4話。動乱の気配②
文章の荒れがなおらない。
文章修正の可能性有り
「大将、連れてきやしたぜ」
「申し訳ございません。遅くなりました」
「おう牛輔はご苦労さん。んでもって賈詡よぉ」
「何か?」
「何か? じゃねぇよ。遅れて申し訳ねぇだなんて、自分でも思ってねぇことを口にすんな。そんなに洛陽や長安にいたような連中みてぇに無駄に持って回った言い回しがしてぇなら、お望み通り長安に飛ばしてやるぞ」
「なっ! た、確かに社交辞令的な挨拶をしたという自覚はありますが、それだけで長安行きはないでしょう!」
「そういや李粛も「そろそろ交代させて欲しい」とか言ってやしたね。俺には無理ですが賈詡ならよろこんで行くんじゃ……」
「行きません! 好き好んであんな泥沼に嵌りにいく阿呆がどこにおりますか!」
董卓軍が誇る文官筆頭にして軍師の賈詡は、長安こそ漢の中心と嘯く王允や、長安との繋がりを持ちたいと願い、今も王允や王允の派閥に属する者に付け届けを行っている士大夫連中が聞けば憤慨するであろう言葉を吐きつつ、普段の冷静さをかなぐり捨ててまで抗議する。
「いや、でもお前ぇさん、数年前までは『涼州の連中は駄目だ。長安あたりに行きてぇ』ってのが口癖だっただろうが?」
「それは昔の話です!」
牛輔の暴露に慌てる賈詡。
実際数年前まで、具体的には董卓が洛陽に上洛するまでであれば、賈詡はそう思っていたし、それを口に出してもいたのだから、牛輔の言葉は決して嘘ではない。
しかしそれは、当時の涼州勢は董卓を除くほぼ全員が『暴力こそ正義』を旨とする蛮族であり、文官である賈詡の存在や仕事を軽んじていたからだ。
軍を組織し、運営する。それにかかる費用は膨大であり、軍勢の維持にかかる諸々の計算や処理は文官なしには成り立たない。にも拘わらず、涼州勢は文官を軽んじること甚だしく、いくら綿密な計算の上で進軍計画を立てても『足りねぇなら奪えばいいじゃねぇか』と蛮族思考で己の立てた完璧な計画を踏みにじるのだ。
当然軍師として面白いはずがない。
よって賈詡は、話を聞いてくれる士大夫層がいる長安や洛陽で職に就くことを望んでいたのである。
それもこれも実際に洛陽や長安の泥沼具合を知ったことで「あ、これは私には無理だ」と判断し、距離を置くことにしたのだが、そういう心境になったのは自分で言ったようにほんの数年前のことでしかない。
古代中国的価値観からすれば数年など数日と大差ないので、董卓や牛輔の言い分は決して不当なものとはみなすことはできないのである。
なにより、話題に上がっている李粛も『賈詡と交換するから長安から離れろ』という命令を知れば、諸手を挙げて歓迎するのは確実なので、双方が望んだ人事と言えないこともないのだ。
まして士大夫層にしてみれば長安への移動は栄転に他ならないので、賈詡を異動させることが董卓による懲罰とは考えないはず。
当の賈詡以外は。
「そ、それに私には、私にしかできない仕事が残っております。あれは長安での仕事を行いながらできるものではありませんぞ!」
無論この一連の流れが半ば冗談であることは知っているのだが、万が一という可能性もある。明晰な頭脳でそう考えた賈詡は、自らの安全を確保するための一手を放つ。
長安の仕事。つまり書類仕事である。
如何に文官として書類仕事に慣れている賈詡とて、長安の俗物どもと政治闘争をしながら無限に湧き出る書類に向き合いたいはずもない。
まして現在李粛が董卓の代行として可も不可もなく己の職務を遂行できているのは、偏に彼の脳内に、士大夫連中とまともに付き合うという選択肢がないからだ。
まともに付き合う心算がないから連中の言葉を無視できるし、元々連中の考えを理解できるだけの素養もないが故に、李粛は彼らからの要望を放置しても『田舎者には理解できんらしい』『これだから田舎者は』と嘲りを受け、自覚のないままに向こうの自尊心を満たしながら要望を無視するという離れ業が可能なのである。
故に、なまじ明晰な頭脳を持ち、連中から送られてくる書類の文面に隠された本題や策謀を理解できる上に、自らの常識に縛られているが故に士大夫を軽んじることができない賈詡には李粛の代わりは務まらない。
「それに私の生れは涼州武威郡。李粛殿の代わりというのであれば王允と同じ太原郡とまでは言いませぬが、并州の生まれでなくてはなりませんぞ!」
実際李粛に今の役柄が与えられたのは、彼が王允や呂布と同郷の人間だから。という理由もあるのだ。よって、彼の代わりを務めるには書類仕事ができれば良いというわけではない。同郷と言われれば、郷挙里選が常識であるこの時代においては一定の説得力を持つのである。
