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13話。諸悪の根源に関する考察と周知②

久々更新

文章修正の可能性あり



「最初に違和感を覚えたのは、司徒殿が丞相殿下を通じて陛下に銭の改鋳を上奏してきたときだ」


王允の行動の不自然さを周囲に理解させる為に李儒が選んだ題材は、やはりというかなんというか、半年ほど前に上奏された五銖銭の改鋳に関する事柄であった。


「改鋳。確かにそのような上奏もありましたな。あの時は『銭に関しては国家の大事。故に陛下の喪が明けるまで待つように』とお答えになったのでしたか」


李儒の言葉に相槌を打つのは、取次役としてその場にいた司馬懿である。


「うむ。あの時点では、私も国内に於いて銭が不足気味であったことを理解していたからな。上奏自体はまともだと思っていたのだが、後からその上奏をしたのが司徒殿だと言うことがおかしいと気付いたのだよ」


「司徒殿が上奏することがおかしい、ですか? ……あぁ、確かに」


「気付いたか?」


「はい。確かにおかしいですね」


「「「……?」」」


この時点で司馬懿は李儒の言わんとしていることを察することが出来たのだが、周囲の者たちは半分以上がその意味を掴みかねていたようで、しきりに首を捻ったり、目を見合わせながら「わかるか?」「わからん」と無言で会話を行っていた。


(この場に居る面子でもまだ理解できんか。まぁ仕方のないことではある。しかしこの状況こそが、あの上奏は王允の発想ではないという証拠になるな)


彼らの態度を見て、己の推察が大筋で外れてはいないことを確信した李儒は、周囲の者たちにも分かるように説明をする。


「簡単に考えると良い。基本的に自身を清流派の旗頭と宣う司徒殿が、だぞ? 普段からその存在を(いや)しいモノと見下している司徒殿が、自らの名で銭のことに言及し、あまつさえ丞相殿下に上奏したのだぞ? この時点でおかしいだろう?」


王允はその生れから司隷や南陽、潁川といった所謂中央出身の名家の者に対し劣等感に近いものを抱いていたし、そもそも彼は楊彪ら生粋の名家の出身者とは違い、これまで先達が積み重ねてきた経験や情報というものを持ち合わせていなかった。


このことが影響していたのだろう、長安にて権勢を振るっていた王允の姿は、田舎生まれの成金が都会に住む生粋の金持ちに憧れ、無理をして真似をしようとしていた姿に見えなくもない。


そうであるならば、だ。


「太傅様は『普段から名家の振る舞いを心がけている司徒殿が、自分から銭の話題に触れるのはおかしい』そう仰りたいのですか?」


「その通り」


「「「……なるほど」」」


荀攸がそう纏めれば、この場に集められている面々も李儒が感じた違和感の正体に思い至る。


「それを踏まえた上で問おう。もし尚書令(荀攸)殿が配下から銭の改鋳に関する提案をされた場合、どのような行動を取る? すぐに丞相殿下や陛下に上奏するかね?」


「いえ、某ならば上奏の前に銭の分布状況や改鋳に必要な資材の有無の確認を行います。次いで必要経費や改鋳に伴う布告等の段取りについての根回しも……あぁそこも不自然ですね」


「だろう?」


そもそも上奏を行う場合、その内容が弾圧だの弾劾でない限りは各部署に対しての事前準備や根回しは欠かせないものだ。


で、ある以上、もし王允が本気で改鋳を望むなら最低でも長安にいる名家、特に楊彪の一派に対しての根回しが必要なのだが、王允がそのようなことをしたと言う情報はなかったし、改鋳を上奏する前の王允が銭の分布状況を調べたと言う情報もなかった。


不確かな情報を元に政策に関わる上奏を行うなど、それも自身の名を使って行うなどありえないことである。


なにせそれは情報を精査した後で自分たちに都合の良い情報に捻じ曲げたり、上奏そのものを握りつぶしていた十常侍ですらしなかったことなのだ。


断じて王允が目指しているであろう『名家らしい名家』の行動ではない。


「では司徒殿のような立場の人間が、誰かに銭の改鋳に関する上奏を頼まれた場合、どのような行動をとるのが自然だと思う?」


下調べをする? 否。

根回しをする? 否。


「断ります」


そう。清流派としての誇りを有する者ほど『銭のことになどに自分を関わらせるつもりか?』と、発案者を叱責する。良くて上奏の黙認だ。自身がその者に代わって上奏するなどありえない。これが名家の常識である。


