第13話 ミイラはどこに行った？・下
ラトが向かったのは商人たちがひしめく市場である。ガルドルフ邸に潜るのかと思いきや、市場から出ていくようすはない。クリフからは、ラトは市場の中をグルグルと当てもなく歩き回っているだけのようにみえた。
「こんなところにほんとうにシネーラの足跡とやらはあるのか？」
「もちろんだともクリフくん。僕の考えが正しければ、このあたりにシネーラ嬢の過去を知ってる人たちがいるはずなんだ。それを探してるんだよ」
「お前の考えとやらが俺には皆目わからないんだよ。先に言っておくが、さっきみたいな恋人のまねはもう絶対にやらないからな」
ラトと親しいと思われるのは、クリフにとっては殺人容疑で捕まることの次に何としても避けたいことだ。
自分の身に降りかかった疑いが晴れたなら、クリフには冒険者としての仕事が待っている。よくない噂が流れているラトの存在は足枷でしかない。
「じゃあ、しばらく君は見ていてくれたまえ」
ラトは畳んだパラソルをクリフに押し付けると、それからいくつかの店に入っていった。
店の種類は屋台に品物を並べただけのものや、きちんとした店舗を備えているのものなどいろいろだが、ラトが選んで入っていくのはいずれも《レガリアの取り扱いがある店》だった。
軒先には研磨師によって美しく形を整えられた宝石がずらりと並んでいる。
迷宮の中から冒険者たちが苦労して持ち帰るのは砂埃をかぶった原石で、たいていは原石のまま売られ、こうした店の主人が研磨に出し、職人の手を介して宝石の形に整えられる。
店頭に並んでいる品のうち裸石のままのものは迷宮から取り出されてすぐの新品、剣や杖の飾りにされたものや、持ち運びやすいように加工されたものは中古品だ。
この市場では新品の取り扱いは少なく、中古品が多い。
もちろん、たとえ中古であっても、クリフが三か月は飲まず食わずでいなければならないような値段だ。
ラトは店から出てくると、「次が最後になりそうだ」と言った。
「最後くらい、ちょっと手伝ってもらうからね」
そう言って市場の奥へと進んでいく。ガルドルフ邸の入口にほど近いところに細い下りの階段があり、半地下の狭い廊下に三軒ほどの店の入口があった。
ラトはその奥へと迷いなく進んでいく。
行き当たりに、露天ではなくきちんとした店構えのレガリア専門店があった。
真っ黒な扉に金色の取っ手。曇った硝子窓越しに中古品のレガリアが飾られている。買い取りもしていると看板に書かれていた。
ラトは何の緊張感もなく、扉を開けて入って行った。
あまり換気のよくない店内。ショウウィンドウからわずかに差し込む明かりに照らされて、埃が舞い散っているのが見える。
正面のカウンターに髭と白髪で顔全体が覆われた店主が座っており、モノクルの奥からラトにするどい視線を投げてくる。
しかし、三秒後には、来客の存在を概ね好意的に受け取る眼差しに変わった。
ラトの格好はレガリアを求めにやって来る冒険者からはかけ離れているが、金持ちのものであることは間違いないからだ。
「ようこそ、見慣れないお嬢さん。うちの店はほかの店よりも安くて良心的、仕立て直しの相談も受けつけるよ」
クリフは棚にならんでいるレガリアをしげしげと眺める。
確かに、店主が言う通り、ここのレガリアはほかの店の相場よりも二割ほど安価だ。しかしラトはお買い得なレガリアには目もくれず、店主のほうへまっすぐ歩いて行き、カウンターの上に革袋を置いた。
「今日はレガリアの買い取りをお願いしたいんです」
ラトは若い娘の声でそう言った。いつも細い声だが、それよりさらに華奢で、風が吹けば飛びそうだ。本性を知っているクリフでなければ騙されてしまうだろう。
「ほう、どれどれ……」
「上等の品ですが、信頼のおける方にしか見せるつもりはありません」
老人が袋に手を伸ばすと、ラトはその手を押さえた。
そして、傍らでぼんやりと会話を聞いていたクリフが飛び上がりそうなことを言い出した。
「これはエストレイ・カーネリアンのレガリアですのよ」
