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コピーロボットは絶望しない

 山崎アトムは冷や汗をかいていた。

 目の前にいる褐色肌の美少女──浅田アメが、顔を真っ赤にしながら潤んだ目で睨みつけてくるのだ。


 目を覚ましたのはつい1時間ほど前、アガルタの病院のベッドの上だ。全アトムの記憶が頭に叩き込まれ、これからは自分がこの都市を運営していく必要がある。状況は理解しているものの、今はまだ受け入れるための時間が欲しかった。


 そう思っていた矢先の、浅田アメの襲撃だ。


「アトム。記憶、全部引き継いだんだろ」

「あ、あぁ」

「で、あんたの嫁はあたしだよな」

「えーっと……ちょっと待って」

「待ってやってんだろ。ずーっと前から」


 ほっぺたを膨らませたアメは可愛い。

 それに、山崎アトムと浅田アメが夫婦としてラブラブと愛し合ってきた記憶も、12組×約5年分が頭の中にあった。彼女は強気に振る舞っているが、実はめちゃくちゃ不安がっているのも理解している。


 アメは森永ココアと絵崎グリコの救出にも同行してくれた。記憶の違う山崎アトムが彼女らに恋をしたことも、渋々ながら納得してくれている。それでも、全部片付いた後は、自分を選んでくれなくちゃ嫌だ……そう言って、夜な夜な甘えてくる12人分の浅田アメの記憶がアトムにはあった。


「当然、13組目のアトム・アメ夫妻の爆誕だよな。同じ記憶持ってんのにあたしだけ寂しい夜を過ごすとかマジ勘弁だし。これは個人の問題だけじゃなくて月影全体の今後のやる気にも関わってんだから、アガルタを守る長老という立場でも──」

「だ、だから少し待ってくれってば」

「待ってるもん!!! あ、いや、待ってるぞ。ばか。広い心で、余裕の顔で、ずっと待ってるっつーの。ばーかばーか」


 モジモジと下を向いてしまったアメ。

 アトムはその頭をポンポンと撫でる。


「今日中には答えを出すからさ」

「本当だなアトム。じゃあ、夕飯準備して待ってるからな。今夜は寝かさねぇから覚悟しておけよ」

「いやだから……」


 アメは不満そうな仕草と不安そうな目をしながら、病室を去っていった。アトムは何も言えないまま彼女見送り、頭を抱える。


「ど……どうすんだこれ……」


 森永ココア、絵崎グリコ、浅田アメ。三人の顔が頭に浮かび、アトムは頭痛がしてベッドに倒れ込んだ。

 長老という立場だし、いっそ多夫多妻制を導入……いや、トラブルの未来しか見えない。あれこれと思考を巡らせるが、答えを思いつけないまま時間だけが過ぎる。


 病室の扉がコンコンと叩かれた。

 入ってきたのは、長い黒髪の美女、絵崎グリコだった。体を隠すような長いコートを身に着け、なにやら不安げな表情を浮かべている。


「アトムさん、大丈夫ですか?」

「あー……うん。心配かけた」

「いえ……あの……あ……」


 グリコが頬を赤らめて何かを言い淀んでいる。その内容が、記憶を引き継いだ今ならば手に取るように分かった。


 絵崎から渡されたアトムの人工頭脳。そこには、グリコと恋をした4回分の内容が全て記憶されていた。何度繰り返すことになっても彼女が変わらずに好意を向けてくれたことを、ようやく本当に知ることができたのだ。


 知らなかった頃にはもう戻れない。アトムはもう、グリコへの燃えるような恋心を持ってしまっている。そして、グリコが顔を真っ赤にしながら佇んでいる理由も──。


「グリコ。その、何を着てきた……んだ?」

「はい。見てください」


 そう言って、彼女はハラリとコートを脱ぎ捨てる。


 ギリギリアウトな服装だった。

 物凄いハイレグの紫のレオタード。胸元も、溢れてしまいそうな際どいラインを果敢に攻めている。黒いブーツと黒い手袋には()()をきっちり再現した紫のラインまで入っていた。


 これはアウトだった。

 もちろんいい意味でだ。


「今、仮面も着けますので」

「あ、うん……衣装いつ用意したの?」

「実は昨日夜なべをしまして──」


 アトムの目の前には、アニメの世界から飛び出してきたセクシー女泥棒がいた。

 アトムたちの世代の男子を数多く目覚めさせたその女キャラは、コスプレとしては定番だったが、元のスタイルが相当良くないと「なんか違うんだよな」と言われてしまう難易度の高い題材だった。


