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11話。涼州の乱②

新ヒロイン?登場の予感。


中平3年(186年)9月。長安


「えぇい車騎将軍(張温)殿は何を考えておるのだ!」


ここ数日。張温と共に反乱の鎮圧のために長安まで来ていた(べつ)()司馬・孫堅は不機嫌の極みに有った。それと言うのも、態々長安くんだりまで来たと言うのに肝心の指揮官である張温が兵を前に進めようとしないからだ。


戦に勝つためには前に出なければならないのは当たり前の話だ。さらに敵は黄巾とは違い、自前で兵糧を用意できる遊牧民族であるため、兵糧切れを狙えるような勢力ではない。


そもそも前任者である破虜将軍董卓が、朝廷からの討伐命令を無視して相手と勝手に交渉を行っている節もある。それなのに張温はそれを戒めるどころか「相手が我らの陣容に怯えて交渉に応じ、降伏するならそれで良いではないか」と(のたま)う始末。


確かに兵法にも『百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり』と言う言葉は有る。敵が勝手に降伏してくれると言うならそれが一番良いだろう。


だが今回は状況が違う!連中は自分たちが居る間は頭を下げるかも知れないが、帰還したら再度漢と言う国に叛旗を翻すのが目に見えているではないか!


それ故、董卓が向こうに付いた涼州軍閥の中で数人の人間を選び、裏切らせて内部で争わせようとすると言うのも分からないではない。


しかしソレだって言ってしまえば漢に歯向かった者を勝手に許す行為だ。中央の連中がこれを知れば、自分たちを裏切り者扱いしてくるだろう。


それを恐れて張温は正式な許可を出さずに黙認と言う形を取っているのだろうが、策としてやるならしっかり腰を据えてやれと言いたいし、その為に軍規違反を許すのとは違うだろうという気持ちが強い。


それに連中が降伏するも何も、コチラを見ただけで降伏する程度の連中が反乱を起こすはずが無い。万が一その程度の敵だと言うならさっさと打ち破り、その後に降伏勧告をすれば良いではないか。


そう訴えれば、


「では逃げられた場合は何処まで追うつもりだ?その際の補給はどうする?連中が我らではなく補給を狙ってきたら立往生だぞ?」


と、もっともらしいことを言って来る。


確かに補給に関しては一理ある。それなら「補給部隊を強化すれば良いだけだ」と言えば簡単なのだが、流石の孫堅も自分が補給部隊を率いて、連中をおびき寄せる!とは言えない。遮蔽物の無い平地で大量の騎兵を相手に戦をしたくは無いのだ。


自身にソレをするつもりが無い以上は、補給部隊の増強など軽々しく提案するわけにも行かない。


兵法上の理由が有って長安に留まり、相手の連携を断つために策を弄したり、相手に重圧をかける為に官軍が長安で睨みを利かせると言う現状は、決して無意味な待機では無いのだろう。


だがそれではいつまで経っても戦が終わらないではないか。向こうだって一戦して負けたのなら分裂する可能性も有るが、一度もぶつかっていない状況での懐柔工作は弱気と見られる可能性の方が高い。


結局、一度は戦をするべきだと考える今の孫堅から見て、董卓は命令違反の現行犯であり、張温はそれを裁けぬ及び腰の臆病者だ。自分と一緒に来た陶謙も、董卓の行動には多少の理解を示しているが張温に対しては不満を募らせていた。


そして何よりも孫堅がイラついているのが……


「殿、お座り下され」

「殿の分はまだまだ終わっておりませぬ」

「ですな。まずは殿に理解して頂かねば」


「えぇい離せ!」


「「「離しません!」」」


黄蓋・程普・韓当と言った孫堅の股肱の臣たちが、孫堅を捕まえて上座に座らせ書類仕事をさせようとすることだったりする。


「何故この俺が長安まで来て書類仕事などせねばならんのだ?!」


「「「必要だからです」」」


「くっ!」


これまで数多の賊を討伐し、黄巾の乱でも抜群の武功を上げたことで昇進を果たした孫堅も、目の前の書類の束は一刀両断することも出来ず頭を抱えることになる。


(こう)(とう)の虎と呼ばれ、武名高い孫堅が地獄 (書類)を見ることになったのは、先だっての乱に於いて名実共に大将軍として認められた何進によって派遣されていた彼の懐刀である、李儒による罠(孫堅は本気で罠と認識している)が発動したせいである。


