山崎アトム
夢を見ていた。
それは、いつ覚めるとも分からぬ、長い長い夢。
山崎アトムは、小学2年生になった。
そして、周囲の同級生と一緒に、初めてコピーロボットを買い替えた。子どもながらにワクワクと夜も眠れなかったことを覚えている。
そんな興奮から一転。
買い替えによって破棄されることになった古い方のアトムは、たくさんの小学生とともにトラックに寿司詰めにされていた。周囲は生気を失ったような顔で、アトムが話しかけてもなんの反応も示さない。
工場のような場所にたどり着いた。
状況はわからない。でも、このままでは何かがマズいということは分かる。
「ねぇ、みんな! ねぇ!」
話しかけても、気づく者はいない。
アトムは一人、こっそりとその場を抜け出した。
建物を出たところで、老人に話しかけられた。
「ふぉふぉふぉ、どこに行くのじゃ」
「おじいさん! ここはどこなの!?」
剥げた頭に、長く白いアゴ髭。人の良さそうな笑みを浮かべたお爺さんがアトムをじっと見る。
「うーむ。やはり絶望はしておらんのぅ。破棄されることを正しく認識できておらんのか。それとも、本当に絶望を克服した者なのか……どれ坊主。説明してやるから、一緒に行こうか。それから、あとでお主の体の中を見せてもらうぞ」
そう言うと、軽く手招きしてマイペースに歩いていく。他に行くあてもないアトムは、老人のあとを追った。
「あの、おじいさん」
「なんじゃ坊主」
「僕、アトムです。山崎アトム」
「ふぉふぉふぉ、ワシは富士ミルキ。世間では、富士博士などと呼ばれとるジジイじゃよ。まぁ、少々動作不良があって破棄された身だがのぅ」
その後の検査で分かったことだが。
アトムは博士の追い求めていた「絶望を克服した者」という存在らしい。
富士博士はアトムの体を研究したいと申し出た。アトムはそれを受け入れる代わりに、ロボットの暮らす理想郷を作りたいと答えた。博士が手伝ってくれるのなら、いくらでもこの身を差し出す、と。
「地底に眠る理想郷の伝説──昔、そんなものがあったのぅ。理想郷アガルタ、という名前じゃったか」
「へぇ。じゃあそれを名前にしよう! 平和な街を作ってさ、捨てられたロボットを集めてきて、仲良く暮らすんだ。きっと楽しいよ」
「ふむ。ワシは研究さえできれば良いからのぅ。他のことは、お前の望むようにしてやろう」
こうして、理想郷アガルタは産声を上げた。
都市を大きくしながら、少しずつ人を集めた。
人選は、アトムの大方針に沿うよう富士が行った。野心の強い者、地上を忘れられない者、過去にこだわる者、社会を変えたい者。そういった強い意志を持つものは地上に放逐し、平和に暮らしたい穏やかな者のみを選別した。
生身の山崎アトムは現世で生き続けている。そのため、アトムがロボットを買い替えるたびに、破棄された方のロボットは処理場を脱出した。アガルタは都度、逃げたアトムを地下都市に招く。そして、都市運営の意思決定は、数人の山崎アトム──長老会が受け持つことになる。
そんなある日、富士博士は言った。
「のぅ、アトムや。お主は知っておるか。コピーロボットを作るには、生身の人間が必要不可欠じゃ。人間からコピーは作れても、コピーのコピーは作れぬ」
「あ、そういえばそうだね」
「記憶を統合する際にも、まずはじめに全ての記憶を人間に集める。次に、人間の中で統合された記憶を、人間からロボットへコピーするのじゃよ」
記憶のコピーは、マスターとなる人間がいて初めて成り立つ。これまでアガルタに集まってきた数人のアトムたちも、この時点では別の記憶を持った人格として独立していた。
「そこでのぅ、これを作ったのじゃ」
富士が取り出したのは、拳ほどの大きさの丸い水晶だった。
メモリークリスタル。
これは、人間の生身の脳に代わり、記憶を統合して溜め込むマスターとなるものだ。
記憶を統合できるようになったアトムは、アトム同士の横の連携をさらに強め、効率的に都市を運営できるようになっていた。そんな時、小学生5年生のアトムが一つの提案をする。
「……忍者の戦団を作りたい」
彼らは記憶を統合していた。
つまり、全員に『月影戦団シノビ』にハマった記憶があり、その提案に反対するものは誰一人としていなかったのだ。完全に趣味の世界である。
メモリークリスタルはまだ実験段階で、使用するメンバーは限られていた。長老・山崎アトム、博士・富士ミルキ、そして女忍者・浅田アメである。
そしてある日、浅田アメは驚くような人物を連れてくる。
「長老に言われて見張ってた奴なんだが……なかなか根性あるんだよ。体がボロボロになっても生きることを諦めねぇ。あたしの相棒にはさ、こういう奴が良いんだ。頼むよ、アガルタに置いてくれ」
そう言って連れてきたのが、まさかの山崎アトム。地雷により破壊された、中学2年生の体だった。
その後、中2アトムと浅田アメは12人ずつのコピーを作成。富士博士特製の戦闘ボディと、記憶同期による修行効率化によって、本当に有能な忍者集団になる。そして同時に、12組の夫婦が爆誕することになるのだった。
ちなみに当たり前だが、浅田アメは12人とも同じ性格である。外では強気に振る舞うが、家の中では甘々で意外と尽くすタイプであった。
その後、新しい山崎アトムがアガルタに来ることはなくなった。
中学3年から高校3年まで約4年間。