「そうだろうな。加えて、長安という漢帝国の中心地に暮らす司徒殿に『国内で銭が不足している』などと言ったところで、その意味を理解できると思うか?」


「無理でしょう(実際に長安で顔を会わせたが、あの老害に己が上奏したことの内容が理解出来ているとは思えぬ)」


荀攸との会話で王允の人品を問い、周囲の者たちに王允の行動に対する違和感を共有することに成功した李儒は、次いで王允の持つ能力に言及する。


その、ある意味で失礼とも言える李儒の問いに即答したのは、先日長安に赴き直接王允を観察してきた司馬懿であった。


「そして、自身が理解出来ぬものをそのまま上奏するなど正気の沙汰ではない。……確かに考えれば考えるほど司徒殿の行動には違和感を覚えますな」


そういった事情を踏まえて考えれば、現状ただでさえ名誉欲に囚われている王允が、自身の名前を使って『銭』に関する上奏を行ったということの異質さが浮かび上がってくるというものだ。


「司徒殿に理解できぬであろう政策を司徒殿へ訴えるのも異常なら、司徒殿がその政策を丞相殿下に上奏したのも異常。ならばその行動の裏には司徒殿へ異常な行動をさせるだけの影響力を持つ何者かが居る。そういうことですか」


「うむ」


司馬懿の言葉を受けた荀攸が続けて告げれば、司徒だからという理由で王允を過大評価するつもりのない面々は、現在司徒として政治を壟断する王允が、李儒の言う『諸悪の根源』に操られているだけの操り人形でしかないことを確信するに至る。


「つまり太傅様が言う諸悪の根源とやらは、司徒殿に銭の改鋳を上奏させることが出来るだけの権力を有する者であり、同時に国内に銭が不足するという意味や、銭を改鋳することで生じる問題とやらを正しく理解している存在となりますな」


「その通りだ。すまんが銭の不足に関する問題や、銭の改鋳によって生じるであろう問題に関してはこの場で簡単に説明できるものではないので説明を省かせてもらう。……我々にとって重要なのは、既に水泡と帰した策ではなく司徒殿の裏にあって彼を操る者の存在だからな」


李儒は王允を通じて劉焉が仕掛けてきた策の内容と、その危険度を正しく理解していたのだが、その考えをこの場にいる面々に説明することはしなかった。


それは『自分も経済の専門家ではないし、何よりこれまで銭を賤しいものとして育てられ、その扱いを避けてきた名家の者たちにインフレやデフレの怖さを教えることは困難である』と考えたこともあるのだが、一番の理由は現状で『経済』という、あやふやでありながら国家の基盤を支えるものに手をつけることを嫌ったからである。


「「……」」


ここまで話をしておきながら、肝心の仮想敵が仕掛けてきた策の説明を省かれた司馬懿や荀攸らの中に思うところがなかったわけではない。


だが、元々彼ら自身も己に銭に関する知識が乏しいことを自覚している上に、彼らには識者としての意地、具体的には『仕掛けられた策を理解できない自分にこそ問題がある』といった気持ちもあった。


まして時期が時期だ。


先帝の喪明けが近いこの時期、相手が仕掛けてきた『銭を使った策』とやらが既に李儒によって看破され、その対策までされているというのであれば、彼らが今考えるべきなのは『策を仕掛けてきた首謀者の正体とその狙い』にあるのは間違いない事実である。


(銭を使った策の内容については後日師に伺うとして、師がこうして回りくどい言い方をするということは「少しは自分で考えろ」ということに相違あるまい)


弟子としての経験を活かし、真っ先に李儒の思惑を推察した司馬懿は、その思考を『敵が仕掛けてきた策の内容の精査』から『策の立案者の正体』へと切り替える。


(師が言う諸悪の根源。つまり実質長安を牛耳る王允の裏にいる存在とは何者か? ……事前の情報がなければ、王允の傍にあって思考を誘導しやすい者として真っ先に名が挙がるのは司空・楊彪)


事実、長年中央の政治に携わり、洛陽の汚泥の中を泳ぎ切った経験を持つ楊彪ならば、気位だけが高く能力に難がある王允を操ることなど造作も無いことだろう。


(だがアレは違う)


しかし司馬懿は楊彪という選択肢をあっさりと切り捨てる。


(楊彪は良くも悪くも古き体質の持ち主。あれに銭を使った策など理解できるとは思えんし、あれが何かを企んでいるとしたなら、これまで師がそれを見抜けなかったとは思えん。なにせ師は先ほど『見つけたぞ』と口にした。つまり、未来を見通すかのような視野を持つ師ですら、その存在に気づいたのはつい先ほどのこととなる。ならば、その相手は司空として常に姿を晒している楊彪ではない)


