表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

希望の価値

 ロボット権利団体ファントムの拠点は、旧時代の地下鉄道網を利用して作られている。薄暗く、一度迷えば生きては出られない迷宮のような場所だ。


 その奥底で、富士博士は二人の女を前に声を荒らげていた。


「無能、無能、無能! まったく世の中、無能ばかりじゃのぅ。警察もファントムも、使えぬ奴らしかおらん。山崎アトムの存在の重要性を! 理解できるやつはおらんのか……!」


 そう言って机を叩く。

 周囲の者は、博士の八つ当たりが恐ろしいのか微動だにしない。博士の苛立ちの矛先は、縄で縛られた女二人に向かう。


「貴様らのせいで山崎アトムを取り逃がした……。これは大変なことじゃぞ。お主らにはわからんじゃろうがな」


 森永ココアと絵崎グリコには、山崎アトムを捕える餌という重要な役割があるのだ。そのため、現在は全身をくまなく修復されており、傷ひとつ負っていない。絶望装置も無効化されていた。


 ココアは考える。


 富士博士の行動の意味。

 彼にとっての山崎アトムの価値を。


「富士博士。あなたの研究の話を教えてくれませんか」


 今は一つでも情報がほしい。

 そう思い、ココアは博士に話しかけた。


「貴方の言うとおり、私たちは山崎アトムの重要性を理解していない。貴方の邪魔をしてしまった。それは、私たちの無知・不勉強からくるもの……教えて下さい、私たちに。あなたの研究の素晴らしさを」

「はっ。立派な建前じゃな……まぁ良い。アトムが来るまで暇じゃしな。ついて来い」


 博士は面倒くさそうに立ち上がる。

 ファントムの構成員が、ココアとグリコを縛る縄を持つ。


「ねぇココアさん。アトムさんは……やはり、来てしまうでしょうか」

「そうだね、グリコちゃん。来ちゃうんだろうなぁ。アトムくん優しいからね」

「わたくしオバチャンですのに」

「私なんて男だよ……はぁ」


 話しながら暗い地下道を通る。

 二人が話すのをやめれば、あたりには数人の足音が響くだけだ。



……薄暗いの部屋には、たくさんの人影が横たわっていた。


 壁面のライトにより、それらの人影の顔はかろうじて判別できる。だが、それらは表情をピクリとも動かさず、ただ虚空を見つめて呼吸をするのみだった。


 端的に言えば、廃人。


「どうじゃ。この状態、絵崎の娘には身に覚えがあるんじゃないかね。答えてみよ」

「……絶望。この人たちは、タナトス・デバイスが働いて絶望していた時のわたくしと、同じような状態に思えますわ」

「うむ。まずは良いじゃろう」


 そして、博士は地面に横たわる一人の男の前で足を止める。

 博士はココアの方を向く。


「森永の孫よ。お主、この男に見覚えは?」

「彼は……宇梶前総理大臣……ですか」

「そうじゃな。テロリストに屈し、要求を飲もうとして国家に消された悲劇の大臣……という風に、表向きはなっておるがのぅ」


 そして、横たわる彼らを通り過ぎ、博士は研究机に座る。素早い手付きで端末を操作すると、空間にいくつかのレポートを浮かべた。



 宇梶前総理は、疲れていた。

 揚げ足取りの野党やマスコミを躱しながら、国家のためにと働く日々。これだけ苦労しているのだから、多少の贅沢をしても良いだろうと女遊びをすれば、またたく間に週刊誌に叩かれる。国家の奴隷と言っても良い。

 妻との関係は冷え切り、子供たちとはもう何年も言葉を交わしていない。


 既に楽園のメンバーになっていた宇梶にとって、死とはもう克服済みのものであった。衰えた本体の先は短いだろうが、ロボットの体は永遠に生き続けられるだろう。


 だからこそ、耐えられなかった。


『表向き、私は死んだということにして……引退して、どこかで永遠の余生を過ごせないものか』


 楽園の管理者、富士博士に相談したのだった。



「ファントムと警察を動かし、人々の同情心を誘うエピソードで退場させたのじゃ。この男もさぞ満足だったじゃろう」


 その話は、ファントムでも限られたものにしか知られていない。当然、グリコも初めて聞いたことだ。


「その後、宇梶は贅の限りを尽くした。目をつけた女がロボットを買い替えると、古い方の体を回収して手篭めにした。自身はコピーロボットを最大で──80体ほど作ったかのぅ。毎日毎日女を犯し、料理を貪り食った。ワシは最大限協力したよ。もちろん、ワシ自身の研究のために、な」


 面白みの欠片もなさそうな顔で、博士は続ける。

 ココアは努めて平静を装う。隣のグリコもまた、表情を固くしていた。


「4か月。きっかりそれだけで、この男は壊れた。毎日毎日、何十人もの自分が女を犯し続ける記憶が頭に入ってきた結果……宇梶の生身の本体は衰弱死し、コピーロボットの方もこの通り、廃人になってしもうた」


 博士はカタカタと端末をいじる。

 宇梶だけでない、複数の人物のデータが空間に浮かぶ。それは、見るもおぞましい記憶の数々だった。


「ワシはコピーロボットが廃人になる条件を探していた……見よ。廃人になるまでの期間や寿命、本体の状態、記憶同期負荷、性交回数、満足度の変化、様々なパラメータをあらゆる可能性でもって調べた」


 膨大なパターンの仮説。データは散布図やグラフにプロットされ、様々な観点から分析されているようだった。

 ぽかんとするグリコの横で、ココアはそのデータの意味を正確に理解してしまったがために……ここで行われていた実験の凄惨さを想像し、吐き気をもようしていた。


「結局、分かったのは……人は永遠のロボットになったとしても、いつか必ず絶望する。欲が全く満たされなくても、逆に全てが満たされても、どちらでも変わらず死に急いでゆく。必ず終わりが来るのじゃよ……人類最高峰の頭脳を持つこのワシですらなぁ」


 ココアやグリコにとっては、ある意味当たり前に感じることであった。しかし、博士にとってはよほど衝撃的なことだったのだろう。疲れたように脱力し、俯いてしまった。


「完璧なロボット……永遠の命を持った完璧なコピーロボットを実現する。その夢は幻だったのか。ワシは諦めつつあったのじゃ」


 富士博士は顔を上げる。


「山崎アトムを見つけるまではのぅ」


──その顔に、満面の笑みが浮かんでいた。


 狂ったように高笑いをする老人。

 ココアは背筋に寒気を感じながら、グリコの手を握る。彼女の手もまた、ブルブルと怖がっているように震えていた。


「山崎アトムは()()()()()男なのじゃよ。理由は分からぬ。じゃが、絶望装置に何も手を加えなくても、自然体で絶望することがない……こやつなら、肉体的な死は乗り越えられなくとも、精神的な死を乗り越えることは可能じゃろうな」


 ココアは静かに納得していた。

 アトムはロボット交換のたび、処理場を抜け出していた。しかし、絶望装置の無効化手術を毎回受けているようには、どうしても思えなかったのだ。



 その時、館内に警報が鳴った。


『富士博士。侵入者です』

「来たか。映像を送れ」

『はっ。ただいま』


 侵入者の姿が空間に投影される。


──そこにいたのは、カラフルな忍び装束に身を包んだ忍者の集団だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