13話。西涼動乱①
文章修正の可能性あり
八月上旬・司隷・長安
関の東西を問わず、それぞれの群雄が具体的な動きを見せ始めようとしていたときのこと。ここ長安に、郿にて北方騎馬民族を警戒する任にあたっていた大将軍董卓より、とある一報が届けられた。
「やっとか!」
その一報を耳にして喜色を浮かべるは、一時期自身が持つ能力を恐れた宦官や名家連中の企てにより中央政界から追放され不遇の身となっていたものの、帝に対する揺るぎなき忠誠心と不遇の身となっても腐らずに鍛え続けた実力を評されたが故に三公の地位を頂戴し、今や長安の全権を握るにまで至った英傑(を自称する男)司徒王允その人であった。
王允がこのような反応を見せるのもむべなるかな。
なにせ董卓が派遣した使者が言い放った口上は『情報通り金城にて羌と胡の連合軍を確認した。ついては連中を確実に殲滅するために、司徒殿に預けていた并州勢を郿に派遣して頂きたい』という、彼が待ち望んでいたことをそのまま具現化させたような内容だったのだから。
これまで董卓が動かなかったことにやきもきしていた王允からすれば、吉報どころの話ではない。
「これで漢を糺す計画が進むことになるぞ! ……しかし、なんというか。惜しいな。いや、今はこれでも十分と見るべきなのだろうが、やはり惜しい」
王允としては董卓から派遣されてきた使者には「自分たちは兵を率いて郿から出るので、これから長安から出る并州勢は後詰として郿に入ってもらいたい」と言ってもらうことを望んでいたのだが、流石にそこまで望むのは高望みしすぎだ。と彼にしては珍しく現実を弁えていたので、今回董卓から送られてきた援軍要請に対して多少「勿体ない」とは思いながらも不満に思うことはなかった。
とはいえ、不満はなくとも不安はあった。
「懸念があるとすれば并州勢を派遣した後だな。私の警備が手薄になったと見れば、己に能力と忠義が足りぬことを自覚することができぬ輩。つまり分を弁えることを知らぬ阿呆であるが故に私の立身出世を妬んでいる連中や、帝の代理人である私に逆らうという大罪を犯したが故に処罰された反逆者どもの関係者が逆恨みし、私怨を晴らすために襲ってくる可能性は否定できん」
自身を漢の忠臣、否、漢の守護者と定義している王允。彼は自身の行いこそが漢にとっての絶対正義であり、自身の存在こそが漢にとって必要不可欠である。よって自身に逆らう者たちを粛清することもまた正義の行いだと確信しているものの、その大望を理解できずにいる者たちが自身を嫌っていることや、関係者を罪人として罰せられたことに納得していない者たちが自身を逆恨みしていること。さらにはそういった連中が、隙あらば寝首を掻こうとしていることも理解していたのである。
(この状況で、矛でもあり盾でもある并州勢を手元から放出することの危険性は如何程のものか)
名家としての損得勘定に加え、保身についても考慮する王允であったが、その答えは元々の計画の中に組み込まれていた。
「皇甫嵩ならば特に問題はあるまい。やはり護衛に関しては官軍でよかろう。あやつは融通が利かぬから謀反人どもの粛清ができなくなるが、それも少しの辛抱と考えれば……今は耐えるべきだろうよ」
この時期正式に長安の守備を任されていた皇甫嵩は、自身を一将帥と定義付けているがゆえに政の世界に口出しをしないよう、意図的に距離を置いていた。それは言い換えれば「王允の味方をしていない」とも取れるのだが、同時に「王允の敵にもならない」ということでもある。
尤も実際のところ皇甫嵩は、長安での王允の行動を見て「あまりにも度が過ぎている」と判断し、董卓へ直訴を行う程度には王允を敵視しているのだが……
「誰が敵で誰が味方かわからない中、敵にならないというのは悪くはない。……まぁいずれ優柔不断のツケは払わせてやるがな」
なまじ距離を置いていたからだろうか。王允は「皇甫嵩が自分に敵対する」と考えるどころか、むしろ「自分が名実共に天下を握った後で擦り寄ってきても遅いぞ」などと考えると共に、今後自分に擦り寄ってくるであろう連中の阿呆面を想像してその口元を歪めつつ、用意していた策を実行に移すための準備に入るのであった。
―――
明けて翌日。
「郿、ですか? それも援軍として?」
「うむ。大将軍である董卓殿から直々に頼まれましてな。一応確認してみますか?」
