女性の家にお泊まりするというのは間違っているのだろうか
「間違っている……絶対に間違っている……今からでも外で野宿したい……」
マサムネとコダマの二人は、近くにあったフォティアの家に案内されていた。
まずは戦いの泥と汗を落とすと言うことで、風呂に入ることになったのだ。
それだけならいいのだが、フォティアがなるべく長い時間二人と話したいと言ってきて、風呂場の壁一枚隔てたところにマサムネがいる。
コダマはフォティアと一緒に風呂側だ。
「兄君~、そこにいますか~?」
「い、いるが……逃げたい……」
「ふふ、面白い兄妹」
フォティアに何か言い返してやりたいが、緊張して身体が動かないような状態だ。
脱いである女物の服も置いてあるのだが、絶対にそれは見ないように顔を逸らしている。
所詮、ただの布のはずなのに……おかしい……。
ずっと一緒だったコダマはともかく、フォティアは女性として恥じらいはないのだろうか?
エルフというものは、そういうものなのだろうか?
「あ、マサムネ。いつも一人だったクセで服を脱ぎ散らかしちゃってるから、そっちは見ないでね……恥ずかしいから……」
「お、おう……」
「な、なんか今になって色々と恥ずかしくなってきたというか……。もしかして、コダマちゃんに誘導されてる?」
「気のせいですよ、ニッコニコ。あ、お背中流します!」
「ありがとう、コダマちゃん」
「まさかあの状態で着痩せしているとは……ご立派な義姉君……」
「な、何を言っているのよ、もう!」
たぶんコダマはワザとこちらに聞かせているのだろう。
頭が痛くなってきた。
強引にでも話題を逸らさなければこちらが持たない。
「そういえば、フォティアはどうして狙われていたんだ? いくらエルフでも、町の中で殺されそうになったりはしないだろう」
「兄君、空気を読んで!!」
「す、すまない……」
いつになく妹の圧が強い。
フォティアはクスッと笑いながら、平然と答え始めた。
「気にしないで。それを話しておきたかったの」
「ちぇ~」
さすがにコダマもそれ以上は茶化さなかった。
フォティアはリラックスした口調で過去を語る。
「あれはまだ、私がエルフの森に住んでいた頃。人間たちに迫害はされていたけど、エルフの森にいれば安全だった」
そもそもエルフが迫害されているのは過去の歴史に原因があるのだが、それでも火魔法使いがしていたように殺害までしようとする者はいないだろう。
「ある日、あいつがやってくるまでは……」
「フォティアを襲っていた火魔法使いか?」
「ええ、名前はエグオン……エルフたちの仇……」
「仇……ということは……」
「あいつはエルフの森に火を付けたのよ……! 人間たちに何もしていない、気の優しいエルフたちが集まっていた森だったのに! エルフというだけで家を、木々を、すべてを焼いた!」
「……ひどいな」
「逃げることができたのは私だけ……。あいつは見せしめとして、アーティファクトで呼び出した火の巨人の中にエルフたちを閉じ込めて、蒸し焼きにしていたわ……」
「そんな……ただエルフというだけで虐殺なんて許されるはずがないです……」
「私はあいつを許さない。あいつの上にいる女王ベラドンナも、この魔法の国アクアランツも……!!」
憎しみと涙声が混じり合いながら呪詛を吐き出しているようだ。
聞いていて痛々しい。
「でも……あいつの火魔法を見たら怖くて身がすくんでしまって……動けなくなってしまっていたわ……。情けない……自分が本当に情けない……」
「そんな体験をしたら誰だって怖くなるさ。それを乗り越えるのは容易ではないからな」
「あなたもそういう経験があるの?」
「俺は……魔力がないからな。どんなに剣術を磨いても魔法には勝てないと思い込んでいた。でも、妹を――コダマを助けるために恐怖心を拭い去ることができた。つまり誰かのために――」
「誰かのために……」
「今は無理でも、自分だけではどうにもならなくても、いつか誰かのために乗り越えられるときが来るかもしれないさ」
「マサムネは強いね……」
「妹には格好悪いところを見せられないからな」
「それでいて優しいね」
「そ、それは別に……! こんなの普通だろ!!」
「ふふ、慌てちゃって。格好悪いところを見せられないんじゃなかったの?」
何も反論できなかった。
二人と入れ替わって、マサムネも風呂を頂いた。
エルフは綺麗好きなのか、結構しっかりとしたバスルームとなっている。
汗を流して身体を洗ったあと、湯船にしっかりと浸かった。
「ふぅ……極楽極楽」
適度な温度と水圧が気持ちいい。
そこでほのかに自分とは違う、花のような良い香りを感じてしまった。
それはフォティアの香りではないかと想像してしまい、恥ずかしくなってしまった。
「まだまだ修行が足りないか……」
それからは風呂からあがり、フォティアが用意してくれていた晩飯を食べた。
何かの植物を炒めたり、煮たり、サラダにしたもので何か見覚えがあったが、それを指摘する勇気は無かった。
味は良かった。
毒は無かった。
夜も更けたので、寝室のベッドでフォティアとコダマが一緒に寝て、マサムネはリビングで寝た。
本当は兄妹二人でベッドを使ってくれと言われたのだが、断固拒否した。
今日は人生の中で一番緊張した日だったかもしれない……と思いながら寝たのであった。