ラトがあげたのは死者の名前だった。生前は迷宮街随一の有名クランのリーダーで、もちろんクリフやラトのよく知った名まえだ。
「エストレイたちがどれくらい高価なレガリアをコレクションしていたか、ご存知よね？ もちろん、ここにあるのは盗品です」
「ラト、おまえ、いつの間にそんなことをしでかしてたんだ！？」
驚愕するクリフの腕に、ラトは縋りつく。
「私、これを売り払って、この方と駆け落ちしようと思ってるんです！」
恩人の顔に泥を塗りたくる、あまりにも豪胆すぎる嘘だった。
いや、ウソなのかどうか、クリフには自信がなかった。
「お嬢さん、なんてことを言うんだ。うちは真っ当な商売をしているんだ。盗品の売買なんかできるわけないよ。そんなことをしたら、衛兵やギルドが黙っちゃいない」
店主は憤慨した様子だ。
クリフはこの店主が哀れに思えてきた。
ラトという災厄を招き入れたせいで、彼は穏やかな午後を過ごす権利を失ったのだ。
「俺もそう思う。店主の言うことが正しい」
部屋中の人間を敵に回しても、しかし、ラトは引き下がらない。
「嘘だね。彼は嘘をついてるよ、クリフくん。この店の商品のほとんどは、あまり筋がよろしくない裏社会から仕入れたものだ。ここの品物はほかのお店よりずいぶん安いけれど、誰も文句を言わないのは、あなたが親切だからじゃない。うしろについてるおっかない奴らが怖いからだ」
店主は少しだけ黙りこみ、そして不機嫌そうに眉をひそめた。
「お嬢さん、今すぐ帰りな。痛い目に遭いたくなけりゃな」
「その必要はない。むしろ、今すぐ、痛い目に遭わせる奴らに会わせてほしい」
そのとき店の扉を開ける音がした。
複数の人の気配がする。クリフは振り返った。
あまり人相のよろしくない、黒ずくめの男たちが四人、出口を遮るように立っていた。それぞれが武器を持ち、しかもそのうちのひとりは銃口をこちらに向けている。
「銃だ」
クリフは呆然として言った。
「そうだね。クリフくん。銃だよ。リボルバー式で五発まで装填できる」
ラトは、いかにも《わかりっきたことだ》とでも言いたげな顔をしている。
冒険者はあまり火薬による武器を持たない。魔術のほうが便利だし、狭い迷宮内で跳弾すると、仲間が死ぬかもしれないし、ろくなことにはならないというのがその意見だ。だからこそ、ピストルなんかを持つ職業というのは限られている。
「ラト、お前、いったい何をしたんだ？」
「さっきの話を市場中のレガリア専門店の店先でしてきた」
「俺が聞きたいのは、何故そんなことをしたってことだ」
「明らかさ。シネーラ嬢は違法な盗品レガリアの売買に関わっていたはずだからだ。彼らはシネーラ嬢の闇に包まれた過去まで僕らを案内してくれる水先案内人なんだよ」
「最初に言ったよな。俺は手伝わないぞって！」
「僕は淑女だよ？ それは紳士としてはあり得ない態度だよ」
呆れ果てて両手を挙げて降参したクリフに、四人組のひとりが襲いかかる。
武器はたっぷりと砂を詰め込んだ、重たい革袋だ。手軽に調達できるうえ、まともに当たれば大人ひとりのあばらを折ることも、頭を殴って昏倒させることも自由自在という代物だ。とてもそんな目には遭いたくない。力いっぱい振り下ろされたそれを必死に避け、クリフは男の腕に組み付く。
するともうひとりが仲間ごとクリフを突き飛ばし、陳列棚に叩きつけた。
「ラト！」
拳を受け止めながら、一応、心配して様子をうかがうと、拳銃を持った男がゆっくりとラトに近づいていくところだった。
だが次の瞬間、近づいていった男はきれいに宙に舞い、みごとな弧をえがいて地面に叩きつけられた。
一瞬のことだったが、男が無造作に踏み出した足首に、金色のものが絡みついて強い力で引き倒したのが見えた。
「淑女はどこに行ったんだ！？」
クリフは力いっぱい怒鳴った。
「これが淑女のやり方だよ」
ラトはもうひとりの男を手にしたステッキで顎と腹に鋭い打撃を加えてみせた。
そしてくるりとステッキを回しながら、倒れている男の手を踏みつけて銃を奪った。