「あぁ、それもあったか。ついでに言えばあの仕事はお前ぇにしかできねぇ仕事だし、長安に行ったら向こうの連中に邪魔されて効率が落ちるのは確実だわな」
「……しょうがねぇ、か」
「牛輔殿は私に何か恨みでもあるのですか!」
「いや、そろそろ李粛を休ませてやりたくてな」
「……私とて彼が休みたいと思う気持ちは分かりますし、あの境遇には同情もしております。ですが、先ほどいったように私には私にしかできない仕事があります。よって、この人事については諦めていただきたい」
「ま、仕方ねぇな。牛輔。李粛の休みについては後で考えることにして、今は目の前の連中のことだ」
「了解でさぁ」
現在董卓の配下の中で一番苦労しているのは誰か? と問われれば、満場一致で長安を牛耳っている(ことになっている)王允と呂布の間で調整役を務めるだけでなく、長安に於ける大将軍の代理人として書類仕事の処理を一身に担っている男、李粛の名が挙がるであろう。
そんな八面六臂の活躍を見せている李粛の代わりが務まるのは董卓軍広しと言えど賈詡か張済しかいない。故に牛輔は、このまま働かせていれば間違いなく壊れるであろう李粛を休ませるために、賈詡を派遣することを半ば本気で考えていたのだ。
「(危なかった)……とにかく、本題に入りましょう」
チッと舌打ちしつつ自分の異動を諦めた牛輔を見て、董卓はともかく、牛輔が本気であったことを知った賈詡であったが、なんとか自分に不利な流れを断ち切ることに成功し、無事、元々自身が呼び出された『本題』に入ることに成功したのであった。
~~~~
「では気を取り直しまして。馬騰や韓遂に率いられてる羌・胡の軍勢はおよそ四万。現在金城に集結しております」
軍議、というには些か弛緩した空気が漂う中、すでに敵の情報を纏め終えている賈詡は、涼州の地図を指し示しながら金城の部分に黒い碁石を置く。
「四万ねぇ。で、他は?」
「……それだけです」
「「は?」」
一般的に四万といえば大軍だ。それが長年漢を苦しめてきた騎馬民族であれば尚更である。事実もしこの報を長安に知らせれば、名家連中は『すわ遷都だ!』と騒ぐことは確実である。
しかし、これまで幾度となく彼らと戦い続け、漢にいる誰よりも彼らを知る董卓や牛輔にしてみれば、その数は少なすぎた。
「いや、なんだそりゃ? 連中、そんなので俺に挑もうとしてる、だと? ……何か秘策でもあんのか?」
実際前回の辺章・韓遂の乱でさえ、本隊と言われた集団は五~六万程度であったが、その総数は十万を超えていたのだ。これは、向こうは向こうで漢という国の怖さを理解しており、定期的に行う氏族単位の略奪行為ではなく本格的な侵攻をする際には十万以上の兵を揃える必要があることくらいは理解していたためである。
故に董卓や牛輔は、目の前にいる金城の四万とやらは自分たちを拘束する為の兵でしかなく、本隊は自分たちをこの場に拘束している最中に、涼州の他の部分から兵を出して来るのでは? と疑いをもったのだ。
だが、それは敵に対する過大評価でしかない。
「董卓殿の気持ちはわかります。しかし裏はありません、この四万が敵の本隊であり、今回の侵攻軍の総数です」
「裏はねぇって……死ぬ気か?」
「どうでしょうな? 元々それなりに経験豊富な連中は董卓殿の怖さを知っておりますから参加を控えたようです。まして以前の戦で完膚なきまでに蹂躙されたときの損害から回復できたとは思えません。故に董卓殿が健在な今、連中が兵を挙げること自体が異常なことと言えましょう」
「そりゃそうだ。ついでに言えば、連中が怖がってるのは俺だけじゃねぇぞ」
「ですね。俺は大将よりあの人の方が怖ぇよ」
「……否定はしません」
董卓や牛輔はその行状から、賈詡は先々まで見通したうえで相手を嵌める策を弄しているという事実からどこぞの外道に対して強い恐怖心を抱いているようであった。
「まぁ、彼の御仁についてはともかくとしましょう。故に、今回参加しているのは董卓殿やあの御仁を知らぬ若造や、怖さよりも恨みを持つ者たちのようですな」
前回の戦から八年。当時10歳だった子供は今や18歳だ。元服した彼らが親や兄弟を殺した相手を恨むのは当然だし、その恨みに引き摺られて前回留守を守っていた連中が前に出てきたのだろう。
「はっ。未熟者と負け犬の群れってか。端的に言って雑魚だな。李傕と郭汜だけでも勝てそうだ」