呼び出しを受けて出陣の指示を受けた呂布が「なんで? 并州じゃなかったのか?」と首を捻れば、呼び出した側の人間である王允は王允で、堂々と董卓から送られてきた書状を開示する。
「拝見します……確かに」
出された書状を確認してみれば、内容は確かに王允から伝えられた通りのものである。こうなってしまえば「四万程度の連中に援軍が必要か?」と疑いを持っていた呂布も頷かざるを得ない。
「分かってもらえただろうか?」
「はっ。お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「なんのなんの。こういった確認は大事ですからな」
「恐縮です」
一連の流れの中で「儂が言ったのだから、黙って信用するべきだろうが!」などと内心で憤る老人がいたらしいが、それは呂布の知ったことではない。
呂布にとって重要なのは、軍を統括する立場である董卓から正式に命令があり、王允を通してではあるがそれを受諾したということだ。
「それでは出陣の支度をいたします。兵糧は最低限の持ち出しで、補給は郿で受ける形。と考えてもよろしいでしょうか?」
『輜重隊を率いず騎兵だけで先行するべきか?』と問うた呂布に対し、王允は
「そうなるでしょうな。一応ではありますが、こちらでもなにか問題があったときのために数日分多く用意しようと考えております」
「問題?」
「一応、ですぞ。たとえばですが、援軍を察知した連中が別働隊でも組んで貴殿らの進軍の邪魔をしてきたら困るでしょう?」
「それは、まぁ、そうかもしれませんな」
「そうでしょう。そうでしょう」
この時点で呂布は王允の態度や董卓の援軍要請の内容に不自然さを感じていたのだが、結局(後から董卓殿に聞けばいいか)と判断した呂布は、自分の意見に異を唱えられることを嫌う王允を前にして『四万程度の集団が万全の構えを見せる董卓を前にして兵力を分散するか?』とか『いや、別働隊程度なら自分たちで潰せますが?』などと口に出すことはなかった。
これは王允への配慮というよりは、不機嫌になるであろう王允の相手をしたくなかったからなのだが、このとき王允への反論をしなかったことが呂布にとって良いことだったのか、それとも悪いことだったのか。
「おぉ、そうでした!」
「?」
「大将軍殿から将軍に対しての指示、というか密命を受けておりましてな」
王允はそう言いながら、なんとも高級そうな印象を受ける箱を差し出す。
「密命?」
「えぇ。将軍が郿に到着する前にこれを開けるよう伝えて欲しい。そう厳命されております」
「ほほう。郿に到着する前に、ですか」
「左様。おそらく長安の者たちに聞かれては困る内容なのでしょうな。必ずや開封の時を誤ってはなりませぬ……それでは確かにお預けいたしましたぞ?」
「(本当に董卓殿が俺に用があるというのならば、秘策であれなんであれ俺に直接いうか、李粛に伝えているはず。それがないということは、この箱の中にあるものは董卓殿からの命令ではなく、王允からの命令と見るべきだろうな。さっさと中身を確認したいところだが、もしも俺が王允の予定にない行動をとってしまえば、王允の動きがわからなくなる。そうなれば色々と準備しているはずの董卓殿らが企てている策にも支障が出よう。ならばここは乗るしかあるまい)……確かに頂戴いたしました」
「時期を違えぬようお願い申し上げる。それではよしなに」
「はっ(怪しすぎるだろ)」
戦場の雄である呂布にさえ怪しく思われている時点で色々と程度が知れるというものだが、本人は至って真面目に『呂布に必勝の策を授けた』と考えているようで、何度も『ここで開けるなよ!』と念を押してから呂布の前から立ち去っていった。
――獣が一番隙を晒す瞬間は、獲物に食いつかんとするその瞬間にある。
これまで猟師に餌を与えられていたことにすら気付かず、目の前に差し出された餌を無警戒に貪っていただけの鈍獣は、今や狩人が自身を狩らんとしていることにすら気付いてはいなかった。
董卓も色々と動き出したもよう。
王允が呂布に授けた秘策とは一体……(迫真)
李粛(誤字にあらず)と王允。長安を代表する智者による、互いの智力を尽くした戦いが、いま、始まるッ!
―――
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