「「……」」


他の面々も無言で頭を悩ませる中、司馬懿も無表情のまま思い当たる人間を脳裏に浮かべていく。


(私が最初に長安で不自然に感じたのは、王允が私、つまり私の背後に存在する師に対して明確な敵意を抱き、それを隠しもしないということだ)


王允が政敵である李儒に対して敵意を抱くのはわかる。

だがそれを隠そうとしないのはおかしい。


なにせ太傅である李儒の持つ権力は司徒でしかない王允のそれを遥かに凌駕しているからだ。その上弘農丞であり光禄勲として弘農の軍勢や禁軍の指揮権を持つ李儒は、借り物の并州勢を手駒にした気持ちになっている王允など、文字通り鎧袖一触で蹴散すことが可能だ。


よって王允の立場であれば、現時点で李儒を打倒できる根拠が無い限りはその敵意は隠し通さねばならないものなはず。にも拘わらず李儒の使者である司馬懿に対し、王允が明確な敵意を向けたのは何故か? 


(自分が殺されないという確信があるから、だろうな。そして王允にその確信を与えた相手こそが、師のいう『諸悪の根源』なのだろう)


ここまで考えれば話は簡単だ。


(皇帝陛下と丞相殿下、さらに皇太后殿下を抱えた師に手出しを躊躇させる(と王允が思い込む)存在など、数える程しかない)


「……司徒殿を操るは陛下より年長の皇族、もしくは宗室に連なる者、ですか」


「ほう。流石に早いな」


「「?!」」


司馬懿の口から紡がれた『諸悪の根源』の正体を聞いて李儒がニヤリと笑えば、荀攸たちは一気にその顔色を驚愕に染めた。


「ではその者は誰だと思う? あぁ、誰の名を挙げても不敬として罰することはせん。この場を軍議の場と思い、自身が思いつくことを忌憚なく述べよ」


「はっ」


これから司馬懿が名を挙げるのは、王允を操っている容疑者である。つまり劉弁を擁する李儒の敵であり、漢王朝の敵だ。だが司馬懿の立場で皇室や宗室に連なる人間を名指しで謀反人扱いすることは間違いなく不敬なこと。


そこで李儒は、己の権限で司馬懿を守ると宣言をした。


尤も、この宣言の目的は皇族に対する配慮ではなく、あくまで周囲にいる名家連中に対して『細かいことで騒ぐなよ』という牽制である。


「「……」」


李儒の宣言の意味を正しく理解した荀攸らは、固唾を飲んで司馬懿が誰の名を挙げるのかを見守ることとなった。


そんな周囲の張り詰めた空気をものともせず、司馬懿は己の考察を口にする。


「まず劉虞様ではございませぬ」


現在最も力を持つ皇族と言えば、冀州牧として袁紹の討伐を任じられた劉虞であることは、衆目の一致するところであろう。


実際に、董卓を討たんとした袁紹が洛陽に兵を向けた際、彼を反董卓連合の旗頭にしようとしたことからもわかるように、劉虞ならば幼い劉弁や劉協に代わって皇帝を名乗っても周囲の反感は極めて少なく済む。


漢王朝を滅ぼしたいわけでもなければ、皇帝を傀儡にするつもりもない王允にしてみれば、劉虞は最適な人材であった。


だが司馬懿は真っ先にその可能性を切り捨てる。


「その心は?」


「元々劉虞様は数年前に二〇万もの大軍を組織した袁紹からの誘いに乗らなかった御方です。当時の袁紹らよりも劣る司徒殿の誘いに乗るとは思えません。また冀州は長安から遠すぎます」


「その通り。我々にご本人様のお気持ちを推し量ることは不可能だが、大前提として距離の問題がある。それが解消されていない以上、劉虞様が司徒殿の後ろ盾となる可能性は極めて低いと言えよう」


誰であれ他人の内心を推し量ることは難しいが、距離の問題を考慮することは容易い。


距離。これは単純にして、どうしても解決できない問題だ。


なにせ王允が居座る長安から劉虞が拠点を構える冀州勃海郡まで使者を交わすだけで数ヶ月単位を見込まねばならないのである。それも弘農の勢力に知られないまま、だ。これでは綿密な計画を立てることなど不可能と言えるだろう。


