赤さも、揺らめきも。
全部全部、今もそこにいるかのようにリアルに思い出してしまうのだ。
そして今現在も――上手く呼吸が出来ない、急いで前方の火から目を背けて横を向いた。
「あ……そんな……」
村の外側――横の方も燃えていたのだ。
慌てて背後を見ると、そちらも燃えている。
「お気づきになりましたか? そう、今度はフォティアに逃げられないように、周囲を炎の壁で先に燃やしておいたよーん!」
そのときに気づいてしまった。
この倫理観が壊れた男は、村人たちに何をするかということを。
「エグオン!! 村人たちは無事なの!?」
「ああ、うん。気高い宮廷魔法使いのボクには守るべきルールがある。殺すのはエルフと、それを助ける馬鹿だけだよ」
「そう……それなら良かった……」
「ああー! 良い、良いねぇ! 自分より他者を心配する、とても清らかな精神性だ!! 美しい容姿だけでなく、美しい心まで兼ね備えている……。ボクの心を満たすために、天は二物を与えてくれたようだ……」
「き、気持ち悪い……!」
「フォティアは好物を食べるとき、最後まで取っておくタイプ? それとも先に食べちゃうタイプ?」
「い、いったい何を……」
「とっても好みのフォティアを焼きたいけど、そうしたら炭になって焼けなくなるじゃないか。はぁ~あ……。これって人類の難題じゃないかい?」
この男は異常だ。
でも、エルフに関わらなければ焼かないと言っている。
こんなところで死にたくはないが、それでもお世話になった村人たちを巻き込まないのなら本望だ。
「んっん~。どのタイミングでフォティアを焼くか迷うなぁ。今焼き? 後焼き?」
エグオンは本当に楽しそうに呟いている。
そのとき、村人の一人がこっそりとエグオンの背後から近付いているのに気が付いた。
止めて巻き込まれる――と言おうとしたのだが遅かった。
「うりゃあ!! フォティアちゃんに手を出すな!!」
手に持っていた農業用のクワがエグオンに直撃した――はずだったのだが、クワは燃え尽きていた。
「おやおやぁ? どうやらエルフを助ける馬鹿がいたようだ。処刑けってーい!」
「止めなさい!! 殺すなら私だけにしなさいよ!!」
エグオンは子供っぽい口調だが、たしかに殺意が混じっていた。
「そんなことを言ってもねぇ……。ほら、あなたは皆さんから慕われているようですよ?」
「あ、ああ……そんな……」
村人たちが武器を持って次々と集まってきたのだ。
手にフライパンや、角材を持っている者さえいる。
「フォティアちゃんはこの村の家族だ」
「それを殺そうとする奴は誰であろうと許すわけねぇだろ……」
嫌だ、もう誰かが焼き殺されるのは見たくない。
巻き込みたくない。
「ダメ!! 私のためなんかに――」
「フォティアちゃんは黙っとれ」
「でも!」
「それに最初からみんなで決めてたんだよ」
「え……?」
「エルフを村に住まわせるのはどうなんだと相談して、ちょっとだけ様子を見てから追い出そうってな」
「ああ、でもフォティアちゃんはメチャクチャ良い子でさ。追い出せないどころか、むしろどんなことをしてでも守ってあげようってなってさ……」
「みんな……」
「だから死んでも守ってやろうってことだよ!!」
村人みんなが一斉に飛びかかった。
圧倒的な人数差だ。
でも……宮廷魔法使いには勝てない。
この世界は魔法がすべてなのだ。
「無駄、ですねぇ」
ボッと炎が燃え上がった。
それは高く、巨大で、人の形を成していく。
私はそれを見たことがある。
「魔法ジャンルの中でも飛びきり高度とされる〝召喚魔法〟を見せて差し上げましょう」
「ま、まさかアレは……」
「火で編まれた巨人よ、その体内で贄を抱いて燃え上がれ――〝ウィッカーマン〟!!」
炎の巨人が出現した。
体内には村人たちが閉じ込められている。
「ぎゃああああ!!」
「熱い……熱い……!!」
「いやあああああ」
村に炎の音と絶叫が木霊する。
「おっと、安心してください。以前は火力調整をミスってすぐ殺してしまいましたが、今回はじっくりと弱火で楽しませていただきます。最高の観覧席でご一緒しましょう、我が愛しの姫君ィ」
「ひどい……ひどすぎる……」
「それなら自らの弓でボクを射貫いてみればいいのでは? できますかぁ? できないでしょうねぇ、身体が震えてますもんねぇぇぇ! 可愛いボクのフォティアちゃん!」
「う、うぅ……」
エグオンの言うとおりだ。
家族とまで言ってくれた人たちを、恐怖で震えて助けることもできないのだ。
このまま彼らがもがき、焼け死んでいくところを見ているしかない。
無力さに打ちひしがれ、涙がとめどなく溢れ出てくる。
私は〝あの人〟のようにはなれない。
でも、〝あの人〟を巻き込まないでいたことだけは良かったのかもしれない。
「まぁ、弓矢を放たれても空中で燃やし尽くしちゃいますがねぇ。無駄なんですよ、無駄。誰であろうとボクの火魔法止められる者はいない……ヒャハ……ヒャハハハハ!!」
「ほう? ここにいるが?」
「ヒャハハハハ……は?」
そこに〝あの人〟がいた。
エグオンが振り返ると、ウィッカーマンが斬り裂かれていて、村人たちが解放されていたのだ。
(マサムネ!?)
そこに希望を見せてくれたマサムネが立っていた。
怒りの表情で立っていたのだ。