普通なら自身に恨みをもち、死を恐れずに襲い掛かって来るであろう騎馬民族の軍勢など恐怖の対象でしかないのだが、これまで幾多の戦場を渡り歩いてきた董卓からすれば、そんな連中は猛るだけ猛って前しか見えていない猪、つまりは狩りの獲物にすぎない。
故にそう吐き捨てたのだが、賈詡の考えは違う。
「まぁ、正面から当たれば勝てましょうな」
死兵だろうがなんだろうが、正面から来るなら董卓軍の持つ暴力と自身の智謀を以て殲滅することは容易いことだ。そう認識しながらも、彼の冷徹な思考はこの兵が『誘い』でしかないことを看破していた。
「……いや、正面から戦えばつってもよぉ。連中には他に軍勢はいねぇって言ったのはお前ぇだよな?」
「えぇ。便乗して略奪に走る氏族がいるかもしれませんが、今回韓遂や馬騰に協力しているのはこの四万のみです。それは間違いありません」
軍勢とはいきなり発生するものではない。軍を整えるまでに必要な準備というものがある。騎馬民族である連中の場合、その準備は官軍とは比較にならないほど早く終わるが、それでも準備にかかる時間は皆無ではない。
まして彼らは氏族単位で動く為、共同して兵を出す場合は、氏族間の折り合いを付ける為に何度も使者を交わす必要があるのだ。
その予兆が無い以上、賈詡は纏まった軍として動くことが可能なのは金城にいる四万のみであることを確信していた。
「で、向こうの狙いは何だってんだ? まさかこの四万で俺を殺そうってわけじゃねーだろ?」
「はっ。恐らくですが、馬騰や韓遂の狙いは時間稼ぎにあるかと愚考致します」
「稼いでどーすんだよ?」
援軍がいないのに時間を稼いでどうする? そんな董卓の疑問は、あっさりと解消される。
「あえて戦わぬことで、こちらの戦線が停滞しているとして、長安の軍勢を我々に対する後詰として派遣するのでしょう。そして我々が『援軍が来た』と勘違いをしてその軍勢を迎え入れたところで董卓殿や我々を殺害、といったところでしょうか」
「……なるほど。長安からの援軍なら大将が出迎えるのが当然だし、門だって開けるわな」
「はい。董卓殿を討ち取った後は、眼前で待機している馬騰や韓遂と合流してこの郿を落とし、溜め込んである資財を回収し、後顧の憂いを絶ったうえで弘農の御仁を潰すつもりかと」
「ほほう。なら現状王允が考えている俺を殺す為の駒は……養女を嫁がせた呂布、か」
「可能性は極めて高いですな」
「いや、でも王允が呂布に『大将を殺れ』って言ったからって、それであいつが素直に『わかりました』ってなるかね? アイツが養女に入れ込んでるのはわかるんだけどよぉ」
牛輔としても賈詡が荒唐無稽な作り話で呂布を貶めようとしているなどとは思っていない。
そもそも呂布はなんだかんだで董卓に仕える事になった新参者である。しかし董卓はその呂布に過剰なくらい配慮をしていたし、呂布も自身が過剰な配慮を受けていることを理解していたはずだ。にもかかわらず呂布が養女に唆されたからと言って、俗物に過ぎない王允の為に董卓を殺すのか? と言われれば首を傾げざるを得ないのだ。
「養女にどれだけ入れ込んでいるかは関係ないでしょう」
「は? でも呂布と王允との繋がりは……」
董卓に直談判までして側室とした養女しかない。そう言おうとした牛輔に賈詡は「そうではないのだ」と首を振る。
「牛輔殿。現在長安にある呂布の屋敷には、養女の護衛、もしくは付き人として王允の手の者が入っております」
「あっ」
護衛である以上、それなりの戦闘経験はあるだろう。それが呂布の妻や娘を捕え、人質とする。なんなら養女も一緒に人質としてもいい。
この程度、策士を自認する賈詡や、どこぞの外道からすれば当たり前すぎる程に当たり前の策である。
「……呂布が連中の駒になる可能性についてはわかった。しかし兵はどうする?」
現在呂布が率いている并州勢は、あくまで董卓が貸し与えている軍勢である。よって呂布一人が『打倒董卓』と声を挙げたところで、彼らが自分たちを見下している王允に味方をするはずがない。そうである以上、もし呂布が奇襲で自分を討ち取ったとしても、呂布が討たれることになるのは明白である。
ならばそれをどうにかしない事には王允の狙いは達成されない。董卓はそう考えたが、それは王允が呂布に価値を見出していることが前提であることを見落としている。
王允が呂布に価値を見出しているだろうか? と問われれば、その答えは否であろう。