さらに万が一両者がうまく連動することが可能となり、冀州から劉虞が援軍を出すことになったとしても、問題はそれだけではない。


同じ冀州の鄴にいる袁紹や彼に味方する勢力があるし。袁紹らを打倒するなり密かに懐柔したとしたとしても、軍勢の準備や移動にはどうしても時間が取られてしまう。


この時間があれば現在李儒の勢力圏である司隷の河内、河南、弘農を固めることは容易い。


ここで大きいのは、大将軍である董卓が既に李儒につくことを決めていることだ。


禁軍と弘農の軍勢に加え董卓軍まで李儒に味方する以上、かつて二〇万を越える反董卓連合すら突破出来なかった防衛網を、劉虞の軍勢だけで突破できるはずがない。


もし司隷を経由せず并州を経由して長安に向かおうとしても、やはり董卓や董卓に味方する遊牧民族の軍勢を突破する必要があるので、どうしても現実的ではない。


よって劉虞が長安へたどり着くには、どうしても董卓を説得する必要がある。

しかし現時点で董卓から『劉虞が使者を寄越した』という情報は来ていなかった。

根回しの使者すら出していないというのであれば、劉虞と董卓は繋がっていないと判断しても良いだろう。


例外としては、既に董卓が弘農に差し出した孫娘(董白)を見捨てており、弘農に対して虚偽の報告をしている場合だろうか。


具体的に言えば、周囲の配下にまで『溺愛する孫娘を見捨てることは無い』と見せかけてこちらの油断を誘いつつ、いざことを起こす段階になったら劉虞の軍勢に呼応して一気呵成に弘農へと攻め込んで来る策だ。


この可能性は決して皆無というわけではない。


(皆無ではない。だが、ないだろうな)


だが司馬懿が見たところ董白に対する董卓の執着(孫愛)は本物だ。


人間関係に疎い司馬懿ですらそう判断するほどに孫娘を溺愛している董卓が、彼女を犠牲にしてまで劉虞や王允の為に動くはずがない。


こういった事情から、司馬懿は劉虞の関与を否定する。


「同じ理由で宗室の出である兗州牧劉岱様、ならびに揚州牧劉繇様もありません。また荊州刺史の劉表様は先年の戦から行方不明ですし、御子息は他人に気を遣える状況ではありませんね」


残る宗室のうち、兗州牧である劉岱は反董卓連合での損耗や青州黄巾党の相手で余裕がないし、揚州牧の劉繇は遠すぎる。そして劉琦は逆に後見を必要とする立場だ。


「長安に残る皇族の方や、丞相殿下と共に弘農へ参じた皇族の方々には武力がありません。であれば、残る候補は御一人しかおりませんな」


司徒である王允を無条件で従える格を持ち、幼き皇帝の後見人としての名目を持ち、自前の所領と武力を持ち、長安と距離が近いところに存在する人物とは誰か。


周囲にいる者たちがその脳裏に一人の人物を思い浮かべた時、司馬懿の口から一人の人物の名が告げられる。


「巴蜀に根を張り漢中から長安を窺うは益州牧劉焉様。御方こそ、太傅様が『諸悪の根源』と推察した御方と愚考いたします」


「なんと」

「いや、だが確かに劉焉様なら」

「条件には合う。しかし……」


周囲がざわつく中、拱手しながら自身の答えを待つ司馬懿に対し、李儒はその表情を崩さぬまま、ただ一言「よく見た」と呟いた。




――白い(さぎ)も、皇帝が「あれは黒い(カラス)だ」と言えば黒い(カラス)となるのが常識である漢王朝に於いて、李儒はその皇帝に対して白い(さぎ)を指差し『あの鳥は黒い(カラス)です』と耳打ち出来る人物である。


ならば、ことの成否に拘わらず李儒が『敵』と見做した時点で、その者は『敵』となる。


よって今日この時より、宗室の一員であり益州牧として益州に君臨する劉焉は、弘農の面々から『敵』と認識されることとなった。


味方からさえ腹黒外道と謳われる李儒に直接『敵』認定された劉焉。今後彼がどのような末路を辿ることになるのか。


この場にいた者たちにできたのは『せめて宗室にふさわしい死が訪れるように』と、祈ることだけであったという。



李儒君。めんどい説明を省きつつ劉焉を標的にすることに成功するの巻。


何回書いては消したことか……まぁ経済って難しいですからね。

超インフレからの国家基盤崩壊を語るには時間と作者の語彙力がなさすぎますってお話。



―――



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