第15話 彼女がミイラになった理由
事件のはじまりは、クリフが迷宮でシネーラの《遺体》を見つけたことだ。
遺体は暖炉の中にあり、誰にも気がつかれないまま二年という歳月が経過していた。そして蘇生術師の手により復活した彼女は、なぜか犯人としてその場に居合わせたクリフを指定したのだ。
「シネーラ嬢は冒険者ギルドで迷宮から持ち帰ったレガリアの鑑定を行い、そのレガリアすべてがブランクであるという事実を知り、直後に消えた。ここまではいいね」
「ああ、そこまでは敏腕氏の言っていた事実だからな。そういえば、そのあたりでラト、おまえは真相が見えてきただのと言っていたが、あれは何なんだ?」
「言葉どおりの意味さ。僕はその時点で、シネーラ嬢が違法なレガリアの売買に関与していたのだと確信していた」
「なんだって? どうしてそんなことがわかるんだ」
「わかるとも。でなければ、この場所に来てナミル氏を脅す必要はなかった」
ナミル氏は「不幸中の不幸だな」と呟いた。
「最大のヒントは《絶対にあり得ない》だよ、クリフくん。よく考えてごらん」
その言葉は、たしか、シネーラが蘇生したあと、冒険者ギルドに立ち寄り、所持していたレガリアの鑑定を受けた直後に発したことばだった。
「この発言は、ふつうに考えれば、あり得ないものだ。発掘されたレガリアが有用なものかどうかは鑑定の結果わかること。絶対なんてこの世のどこにもないんだよ。それなのにまるでシネーラ嬢はレガリアの中身がわかってるみたいだった」
「悲嘆に暮れすぎて口がすべっただけじゃないか?」
「それでも、絶対はない。僕が宝くじを買って、それがすべて外れてしまって《絶対にありえない》と悲嘆に暮れていたら、君はどう思う」
クリフはその様子を想像してみた。
宝くじなど、賭け事のなかでも馬鹿馬鹿しいもののひとつだ。たしかに誰かは当たりはするが、ほとんどの人間が恩恵を受けることはない。完全に運任せの賭けだからだ。それを《絶対にあり得ない》などとは言わないだろう。
「たしかに、底抜けのアホだと思うだろうな」
「レガリアだって同じだよ。鑑定してみるまでは中身がわからないんだからね。冒険者の仕事というのは、まさに命を賭けたギャンブルなんだよ」
「それは……いち冒険者としては異論があるが……」
「彼女は君よりずっと経験豊富な冒険者だ。レガリアがどういうものなのか、誰よりも理解していたはずだよ」
そうなると、シネーラ嬢が何故《絶対》と口にしたのか、疑問がわく。
ラトはその答えに誰よりもはやく達していた。
「あれはシネーラ嬢が自分の発掘したレガリアが絶対に高額がつく稀少なレガリアだと確信してたからこそ出て来る台詞なんだ。つまり――――はじめから彼女は自分がどんなレガリアを所持してるのか、知ってたんだ。彼女が持っていたのは、すべて鑑定済みのレガリアだったんだよ。ある時点まではね」
「鑑定済みのレガリアだって?」
「そう……。シネーラ嬢がレガリアを手に入れたのは迷宮の深層ではない。この地上だ。彼女はギルドで既に鑑定を受けたレガリア原石を、再び迷宮に持ち込んでいたんだ」
ラトが述べた推理は、迷宮内部でミイラを見つけたときにはまったく思いもよらないものだった。
「どうしてそんな馬鹿馬鹿しい真似をするんだ。レガリアを持っているなら、売って儲ければいい」
「ナミル氏は、もう気がついていることでしょう」
ナミル氏はおっかない顔でラトをにらみつけている。
そこでラトが語った真実は、ナミル氏をさらに輪をかけて渋い顔つきにさせ、クリフを驚かせるものだった。
「だからね、盗品なんだよ。シネーラ嬢が持っていたレガリアは。盗品の売買は当然のことながら違法だ。でも誰かが盗まれたレガリアを持ち、迷宮に潜り、再び地上に戻って鑑定を受けたとしたら、それは《新しく迷宮から持ち出されたレガリア》になる。シネーラ嬢は、盗品となって市場から消えたレガリアの、闇に包まれた過去をきれいさっぱり洗い流す洗浄役だったのです」
ラトは淡々と、シネーラはその手数料を受け取っていたに違いないと語った。だれかが犯罪の片棒をかつぐよう、シネーラに持ちかけたのだ。
「そして二年前、なんらかのトラブルが起きて彼女は殺されてしまった。蘇生したシネーラ嬢は犯人を訊ねられたが、まさか盗品の売買の《しがらみ》で殺されたことなんか話せるわけがない。そこで……」
「俺が巻き込まれたのか……」
クリフは項垂れた。
ラトの言うことが確かなら、クリフに殺害容疑がかけられたのは、まさに、たまたま目に入ったのが彼だったから、というだけの理由だ。交通事故のようなものだったのだ。
「ということは、シネーラ嬢は今頃、街から逃げ出してるってわけか」