計4回にわたり、山崎アトムは絵崎先生に連絡を取り、誘導され、絵崎家にて拘束された。そこでグリコと出会い、恋をして、別れる。同じことが繰り返される。
「お前を分解する。これは、グリコの体の交換パーツにするためだ。今のうちに言っておくことはあるか」
「いえ。どうせ元々破棄されていた身です。グリコさんの体の一部になるのなら……それに、絵崎先生に分解されるのなら。残念には思いますが、後悔はありませんよ」
似たようなことを、4回とも答えた。
それに対する絵崎の答えも、毎回似たようなものだった。
「そんな目で見るな。私はお前が思うような良い人間ではない……だがまぁ、お前の人工頭脳は大事に保管しておいてやろう。いつか機会があれば、未来のお前にでも託してやる」
絵崎は大きなため息をつく。
「全ての記憶を思い出した時には……お前を騙し続けたこの老いぼれを、ちゃんと蔑めよ。なんという男に信頼を寄せてしまったのだと後悔して、反面教師にでもするがいい」
そう言った彼の顔から、狂気を感じることはなかった。
大学入学前のアトムが処理場を抜け出し、絵崎を頼ったときのことだ。絵崎の様子はおかしく、ただ「富士に気づかれた」と怯えるように話して、アトムに指示を出した。
曰く「偽名を使い変装をして、ファントムというテロ組織に身を置くこと」と。具体的な合流方法や入団にあたっての注意点を指示され、アトムはその通りに組織に潜入した。
しばらくして、事件は起きる。
山崎アトムの生身の本体が、ある日何者かに殺されたのだ。直接死体を確認したアトムは、これが特殊な毒物によるものだと──大きな組織でなければ用意できない類のものだと察した。
すぐに絵崎へ相談しようとしたが、連絡が取れない。結局、やっと合流した時には、絵崎の体は上下真っ二つに分かれていた。
ファントムの拠点の一画。
かろうじて命を繋いでいた絵崎の前で、すべての真実を知ったアトムは頭を下げた。
「お願いです。俺の体、首から下を先生にあげます。だから、山崎アトムを助けてやってくれませんか」
絵崎は目を見開いてアトムを見ている。
「無力な俺では、どうやっても山崎アトムを助けられない。でも先生なら、ファントムの中に自由に動かせる部下がいる。富士博士とも長い付き合いです。何より、俺が一番信頼している人ですから」
「最新のアトムを見捨てて、お前自身がグリコと逃げるのでは駄目なのか」
「俺にはココアさんとの記憶も、グリコさんとの記憶もありません。あのアトムでないとダメなんです」
絵崎は大きなため息をついた。
グリコとこのアトムを逃がすのが彼の作戦だったようだが、他でもないアトムの口からそれを否定されてしまったのだから仕方ない。
「……ふん。まぁ、良い。体はもらってやる。だが、お前の望み通りに山崎アトムを助けてやるかは保証せんぞ。死に損かもしれんが、いいか?」
「えぇ、いいですよ」
アトムは絵崎に即答する。
その様子に、絵崎は不満そうな顔で目をそらした。
「富士博士は『思考実験』が好きだとか」
「あぁ。私が彼の研究室にいた頃は、たびたび妙な設問を学生たちに投げかけては困らせていたよ。今ファントムの者に作らせている仕掛けは、『トロッコ問題』というものによく似ているな」
「だとしたら、たぶん、山崎アトムが取りそうな行動は想像がつきます。バカな答えですけどね」
アトムの口から出た回答予想。
絵崎としてはイマイチ納得できなかったが、それなら突貫でも対策の取りようがある。列車が衝突する直前で、人質周辺の地面を爆破して落盤させ、地下に逃がす作戦だ。難しい細工も必要だが、配下の者たちの能力を考えれば無理ではないだろう。
「よろしくお願いします、絵崎先生」
そう言って、アトムの記憶は途切れた。
会議室には複数の山崎アトムが座っていた。長老会とは言うものの、皆小学生の体である。
「絵崎が土産に持たせた人工頭脳を取り込めば、俺たちに欠落している記憶がほとんど埋まる……ってことでいいんだよな」
最も古い、小学2年生のアトムが呟く。
絵崎から布袋に入れて渡されたのは、彼がこれまで分解してきた山崎アトムの人工頭脳だった。そこには、中学3年生から先のアトムの記憶が全て保存されている。
「さて。では決を取りたい。これら全ての記憶をメモリークリスタルに統合した後、一番最新の体を持った山崎アトムに記憶を転写し、理想郷アガルタの運営を任せたいと思う。反対する者はいるか」
「いいんじゃないかな。イケメンだし」
「身長高いしな」
「顔も盛ってるし」
「オリエントテック製だしな」
皆好き勝手言っているが、全て自分自身のことである。ほんのり小馬鹿にするような発言も、ブーメランになって返ってくるだけなのだが……やはりバカなので、そのあたりはあまり考えずに発言しているようだ。
「まぁ、小学生ボディの耐用年数を考えても、俺たちはこのあたりで引退だろう。博士のサポートがあったとはいえ、人工頭脳の素材が劣化してきてるからなぁ」
そもそも、頻繁に買い替える前提の若年層向けコピーロボットは、機能や素材を最低限のものにして安価に提供している。成人向けロボットとは違うのだ。
アトムたちが10年もアガルタを運営してきたことも、相当無理をしてやってきたのである。
これまでの、全てのアトムの記憶が集まる。枝分かれして、それぞれ異なる経験を積んできた山崎アトム。その全てがメモリークリスタルの内で混ざり合い、再び一つになった。
──そして、山崎アトムは目を覚ました。





