出会いと別れ
早朝の空気は気持ちが良い。
清浄なる朝霧を肺いっぱいに吸い込み、無銘刀を振り抜く。
正眼の構えで何度も何度も。
日々繰り返している動作というのもあって、非常に落ち着く。
雑念を振り払うにはこれが一番だ。
「剣を振るときは迷いがあってはいけない……!」
これまでに、そんな経験はなかった。
雨が降るときも、雪が降るときも、雷が鳴り響くときでさえ――こんな雑念はなかった。
何か昨日は悶々とした気持ちになってしまったのだ。
それを剣を振って発散している最中だ。
「去れ……雑念よ……去れ!」
「雑念?」
「うおっ!?」
フォティアから急に話しかけられて驚いてしまった。
「あ、ごめん。さっきから声をかけてたんだけど……。早朝から家の外で何をやってるのかなって……」
「そ、そうだったのか。気が付かなかった……普段はこうじゃないんだが……」
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
フォティアが、こちらの額に手を当ててきた。
思わず身体が強張ってしまう。
何やらTPも急上昇している。
「だ、大丈夫だ!」
「そう、それならいいけど……。終わったら朝ご飯を村のお店まで買いに行こ? コダマちゃん、お腹空いたって」
「そうだな、切り上げて行くか」
「この村にはずっとお世話になってるの」
フォティアの家は、小さな村の一角にあった。
村には店が二軒、他は民家と牧歌的な農家や牧場があるくらいだ。
道を歩いていると、全員が顔見知りなのか次々と声をかけられる。
「フォティアちゃん、おはよう」
「フォティア、いつもありがとうね」
「昨日はバナーレの町まで薬を買いに行ってくれて助かったよ……。他の足が遅い者だったら間に合わなかったかもしれない……」
そんな人々に対して、フォティアはエルフ的に偉そうにするでもなく、ニッコリと微笑んでいた。
コダマまで笑顔になってしまっていた。
「善い人たちですね」
「そうだね、エルフである私にも親切にしてくれる」
昨日は少し心配してしまったが、どうやら過去の焼け焦げたような怨恨も、少しずつこの村で癒やされているようだ。
村の酒場に到着すると、そこで簡単なサンドイッチを作ってもらった。
村で採れたらしい新鮮な野菜と、ハムを挟み込んだものだ。
コダマがワクワクした表情でかぶりつく。
「わぁ、美味しい!」
「うん、どこか懐かしい味がするな」
「よろこんでもらえたようで何より。いっぱい作ってもらうから、残りはお弁当にして食べて」
「あ、まだ代金を払ってな――」
「この前のお礼」
どうやらフォティアが先に金を払ってくれていたようだ。
ここで遠慮しすぎてしまうのも、村での彼女の顔を潰してしまうだろう。
素直に受け取っておこう。
「かたじけない」
「ふふ、なんか独特な言い回しね。二人は東の国の人?」
「あー、それは……」
以前、父からあまり過去のことは話さない方がいいと言われていたので口ごもってしまう。
「あ、マスタードがある! わたくし、初めてです!」
「うちのは少し辛いから気を付けてね」
「大丈夫、大丈夫。旅をしてわたくしは大人になって――ほあああああっ!?」
どうやら程よいアクシデントで話は遮られたようだ。
「か、辛いけど、粒々の触感、何か独特な鼻に抜けるツンとした風味と酸味……これはクセになりそうです……」
「あはは、お嬢ちゃん。気に入ったかい?」
酒場の女主人が嬉しそうに話しかけてきた。
「はい! 何にでもかけたいくらいです!」
「さすがにそれはアレだけど……。よし、レシピをやるから、旅先でも作って食べな!」
「え!? 良いんですか!? レシピって大切なんじゃ……」
「誰かによろこんでもらえるってのは、嬉しいもんさね。いつかみんな死んじまっても、レシピだけは残り続けてくれるからねぇ」
レシピを受け取ったコダマは小躍りしていた。
「門外不出の家宝にします!」
「どんだけ大事にするのさ」
それを見て涙ぐんでしまう。
「マサムネ、どうしたの……?」
「あの病弱だったコダマが、旅に出て色んな人に親切にしてもらって、こんな笑顔を見せて……。俺は嬉しくて……本当に嬉しくて……」
「もう、兄君……大げさです!」
「フォティアの家に泊まって、この村にきて本当によかった……」
涙ぐみながら言ったのだが、それに聞き耳を立てていた村人たちが湧き上がった。
「フォティアちゃんの家に泊まっただって!?」
「ついにフォティアちゃんにも春が来たかぁ……」
「うおー! 娘はやらんぞ! 実の娘ではないが、娘のようなものだ!!」
「おめでとう、フォティアちゃん」
「えっ、ちがっ、私とマサムネはそんなのじゃ――」
「義姉君、照れなくても良いですよ。遠からず式を挙げることになるのですから!」
「もうそこまで!?」
「おいおい……俺はなにも……」
「無責任プレイ!?」
この誤解を解くのに三十分ほどかかるのであった。
「いや~、誤解をして悪かったねぇ」
「またこの村に来てくれよな!」
「はい、お世話になりました」
サンドイッチを包んでもらい、村を出ようとしたら盛大な出迎えとなってしまった。
たぶん小さな村では大事件なのだろう、こういう色恋沙汰――ではなく誤解だったが。
「一緒に来ませんか? 義姉君」
「こらこら、コダマ。無理を言ってフォティアを困らせるな」
さすがにフォティアが一緒に旅をするとは思えない。
昨日会ったばかりだし、コダマだけならともかくマサムネは男性だ。
たぶん来たくない理由はいくらでもあって、逆に来たい理由がないだろう。
「それじゃあな、フォティア。元気にやれよ」
「あ……うん……」
あまり目を合わせてくれないフォティアを背に、マサムネはコダマと一緒に歩き出した。
***
それから数時間歩き、街道近くの川辺で休憩することにした。
「やったー! 早く早く!」
コダマのお目当ては、もちろん村で包んでもらったサンドイッチだ。
本当は空間魔法で収納できるのだが、目撃されたら危険なので鞄に入れている。
鞄から取り出して、二人でサンドイッチを頬ばる。
「うん、やっぱり美味しい!」
「そうだな。何か工夫がしてあるのか、時間が経っても美味しいままだ」
「兄君も追加のマスタードを使いますか?」
「ははは、よっぽど気に入ったようだな」
そうしていると、知らない男が話しかけてきた。
「おい、あんた。ここらへんでエルフの女を見なかったか?」
あの火魔法使いの男ではないので、知らないフリをするのが良さそうだ。
「いや? どうしてだ?」
「数時間前、宮廷魔法使い様が同じようなことを聞いてきたんだよ。見つけたら金貨をくれるって言っててさぁ……。エルフの女を見つけるだけでチョロい小遣い稼ぎだぜ」
嫌な予感がした。
「あ、兄君……」
コダマはサンドイッチを地面に落としながら、空を指差していた。
「村の方に煙が上がって……」
「クソッ、遠すぎる!! 急いで戻るぞ!!」