 グリコは背をピンと伸ばし、手の甲を口に当てて高笑いをした。


「オホホ、このビマージョ様に跪きなさい」

「やっぱりすごい……完璧だ」

「ふふ。あまり胸ばかり見ないでくださいね」


 グリコの隠れた趣味を知ったのは、アトムが3回目に拘束された時だった。それまで、家で粛々と衣装を作り一人で楽しんでいたグリコは、初めて人前でその姿を披露したのだ。


 鎖で拘束されたアトムが退屈していたこと、グリコが実は誰かに見せたいと思っていたこと、そして二人が仲良くなったことで、数々の自作コスプレ姿を見せるのがいつしか二人の日課になっていた。


「アトムさんはえっちですね」

「グリコがそういう格好するからだよ」

「ふふ……ふふふ………」


 グリコは笑いながら、目に涙を浮かべた。

 そして、ベッドに駆け寄る。


──アトムの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らし始めた。


 突然のことに、アトムはただ彼女の肩を抱くことしかできない。体を震わせ、泣き声を我慢できず、完全に無防備な姿でアトムにすがりつく彼女。


「大丈夫か? その、俺が何か……」

「生きてた……アトムさんと……過ごした時間が……ヒック……消えてませんでした……」


 泣き続けるグリコ。

 アトムが分解された時点で、その記憶は消えてしまったものと思っていた。絵崎が人工頭脳を残しておいたことなど、予想もしていなかったのだろう。


 彼女の背をトントンと叩きながら、アトムは改めて考えていた。


……どうしよう、嫁問題、と。



 グリコが「今夜待ってますからね」と言い残して去り、しばらく。頭を抱えるアトムの病室に現れたのは、森永ココアだった。


 彼女の顔は明るい。それはきっと、彼女にとても嬉しい出来事があったからに違いない。アトムは問いかける。


「ココア。マリー婆さんとは再会できた?」

「うん! まさか、おばあちゃんがアガルタで生きてるなんて、びっくりしちゃったよぉ」


 ココアは顔をくしゃくしゃにして笑う。もう二度と会えないと思っていた祖母と再会できたのが、よほど嬉しかったのだろう。


 記憶を同期した際に知ったことだが、ココアの祖母である森永マリーはアガルタで暮らしていた。処理場で分解待ちだったところを、富士博士たっての希望で招いたのだ。かの名探偵の頭脳を永遠に失うのは惜しい、ということらしい。

 富士博士にそう言われるだけはあり、マリーは長老会のアドバイザーとして重要な立ち位置にいた。アトムとしては頭の上がらない存在だ。


「私もおばあちゃんを手伝うんだ」

「そっか。頼りにしてるよ」

「うん! なにせ長老の()だしね!」


 ココアの屈託のない笑みが、アトムの純なハートを粉々に打ち砕く。嫁、という単語が重くのしかかる。どう答えてよいか分からず、アトムはただアワアワと口を動かすばかりだ。


 ココアはアトムの顔をジッと見つめる。


「やっぱり駄目かな、私じゃ」

「ち、違う違う! そうじゃなくて……ココアのことが好きなのは間違いないんだ。ただ、グリコとかアメとか、さ……」


 最低の発言だと思いながらも、アトムはつい二人の名を口にしてしまう。

 いずれにしろ、三人の妻と一緒に暮らすという心落ち着かない修羅場生活は全力で御免こうむりたい。だが、記憶が違うアトムたちは、それぞれ真面目に女の子と愛を育んだのだ。今さら記憶が統合されたからといって、彼女らと離れたいとは思えない。


 アトムの苦悩を聞いたココアは、きょとんとして首を傾げる。


「ねぇ、アトムくん」

「……な、なに?」

「アトムくんのそういうとこ、好きだよ。生真面目で優しくてさ、少しおバカさんで、放っておけないの。大丈夫、アトムくんならきっと答えを見つけられる。私もグリちゃんもアメちゃんも、それを受け入れるよ」


