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 山崎アトムは、黒い忍び装束に身を包んでいた。隣を走るのは同じく黒い衣装を着た女忍者、浅田アメだった。そして、彼らの周囲には、色とりどりの忍者集団が並走している。


「なぁ、アメ」


 アトムがそう言うと、カラフルな女忍者()()がアトムの方を振り返る。隠されていない目元、ちょっとした仕草、小柄な体躯──その全てがまったく同じに見える。


 実は、女忍者は全員、浅田アメのコピーであった。


「コードネームで呼ばないと、全員反応するぜ」

「わ、分かったよ……黒月」

「まぁ、戦闘は月影に任せておけよ、アト厶」


 アトム。

 彼女がそう呼ぶと、今度は男忍者()()が振り返った。


 彼らもまた、まったく同じ存在。

 山崎アトムのコピーだ。


「本当だ。コードネーム、必要だな」

「い、今のはうっかりだ。こういうことになるから、まぁ気をつけろよな」


 そう言って、浅田アメ──黒月は、照れたように頬をかいた。

 詰まるところ、このカラフル忍者集団の半分は浅田アメのコピーであり、残りの半分は山崎アトムのコピーなのだ。




 中学2年生のある日。

 家出をした山崎アトムのコピーは、疲れ果てた本体を背負って山道を歩いていた。彼とて疲労は溜まっていたが、本体に無理をさせるわけにもいかない。


 そして、地雷を踏んだ。

 白い光とともに、背負っていた本体は離れた場所に飛ぶ。見たところ、気を失っている様子だ。


 無事を確認したいが、彼には片足がなかった。這うようにして、ズリズリと本体のもとに向かう。


 するとそこへ、テロ組織スペクターの者が現れた。

 拠点防御のための地雷が爆発したのだから、確認に来るのはある意味当たり前のことと言えた。


『警察が来るかもしれん。引き上げるぞ』

『あのガキはどうする』

『捨て置け』

『あのロボットは、部品取れるか』

『そうだな。拠点を引き払うときに、時間があれば持っていくぞ。今はとにかく急げ』


 そんな会話を聞いたアトムは焦った。

 本体はすぐにでも病院に運ぶ必要がある。それに、この体をテロリストどもに奪われたくはない。


 アトムは左手首の文字盤をタップし、出てきた連絡先をろくに見ずにタップする。誰でもいい、繋がってくれと祈った。


『山崎アトムか。久しぶりじゃな』

『絵崎先生! 今すぐこの場所に救援を』

『どういうことじゃ。それにその体……お前、その破損率で絶望しておらんのか……?』

『そんなことはいいんです。近くにテロリストもいる。本体は意識をなくしています。警察と救急をこの場所に、今すぐ』

『わ、分かった』


 位置情報をこの場に残すため、アトムは取れかけていた左腕を容赦なく千切った。


 そして、片手と片足で地面を這うと、近くの茂みに身を隠したのだ。テロリストにこの体を再利用されるなど、冗談ではない。


『あんた、やるじゃない』

『……忍者?』

『うぐっ……この服装は、長老の趣味なんだ。あんまりジロジロ見んな。けっこう恥ずかしいんだってば』


 アトムのもとに現れたのは、一人の女忍者だった。

 なんとなく、昔ハマった『月影戦団シノビ』のコスプレに見えて、緊張がフッと抜けるのを感じた。チラリと見える太ももが眩しい。


『あたしは浅田アメ。アガルタに入ったのは最近だし、今回のが初任務なんだけどさ……気に入った。あたしが口をきいてやるから、アガルタにおいでよ』


 そうして、中学2年生のアトムはアガルタに入った。アメとコンビを組み、二人をコピーした忍者部隊を率いてアガルタのために働くことになったのだった。




 総勢24名のカラフル忍者集団・月影──12組の男女が、散開しながらファントムの拠点を探る。一方、黒装束に身を包んだアトムは、地下鉄の地図を見ながら今後の動き方を考えていた。


「ファントムには俺たちの動きが」

「あぁ。バレてるだろうな。ここは小手先の技で潜入できるような拠点じゃねぇよ。でもまぁ、月影を使って逃走ルートだけでも確保しておかねーとな。あんたの嫁二人を確保したら、全力で逃げるぞ」