曰く、「今回の乱が収まれば、孫堅殿には(ちょう)()の太守となって頂きます。県令ではなく郡太守ですので今のうちに政を学んでください。あぁ、黄蓋・程普・韓当の3人にも軍政を学んで頂きます。いやはやいきなり郡太守と()()ですからな……厳しく行きますよ」


「「「「はぁ?!」」」」


孫堅以下3人にもまさしく寝耳に水であり、いきなり何を言っているのだ?と声を荒げそうになったが、目の前にいる若僧は何進の懐刀にして自分達の監査役でもある。


そんな相手に無礼を働けば、自分も皇甫嵩や盧植のように捕縛されてしまうと考えれば、とてもではないが逆らう気にはならない。


しかも、良く良く考えれば彼の言葉は洛陽の連中が語る夢物語を実現させるような無理な命令と言うわけではなく、武功に対しての褒美を約束しているだけである。


黄蓋らは「郡を預かる身となるのだからしっかり学べ」と言われて完全にその気になっているし、孫堅に書類仕事をさせようとするのも孫家の為だと本気で思っている為、容赦する気がない。


孫堅としても現役の弘農丞である李儒によって教えを受ける中で、自分達が如何に政を理解していなかったかを痛感しているし、孫家の為に必死で学ぼうとしている部下を蔑ろにするつもりはない。


しかし、いくら頑張っても終わらない書類の山は駄目だ。兵法だとか軍の運営に関わる事ならまだしも、いきなり一郡の太守に必要な教養を身に付けよと言われても「無理!」としか言いようがない。


今から生兵法で統治を学ぶくらいならば、初めから出来る人間を幕下に加えれば良いだろうが!と考えるが、それだって「本人が理解していなければ佞臣に騙されます」と言われてしまえば反論も難しい。


そんなわけで現在、孫堅は李儒と己の家臣たちによってその動きを封じられていた。その事を知る張温あたりは「奴が殊更出撃を主張するのは書類仕事から逃げる為だろう?」と半ば確信しているとか居ないとか。


「くそっ!やれば良いのだろう!」


「「「その通りでございます」」」


例え歴史に残る英雄でも、書類からは逃げられ無いのだ。



――――



書類に潰されそうになっている孫堅とは全く違う状況では有るが、張温は張温で現在()()()()が記された竹簡を前にして内心で頭を抱えていた。


「……張純が烏桓と。これは真実か?」


「はっ。間違い有りません。更に言えば元(たい)(ざん)太守の張挙殿も張純と共に挙兵する予定です」


「張挙まで?!」


情報を疑って確認を取れば、更に面倒な情報が出てくる始末。ここまで具体的な情報が出てくると言うのなら、これは事実なのだろう。しかし事実なら事実で分からないことがいくつか有る。


「……何故大将軍は両者を討たないのだ?」


彼らが乱を起こすと言う情報を掴んだなら、さっさと捕えて殺すべきではないか。何故それを放置して、更に自分にその情報を与えるのかが分からない。


これが判明しない限りは、例え情報が本当であっても張温も(けい)(けい)に動くことは出来ない。洛陽の澱みは司空である張温と言えども軽く見て良いモノでは無いのだ。


「大将軍閣下のお考えとしては、まず彼らに従う者達を炙り出すことが第一とのことですな」


「ふむ。なるほど。漢に巣食う身中の虫を出し切るか」


先ごろの黄巾の乱に置いて不穏分子は一掃されたように見えるが、実際はまだまだ漢(洛陽)に隔意を持っている者は多い。それとは別に北方の異民族は初めから漢に従うとは思われていないので、張純の乱を利用して彼らを釣り出そうと言うのは分かる。


「そうですね。後は車騎将軍閣下に貸しを作る為かと」


「……言ってくれる」


何進が身中の虫の討伐を目的にこの乱の発生を黙認する以上、乱が起こるのは確実。その乱が起こってしまえば洛陽の連中は張温を無関係だとは思わないだろう。と言うか張純は自分を貶める為に「乱を起こしたのは張温に面目を潰されたからだ!」と声を上げてくるはずだ。


その際に自分を処罰するのではなく、擁護することで司空たる自分に貸しを作ると言う訳だ。おそらくは身中の虫云々は建前で、此方こそが何進の狙いなのだろう。


実際のところ何進は外戚の筆頭として大将軍を拝領したのであって、実際に武功や武才を評価されたわけでは無い。


その為今まで軍部の連中は彼と一定の距離を置いていたのだ。それが黄巾の乱で評価を上げたことで軍部の人間も彼を認めつつあるが、それでも彼に従わない者は居る。


その筆頭が宦官閥の後ろ盾を持ち、車騎将軍と言う武官に任じられておきながら司空と言う三公の内政官を兼任する張温だ。何進にしてみたらここで自分に恩を着せることで、宮廷工作を有利に進めようと言うのだろう。