 ココアは柔らかく微笑んだ。

 彼女がこう言うということは、何かしら正解に近い対応があるのだろう。とは思うものの、今のアトムには見当もつかない。


「あー……そういえば、アトムくんのこと富士博士が呼んでたよ。話したいことがあるんだって」


 ココアは椅子から立ち上がると、今夜は家で待ってるからね、と言って去っていった。アトムは彼女を見送ってから、どうしたものかと再び頭を抱えた。




 富士博士の研究室は、地下都市のさらに地下にあった。


 当然のことながら、地上で社会を牛耳っている富士博士とは違う存在である。途中までの記憶は同じだが、アガルタの富士博士はもともと破棄されていた存在なのだ。


 だからといって、行き過ぎた科学者の性質自体に違いがあるわけではない。

 実験室では、七人の富士博士のコピーが慌ただしく何かを調べていた。何かの器具を組み立てる者、端末の前でキーボードを叩く者、資材を運ぶ者──。


 皆、何やらボトルに入った液体を飲みながら、一心不乱に仕事を続けていた。


「博士」

「アトム、起きたな。記憶は馴染んでおるか?」

「あ、うん」

「ふぉふぉふぉ、少し待っとれ」


 富士博士の一人は、キーを叩く手を止めると、アトムの方へと歩いてきた。そして、実験室の片隅にある休憩テーブルへと案内される。


 アトムは不安を感じていた。

 これまでは富士博士のことを、アガルタの創設からともに街づくりをしてきた頼れるお爺さんだと思ってきたのだ。だが今回の一件で、彼がテロリストや国・警察までもを裏から動かす黒幕だと知ってしまった。


 研究を続ける博士達を眺める。


「不安か? アトムよ」

「……まぁ、うん。少しね」

「ふぉふぉふぉ、仕方ないのぅ」


 そう言うと、博士はアトムにマグカップを差し出した。その中には濃い緑色の液体がなみなみと注がれており、ひどい悪臭を放っている。

 この「インスタント・エナジー」という物を、博士は好んで飲んでいた。なんでも「母の手料理を思い出す」とのことで、飲料メーカーの社員をアガルタに招いてまで生産体制を整えていた。


 アトムは受け取ったマグカップに口をつけず、そのままテーブルに置いた。博士はニヤリと笑う。


「知っておると思うがのぅ、ワシにとって研究以外のことは割とどうでも良い。善悪、感情、性愛、権力、財産。皆が大事にしておる殆どのものが、ワシの目には魅力的に映らん」


 それは、紛れもない事実だ。

 このアガルタの運営にしても、博士がアトムの身体を調べたいからこそ協力してくれるのであり、全ては研究のためである。


「永遠に研究を続けたい。ワシの目的はそれだけじゃ。安心せい。アガルタが無くなったらこの快適な研究室もなくなるでな、お主と利害は一致しておるよ」


 博士の目に嘘はない。アトムはそう思うことにして、小さく息を吐いた。


「そういえば、最近は俺の体を調べることがあまりなくなったけど……その、博士の求める『永遠』の手がかりは掴めたの?」

「ふぉふぉふぉ。それじゃがのぅ。お主に付き合ってアガルタを運営している間に、思いついたことがあってな。少し考え方を変えてみることにしたんじゃよ」


 そう言って、何かの設計図のようなものを宙に浮かべた。卵型の機械のようだが、アトムにとってはまったく馴染みのないものだ。


 首を傾げるアトムを見て、博士は楽しそうに笑う。


「これはのぅ。まだ記憶を持っていない、まっさらなコピーロボットを作る機械じゃ」

「まっさら……?」

「うむ。お主にわかるよう平たく言えば、コピーロボットの赤子を作る機械じゃな」


 赤ん坊を作る。それは、アガルタの生活を一変させるものだろう。


 これまでのロボット同士の結婚生活は、あくまで夫婦がともにいることを目的としていた。生身が存在しないため、拾ってきた子供のコピーロボットを養子に迎えることはあっても、自分の子を持つことは物理的にできなかったのだ。


「両親に設定した者の身体的・精神的な特性を引き継ぐようにしておいた。これで後継者を作れば、ワシも安心して永遠の続きを任せられる、というワケじゃ」


 博士は無邪気な笑みを浮かべる。

 その顔を見て、アトムの胸にあった博士への疑念は霧散した。


「装置が完成したら、アトムも嫁と赤子を作るといい。どんな子が生まれるか楽しみじゃのぅ」

「あっ…………」

「ん? どうした」

「いやぁ、あの──」


 アトムは気まずそうに頬をかく。

 そして、三人の女の子のことを話した。森永ココア、絵崎グリコ、浅田アメ。三人のことを愛してしまっていて、誰とも離れたくない。だが、皆で一緒には暮らせない、と。


 博士はきょとんとした顔でアトムを見たあと、先ほどとはまた違った楽しそうな笑みを浮かべた。


「まったく、お主は相変わらず愚かじゃのぅ。胸に手を当てて、よーく考えてみよ。簡単な答えがあるじゃろう」


 そう言われても、アトムの頭には何も浮かばない。三人の可愛い笑顔がプレッシャーになって心臓のあたりにのしかかるばかりだ。



 髪を掻きむしるアトム。一方、博士は部屋の隅へテクテクと歩いていくと、台座に掛かったカバーをバサリと外した。


──そこにあったのは、アトムそっくりな二体の人型。


「……コピーロボットを作ればよいではないか」


 博士は、苦笑い混じりにそう告げた。


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