「王允からすれば、人質を取って動かした時点で呂布は危険な獣となります。ならば董卓殿を討ち取った後は呂布が死のうが生きようが問題ないと考えるでしょう。もしかしたら『頭の悪い獣を鎖に繋いで使役する』くらいのことは考えるかもしれませぬが、それは王允と呂布の間の話ですから私にはなんとも言えません。兵は向こうに涼州軍閥にとって顔見知りである韓遂や馬騰がおりますので、彼らを使えば糾合することも不可能ではない。そう考えているのではないでしょうか?」
「いや無理だろ」
少なくとも牛輔には董卓と敵対した呂布や、それに味方をした馬騰や韓遂に従うことはない。これは彼だけではなく。董卓軍の将兵ならほとんどがそう判断するはず。確信を込めて告げる牛輔だが、残念ながらある意味で単純な涼州勢を騙す策などいくらでもあるのだ。
「馬騰や韓遂が呂布と手を結んでいることを知っていれば反発もありましょう。しかしそのことを知らねば、馬騰や韓遂に『敵討ち』と唆されて連中に与する者も出てくるかと」
「……なるほどねぇ」
「ついでに言えば、長安の軍勢は并州勢の他に王允が組織した軍勢もいるでしょう。ならば連中に大義名分を用意して我らと敵対させることも決して難しくはありません。場合によっては呂布も人質を使わずに動かせるやもしれませんな」
「偽勅、か」
「はっ」
数年前、橋瑁は三公の文書を偽造することで偽勅を造り、それを大義名分とすることで反董卓連合を結成することに成功している。(尤も、その以前から反何進連合という形で下地はできていたが、橋瑁が檄文を造らなければ連合に大義名分がなかった)
翻って今回はどうか。文書を偽造するまでもなく王允は三公の司徒であり、車騎将軍でもある。ならば自身が持ち得ている権限の中で独自の兵を集め、その軍勢に『董卓抹殺の勅がおりた』とでも言えばいい。それだけで董卓抹殺の軍勢を結成することは可能となる。あとは馬騰や韓遂にもそれを示して彼らを従えることができれば、それなりの兵を集めることは可能だ。
「我々を潰したあと、馬騰や韓遂の軍勢と自身の組織した軍勢を以て偽勅を使われたことに憤慨する陛下が差し向けるであろう弘農の軍勢を破り、陛下と丞相殿下を手中に収める。これが王允が考えている一連の流れなのでしょう」
「いや、勅だろうがなんだろうがよぉ。そもそも大将を殺された俺らが大人しく連中に従うと思ってんのか?」
「王允はそう考えているのでしょうな」
「今のあいつならやりそうだな」
「ハッ! あのくそジジイがっ!」
名家を気取って偉そうに『勅である』と抜かしている王允を思い浮かべた董卓と牛輔は、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら賈詡の読みが正しいことを認めることになる。
とは言っても、これはあくまで『敵の狙いが奈辺にあるか?』を確認するために問題提起をしていただけのことであり、元々董卓にも牛輔にも王允を庇う意図はないので、軍議を主導する立場である賈詡の主張が受け入れられるのは当然と言えば当然の話であった。
「ま、結局は実際に金城にいる四万の軍勢の動きや、長安から軍勢が派遣されてくるか否かを確認しつつ動くしかねぇってことだな」
「左様。少なくとも今すぐに金城の連中を滅ぼすのは悪手。まずは与えられた指示通り『現状維持』に努めるべきです」
「現状維持、ねぇ」
「どうした牛輔? 動かねぇのが不満か? もし不満だってんなら弘農に行って文句を……」
「い、いや! 不満なんかねぇよ! ……ただ」
「ただ?」
「弘農のお人はどこまで読んでるのかなって、な」
「そりゃおめぇ……」
言いながら董卓は自陣営の中で一番彼を理解しているであろう軍師に目を向ける。そうして目を向けられた賈詡は、神妙な顔つきで一つ頷き、牛輔に諭すように告げる。
「最初から最後まで、でしょうな」
「最初って……いつだよ」
「少なくとも王允を司徒にしてから。そうでなければ今まで沈黙をしていた理由に説明が付きません」
「「……」」
現状は全て彼の掌中にある。だから逆らうな。少なくとも勝手に動いてくれるな。そう告げる賈詡の表情は、董卓や牛輔以上に恐怖に染まっていたという。
これまでカンニングで得た知識を利用し、意図してそうなるように周囲を動かしてきた外道君。
そろそろ彼の知る史実の流れから大幅に逸れていくことは自覚しているので、最後の収穫とばかりに可能な限り大きく育っててから刈り取ろうとしております。
カンニングしていることを知らないと怖くて逆らえないよねってお話