 そう言って、空間に投影した立体地図に印をつけていく。

 月影の働きにより順調に埋まっていく地図情報だが、一方で浅田アメは不満そうだ。


「あのさ……あたしは12人もコピーがいて。それでも、山崎アトム以外に体を許したことがねーの。全員漏れなくあんたの嫁なんだ」


 そう言って、彼女はそっぽを向きながらアトムの装束を掴む。


「13人目として作られたあたしも、当然あんた以外の嫁になる気はねーのにさ。なんであんたは、他に二人も嫁がいるんだよ……いや、理屈はわかってんだけどよー」


 そう言って、グイグイとアトムの装束を引っ張る。アトムは何も言えずに苦笑いを浮かべることしかできないが、アメに対して悪い感情は持てずにいた。


 アメは「うがー」と言って頭を抱え、その場にうずくまる。


「全部終わったら、ちゃんとあたしの旦那になれよ。じゃなきゃ、この体のハジメテだってあげないからな。ちょん切るぞ。絶対だぞ」


 涙目でアトムににじり寄るアメに、今はただ生返事を返すことしかできなかった。




 老人の声が響いたのは、月影による探索がちょうど終わった時だった。


『こちらも準備ができたぞ、山崎アトム。どうだ、少し話がしたいんじゃが。一人でこっちに来てくれんか』


 富士博士。コピーロボットをこの世に生み出し、社会を表裏両面から牛耳る男。すべての事件の元凶。


『護衛を連れてきてもいいがなぁ。忘れてはいないだろうが、こちらには人質が二人いるんだ。お前が言うとおりにしない場合、どちらかの無事は保証せんよ』

「分かった、一人で行こう」


 アトムはアメに目配せをし、単身歩いていく。

 もとより無謀な特攻だ。作戦とも呼べない正面突破。人質がいる以上、今は相手の言葉に従いながら隙を探るしかないだろう。



 暗い道をいく。

 思えば、遠くまで来たものだ。


 ほんの少し前までは、何も知らずに大学生をやっていたのだ。親元を離れて自由を得て、恋人の胸元に鼻の下を伸ばし、勉強をして、バイトをして、ゲームで遊んで。きっと大学生を卒業する頃には「もっとしっかりやっときゃよかった」なんて後悔するのだろうと、そう思いながら。


『山崎アトム。君の夢はなんじゃ』

「……学校の先生に。絵崎先生みたいな先生になりたいって、ずっと思ってきた。今も思ってる」

『絵崎。はっはっは、絵崎か。あの狂人に騙されてもなお、それが夢だと言えるのか……お主は愚かじゃのぅ』

「あぁ、俺はバカなんだ」


 確かに騙されていたのだろう。

 それでも、あの頃のどん底のアトムを救ってくれたのは絵崎だった。それだけは、紛れもない事実だ。


『じゃが、絵崎か。奴も余計なことをしてくれた。山崎アトムを手に入れるチャンスは何度もあったというのに……奴が変な手を回したせいで全て台無しだ』

「…………え?」

『お主が警察に捕まるか、ファントムの仲間になるか。どちらのパターンでも、山崎アトムはワシのものになるはずだったんじゃがなぁ……普段はわりと有能なのにのう。娘が絡むと、ときおり狂ったような言動をするから、困ったものじゃ』


 その言葉を聞いて、アトムの頭に一つの考えが頭をよぎった。


──果たして、絵崎先生は本当に敵だったのか。


 普通に考えれば、敵だ。

 過去のアトムは何度も絵崎に分解され、グリコを補修するための材料にさせられた。優しい言葉もアトムをおびき寄せるためであったし、実際狂ったような顔で破壊されそうにもなった。


 だが、本当にそれだけだったのか。

 仮に、富士博士からアトムを遠ざける意図があったのだとしたら……。


『さぁ、その階段を上がって来なさい』


 アトムは無言のまま、その指示に従った。




 階段を登ると、そこには何本もの線路が走っていた。

 前方には古い列車が停まっており、ガタガタとエンジン音を立てている。ずいぶん古い型だが、今すぐにも走り出せそうだ。


『山崎アトム。さっそくじゃが、少し実験に付き合ってもらおう。お主には、絶望に関する実験をいくつか行うつもりだ。追い込まれた状況で、想定通りの精神強度を持っているのか確かめねばならんからのぅ』


 冷たい声だった。

 人を人として見ていない。あくまで実験対象を観察する者としての理性的な態度。それは科学者としては決して間違っていない。だからこそ、途方もない救いのなさを孕んでいた。


『列車には多量の爆薬が積んである。このまま列車が進んでいけば、首都の直下で爆発を起こすじゃろう。大量の死者が出て、街には絶望したコピーロボットが溢れかえる……まぁ、どこぞのテロ組織の事件として処理するつもりじゃ。阿鼻叫喚の映像は、あとでたっぷりと見せてやるぞい』


 悪意を載せて走る爆弾列車。

 目の前の古い車両が、急に禍々しいものに見えてくる。


 アトムはゴクリと唾を飲んだ。


『さて、お主の目の前にはレバーがある。それを倒せば、列車の進行方向を切り替えることができる。大勢を救うことができて、お主は英雄になるじゃろうな』

「それは…………?」


 目の前のレバーを見つめる。

 これを倒せば、列車は違う線路へと侵入する。大量の死者を出すテロ事件は、未然に防ぐことができるだろう。


 だが、それだけではないはずだ。

 アトムは宙を睨みつけた。


『察しておるとおり、それだけでは終わらない。進行方向を切り替えた先には、誰がいると思う?』


 その言葉に、アトムは振り返る。


 線路の分岐した先。

 遠くに見える行き止まりの壁には、二人の女性が鎖で固定されていた。


──森永ココアと絵崎グリコ。


『さぁて……。大勢を見捨てるのか。愛する二人を見捨てるのか。どちらに転んでも、まだ実験は続くがなぁ……くくく。お主の絶望を見せておくれ』


 考える時間は一切与えられぬまま。

 無情にも、列車はゆっくりと動き始めた。

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