悔しいが良く考えられている。


己の失敗(張純の逆恨み)を利用されるのは面白くないが「そんなことの為に乱を容認するのか!」と憤りを抱くほど張温は幼くない。むしろ何進の狙いが読めて納得したくらいだ。


さっさと洛陽に引き返して張純の首を刎ねたいのだが、今の張温は勅によって西涼の乱を鎮めるよう命じられているので、勝手に引き返すことは出来ない。


何せまだ河北で乱は起こって居ないのだ。万が一この情報が嘘だったり、自分が戻ったことで張純が乱を起こさなければ自分こそが逆臣として捕縛されてしまうだろう。


ならばココで乱が起こるのを待つしかない。そして孫堅が言うように下手に戦をして涼州の奥地まで攻め込んでしまえば、洛陽からの使者の到着が遅れてしまう。


何進が擁護するつもりかも知れないが、すぐにでも洛陽に戻れる位置に居ないとどのような扱いになるか分からないので、張温は涼州の奥まで攻め込むつもりなど無い。


また、董卓による涼州軍閥への介入も、ここにいる李儒が黙認していることから何進からの命令で行われていることは一目瞭然である。そこにどんな狙いが有るかはわからないが、コレから自分を擁護する予定の何進の狙いを潰すわけには行かない。


さりとて明確な命令違反に対して明け透けに協力するわけにも行かないので、黙認と言う手段を取っているだけに過ぎないと言うのに……孫堅や陶謙にはその辺の視野が無いのが悔やまれる。


まぁ下手に政治に干渉するような連中を連れて来ていたら、今頃内部告発をされて居るだろうから、アレはアレで良いのかも知れないと考え直す。


「……戦の予定は?」


それでも全く戦をしないと言う訳にも行かないし、こちらの主戦派連中を黙らせる為にもこれは聞いて置かなければならない。


「すぐには無いでしょうが、遠い日でもありませんな」


「ほう」


遠くない、か。


「現在董卓閣下が連中と交渉を行い、コチラに積極的に攻め寄せたいと言う主戦派と、慎重さを求める穏健派を分離している最中です。辺章や韓遂としても、我らと戦う前に決定的な仲違いを起こす前に一度向かって来る必要があると考えるでしょう」


「それはそうだろうよ」


羌はただでさえ血の気が多い連中だし、漢を恐れてはいない。対して涼州軍閥は漢を恐れてはいないが、漢の底力も知っている。しかし同時に洛陽の腐敗具合も知っている為、黙っていれば洛陽の連中が遠征軍の足を引っ張ると言うことは予測できる。


……実際に皇甫嵩がそうだったし。


つまり「連中の事情など知らん!漢など恐るるに足らんのだからさっさと出るぞ!」と前に出ようとするのが主戦派で「黙っていれば敵が弱るのだから、もう少し待て」と言う連中が李儒の言う穏健派なのだろう。


どちらも漢との戦いを否定していないところが、連中の気の荒さを表していると言える。


そんな連中のかじ取りをするのだ。現状で出撃を要請してくる孫堅や陶謙を抱える自分よりもよほど胃を痛めていそうだな。と、少しだけ彼らに同情を覚えたとか覚えなかったとか。


「結論としては、大規模な戦は11月前後になるように調整しております」


「……調整か(完全に連中も掌の上かよ。今回の絵を描いたのが何進なのか李儒なのかは知らないが、この状況で流れに逆らっても良いことは無いな)」


「多少のずれは有るでしょうが、現状ではそうですね。諸将にもそれに合わせて動くよう通達をお願いします」


「うむ」


特に反論する理由は無い。それにこのことを伝えれば、陶謙も孫堅も少しは静かになるだろうよ。



――――



官軍の戦支度の情報は()()()()()()()()涼州軍閥にも流れ、彼らからその情報を得た羌も「官軍を正面から打ち破る機会だ!」と意気を高めていく。


羌と涼州軍閥連合と官軍の戦いの日は近い。



残念ながら孫堅は既に自分の集団を形成している模様。引き抜き?厳しいですね。張温は宦官の紐付きだし……やはりメインは董卓か?ってお話。


張純は黄巾の頃からさり気なく伏線になってましたが、崔烈は出す予定は有りません。



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