「だとしたら、お手上げだね。今度こそ、シネーラ嬢の説得なんかではなく、本当の殺人犯を探さなくちゃいけない。でもそのあたりのことも、僕はちがう意見を持っているよ。どうでしょう、ナミル氏。シネーラという名前に覚えはありませんか。それとも、あなたが二年前、シネーラを殺したということはありませんか?」
ラトとナミルはしばらく睨み合っていた。
けれど、分が悪いのはナミルのほうだ。
何しろラトはナミルの秘密を知っているのだ。これが両者の力関係のバランスを決定づけた。
「やってない。俺がやったとしたら、死体は二度と出て来やしないんだ」
「そうでしょうね。そんな気はしてました」
「しょうがねえな。シネーラ嬢とやらには誓って心当たりはないが、職業柄、たしかにそういう商売にくわしい知り合いはいる。お前たちにそれを教えてもいい。ただし、条件があるぞ。わかってるだろうな」
「もちろん、あなたの秘密は他言しませんよ」
ナミルは盗品レガリアの売買をしている男の名前を紙切れに書きつけた。
それからラトとクリフに裏口から出て行くように指示し、クローゼットに厳重に鍵をかけると、部屋に置いてあった酒瓶を手に取った。
「いいか、約束を忘れるなよ」
そういうと、ナミルは瓶を思いっきり床に叩きつけた。次々に手にとって、部屋にあるだけの酒瓶を割ってしまうと、今度は椅子を振り上げて壁や天井に叩きつける。
そして最後のとどめに、酒場のほうにむかって大声を上げた。
「おめえら、二度とこのナミル様にナメたクチをきくんじゃねえぞ! どうなるか思い知れうすのろめ!」
ふたりは隠し戸を通って裏通りに出た。
その後、ラトとクリフは揃ってメモに書かれていた住所を訪ねて行った。
詳しい様子は割愛するが、ナミルは約束を守った。そこにいた人物はシネーラのことや、彼女を使っていたと思しき仲買人の男の名前をくわしく知っていた。
ギルドで聞いたとおりシネーラには仲間こそいなかったものの、ひとりだけ血を分けた妹がいたようだ。妹はちょうど二年前に結婚し、新市街地に暮らしている。
仲買人の住まいは反対方向の旧市街地にある。
当然、その二人は二年前シネーラの身に何が起きたのかを知っているかもしれない。それに加えて、頼る当てのないシネーラが顔を出す可能性も高い。
「どちらに行く?」
クリフは何気なく訊ねたが、ラトは思いのほか深く、真剣に考えこんでいる。
ステッキの柄に顎を乗せ、じっと灰色の街並みを睨んでいた。
「クリフくん。これは思ったよりも重大な選択だよ。僕の考えでは、もう迷っている時間がないんだ」
「そういえば、時間がないってずっと言っていたな」
「考えてみてごらん、シネーラ嬢はもっとまともなウソをつくこともできたのに、二年前はこの街に存在すらしなかった男を犯人に指名し、すぐに姿を消したんだ。シネーラ嬢は犯人に復讐するつもりかもしれない」
「彼女は街を出たんじゃないのか?」
「その可能性は低いだろう。彼女が盗品の売買に関わっていたことに気がついたのは今のところ僕だけだ」
クリフにも復讐という線は無くもないように思えた。クリフがシネーラ嬢の立場で、目覚めたときに手元にはクズ石と蘇生費用の請求書しかなかったとしたら、犯人を恨むだろう。その相手を知っていたならなおさらだ。
逃げるのは、憂さ晴らしをした後でも構わない。
もしもシネーラが復讐のタイミングをうかがっているのだとしたら、ラトたちが新市街地と旧市街地をのんびりと馬車で行き来して、情報集めをしている時間はない。
そんなことをしている間に、シネーラは目的を達し、犯罪行為がばれる前に街を出て行ってしまうかもしれない。
そうなればクリフの容疑を晴らすどころではない。
真犯人はシネーラに殺され、無実を証明してくれるはずのシネーラも手の届かないところに行ってしまうのだから。
「どうするんだ? ラト」
ラトはいつの間にか、クリフのことをじっと見つめていた。
エメラルドグリーンの瞳が、至近距離からクリフのことを覗き込んできらきら輝いている。
物も言わないでずっとそうしていたあと、ラトは羽帽子の庇の下でまろやかに微笑んでみせた。
「なるほどね。犯人がわかったよ。気がついてみると、簡単な結論だったね」
ラトは、煙突の警備をしていた衛兵に声をかけて、仲間を何人か集めるよう忠告した。
それから衛兵たちを引き連れて、新市街地にあるシネーラ嬢の妹の家に向かった。
物陰に隠れて待っていると、ラトの目論見どおり顔が隠れる服装に変えたシネーラがやってきた。しばらく物陰から様子を伺っていると、ちょうど住人が買い物から帰ってくる。
鉢合わせしたシネーラ嬢が住人と何かを言い合い、おもむろに剣を抜いた段階で、衛兵たちが飛び掛かかった。
そして無事に彼女の身柄は拘束されたのだった。
すべてが滞りなく済んでしまうと、何もかもが魔法にかかったようであった。
クリフは終始わけがわからないまま、気がつくと殺人容疑は晴れていた。




