第17話　あぶない葉っぱ

　冒険者の仕事はいつだって危険なものだ。

　迷宮内部で死んでも女神の加護によって蘇るとはいえ、蘇生にはいろいろと条件がある。まずは肉体が揃っていることだ。五体満足とはいかないまでも、生存に必要な最低限の肉体がなければ復活しようがない。

　そもそも、死体が発見されるかどうかという問題も大きい。迷宮の深部で命を失えば、その肉体を誰かが蘇生術師のいるエリアに引き上げてくれないかぎり、蘇生ができなくなる。

　危険と隣あわせであることにはまちがいない職業なのだ。

　だからかもしれない。冒険から戻ってきた彼らは、死んでは何もできないとばかりに、遊び歩く。歌い踊って酒を飲む。

　冒険者御用達の酒場では、日が落ちてすぐどんちゃん騒ぎがはじまるものだ。

　ここのところクリフは渡り鳥のようにあちこちの酒場に顔をだしては、両肩を落として出てくるのを繰り返していた。

　断じて、遊び歩いているわけではない。

　これは立派な《就職活動》である。

　二束三文の安い仕事とはいえ、低階層の掃除の仕事を受けて、鑑定をしてもらい、鑑定スキルを手に入れて自分の価値を示せるようになった彼は、記憶鉱石を携えて様々なクランに出入りし、仕事がもらえないかどうか聞いて回っているのだ。

　迷宮の深層にもぐってレガリアを手に入れるためには、どうしても仲間が必要だ。それも信頼ができて、頼れる仲間が必要なのだ。

　けれど、それは思ったよりも難しいことだった。

　大手のクランは引く手あまたで新人の座る席が乏しい。

　かといって、中小のクランに声をかけると、今度は信頼からかけ離れていく。

　今も、目的のクランがよく出入りしているという噂の酒場に出向いて、とんでもないところを見てしまったばかりだ。

　酒や女ばかりではない。

　彼らは怪しげな売人から買ったと思われる、実に怪しい紙巻きたばこをふかしていた。立ち昇る煙が緑色で、吸っている人物がたちまち酩酊状態に陥り、様子がおかしくなる煙草だ。しかも、それをクリフにも吸うようにすすめてきたのだ。

　この誘いを断ったら、もう仕事はもらえないだろうとわかっていて、クリフは店を出た。

　緊張や冒険者の仕事の不安を酒や何かで紛らわせたくなる気持ちは、確かにわかる。しかし、ああいったものを口にしていればいずれ健康を損ねるだろう。

　一時しのぎに手をだしていいとは思えなかった。

　あまり良いニュースを得られないまま、クリフはカーネリアン邸に帰還した。

　どうしたものか。

　悩んでいると、当の夫人が現れた。執務室から現れて「クリフさん。申し訳ないんだけれど」と切り出す

　カーネリアン夫人が本当に何とも言えず切ない表情で現れ、クリフはどきりとした。夫人には少ない収入の大半を渡しているが、家賃を払っていると胸を張るには少なすぎる。てっきり、出て行けと言われるんじゃないかと思ったのだ。

　しかし、夫人が言い出したのはそのことではなかった。

「ラトさんの様子を見てあげてくれないかしら。ランチにもお誘いしたんだけれど今日は部屋から出て来なくって」

「ラトをランチに誘っているんですか？」

　頼まれごとの内容もさることながら、ラトと顔を突き合わせて食事をしたいと思う者などこの世にひとりとしていないと思っていたクリフにとっては、ラトを心配する夫人の存在が聖母のように感じられた。

　それで、嫌々ながら、クリフはラトの部屋の戸をノックしてみようという気になったのだ。

「おい、ラト。夫人が心配していたぞ。いやだと言っても、開けるからな」

　クリフは扉を開けた。

　その瞬間、顔面に嫌な臭いがまとわりつく。

「やあ、クリフくん。退屈な冒険者の仕事、ごくろうさま」

　部屋はカーテンも閉め切られていた。確かに、ラトはいた。

　ソファに気だるく腰掛けて、緑色の煙をだす煙草をふかしていた。