エルフとの再会
樹上にいたのは、弓を背中に背負い、フードを目深に被った女性だった。
何か見覚えがある。
「あのときのエルフさんですか……?」
コダマが代わりに言ったが、今はまずい。
「あら? どこかであったっけ?」
「お、おいコダマ。何のために正体を隠しているんだ」
「あ、その声は……」
どうやら兄妹二人、嘘を吐くのが苦手なようだ。
姿を空間魔法でいじっていても、声はそのままだった。
「しまった……」
「しまったということは、町で助けてくれた人ね。あのときはありがとう、本当に助かったわ」
エルフの女性は樹上からスタッと降りてきて、フード付きのマントを取り去った。
「わぁ、綺麗な方……」
コダマが驚くのも無理はない。
外見年齢は十代中盤から後半くらい、身長は160辺りだろうか。
煌めく宝石のような意志を秘めた碧眼、金糸を束ねたような艶やかな長い髪でシニヨンを編み込んでいる。
体型は引き締まっているが、出るところは出ている。
神話に出てくる女神のような神秘性と華麗さがある、エルフの女性だ。
機能性重視の冒険者の格好をしているが、その佇まいはどこか気品を感じられる。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前はフォティア。ただのフォティアよ」
ただの、というところに何か含みを感じるが、それぞれに事情というものはあるだろう。
そこは気にしないでおいた。
「俺はマサムネ・ウッドロウ。こっちは妹の――」
「コダマです! フォティアさん、兄君のお嫁さんになってくれませんか!?」
「「は?」」
マサムネとフォティアの声がハモってしまった。
なんてことを言い出すのだろう、この妹は。と思ったのだが、そういえばそんな馬鹿馬鹿しい理由で旅を始めたのだった。
「こ、コダマ……出会ったばかりの人に対して……」
「時間は関係ないって恋愛小説に書いてありました!」
「極端すぎだろ……! え、ええと……フォティアさん……気にしないで……」
「フォティアでいいわ、私もマサムネって呼ぶから」
「わ、わかった。フォティア」
「うん、じゃあ義姉君って呼びます!」
フォティアは首を傾げているが、そのリアクションは当然だろう。
スルーして話を先に進めることにした。
「え、ええと……俺たちは〝ナインボール〟という薬草を求めてやって来たんだけど、ご存じのように道に迷ってしまって……」
「あの薬草を採りに来るなんて、かなりの物好きね……」
フォティアは新たに近寄ってきた食人植物を、平然と弓矢で射貫いた。
それなりに腕は立つようだ。
「こんな危険なところなのに……」
その口調はマサムネに対して呆れている。
たしかにTPブックの試しでもなければ、こんなところには来ないだろう。
「いいわ、案内してあげる」
「さすがエルフだ、森には詳しいな」
「本当は人間なんかを助けたりはしないんだけど、マサムネだけは特別よ。恩人だからね」
情けは人のためならずとはいうが、自然と人助けをしてしまうマサムネはその恩恵を普段から受けているのだろう。
そう考えてコダマはニコニコしていた。
「どうしたんだ、コダマ?」
「何でもないですよ、兄君」
薬草の群生地に歩きがてら、フォティアに事情を説明しておいた。
変装もバレてしまったし、下手に隠しておいてもいいことはないと思ったのだ。
というかコダマが言え言えとうるさかったのもある。
「上級空間魔法と、TPブックという謎のアーティファクト……信じられない……けど、実際に使ってるものね……」
「ああ、俺たち自身もビックリだ。あんなことがあったから、力を使うときは素性を隠していたんだ」
「力を見せたくなかったから、私を助けるときにあんな大けがを……」
「修業でケガは慣れている、全然平気――あ痛っ!?」
フォティアは泣きそうな表情で、マサムネの左手を引き寄せて握ってきた。
語気を荒らげながら言ってきた。
「全然平気じゃない! 常人なら泣き叫ぶくらいの酷い火傷!! それを……なんで……エルフの私のためなんかに……」
「俺も魔力がないってだけで色々と大変だったからな。そっちだって耳が尖ってるだけで迫害されて大変だっただろう」
「う……うぅ……」
「お、おい!?」
フォティアは突然泣き出し、マサムネの胸板に顔をうずめてしまった。
マサムネとしてはどうしていいのかわからずに、両腕を宙に泳がせながらアワアワするだけだった。
「兄君! 抱き締めるチャンスですよ!」
「何がチャンスだ!?」
「行け行けゴーゴー!」
「空気を読めよ!?」
よくわからないが、いつになくハイテンションなコダマだった。
それを聞いたのか、泣いていたフォティアはいつの間にか笑い出していた。
「ふふ……賑やかで面白い人たち……」
「い、いや! なんか空気を読めずにすまない!」
「コダマちゃん、ありがとう」
「いえいえ、義姉君は笑った顔が一番可愛いですから」
よくわからないが、コダマの行動がフォティアにとって感謝されるような行動だったらしい。
沈んだ気分を、騒いで紛らわせたのだろうか?
どうやら剣術ではわからないことが世の中には多いらしい。
そうしている内に薬草の群生地に到着した。
「誰も取りに来ないから、山ほど生えているの」
「これだけあれば依頼の量は充分に足りるな」
「あ、そうだ。〝仮想の箱庭〟の中に植えてみましょうか!」
「そんな簡単に育つとは思えないが……食人植物は間違えて植えるなよ」
これで依頼は達成できそうだ。
あとは戻るだけだが――
「そろそろ夜になりそうか」
「二人とも、私の家に泊まらない?」
フォティアから、そう提案されたが断ろうと思った。
「いや、コダマだけならまだしも、俺みたいな男を年頃の女性の家にあげるのは――」
「はーい! 泊まります! お世話になります!」
「お、おいコダマ!? そもそも泊まるにしても〝仮想の箱庭〟の中で泊まればいいだろ?」
「人の家にお泊まりなんて初めて……楽しみ……ジー……」
「うっ」
妹からの期待の視線に迫られ、思わずたじろいでしまった。




