夜の海を往く
大勢の人影が森永家を取り囲んでいた。
服装からしてテロ組織ファントムの構成員だろう。家の周辺に爆発物を仕掛け、外壁の破壊とともに一斉に突入しようとしているようだ。
リーダーらしき者が手を振ると、轟音が響く。
モクモクと煙が上がるが──外壁は表面が剥がれた程度。壁の中から現れた合金の壁は、ビクともしない。ファントムに動揺が走る。
そしてそこに、今度は武装した警察の集団がなだれ込んできた。
テロリストは次々と拘束されていく。一方で、警察もまた森永家に入り込もうと試行錯誤しているようだった。
『二つの反社会組織、ファントムとスペクターの抗争が激化しています。山崎アトムの潜伏先は現在強固に守られており、警察はテロリストの逮捕および山崎アトムの確保に全力をあげています』
そんなニュースを見ながら、アトム、ココア、ベイクの三人はこれからのことを相談していた。
「……すっかり巻き込んじゃったな」
「いいんだよ。時間の問題だったんだから」
「だな。それに、本当に巻き込まれてるのは、一切関係ないのに矢面に立たされてる『スペクター』だろう。もうほとんど組織としての体をなしてないが、名前だけが独り歩きしているな」
三人が話しているのは、海の上。ベイクの所有するクルーザーの中だった。もう何時間も前に、家の地下から下水道を抜け、川で船に乗り込んでいたのだ。
絵崎グリコは長椅子に横たえられている。船内には他に人影はない。
ニュースでは、リポーターの実況中継が続いている。
『警察が重機を持ってきました。これから家の外壁を破壊するようで……あっ! な、なんと、大変です。建物付近の地面が崩れましました。重機が巻き込まれ、立ち往生しています。捜査員は無事でしょうか──』
崩壊した地面の上で、斜めになった重機が映し出される。この状態では進むのも戻るのも難しく、森永家へと突入するにはもう少し時間がかかりそうだ。
「思ったより足止めできそうだな」
ベイクは今回、警察やテロリストによる襲撃の可能性がかなり高いと予想していた。
家の仕掛け自体はアトムを匿う前から仕込んでいたものだが、ニュースが流れて警察の行動に「世間的な大義名分」が出来た時点で逃走する決断をした。
襲撃者をあの家で足止めしている間に、海を経由して目的地まで向かうつもりなのだ。
三人が着ているのは藍色のつなぎ。これはスタンガンへの耐性はもちろんのこと、防刃・防弾にも優れた服らしい。最低限の装備品もバックパックに詰め込まれているから、船から脱出する時にもこれを持ち出すだけだ。
ココアは立ち上がり、ベイクとアトムの顔を見る。
「確認するね、アトムくん。今回合流するのは【理想郷アガルタ】という組織。残念ながら組織の詳細は把握できなかったけど、だからこそある意味で安心できるとも言えるかも。今はこれ以外のどこの組織を頼っても【警察】の手が回るから、選択肢はないも同然だしね。それから【ファントム】については動きが読めない……少なくとも、味方でないのは確かだけど」
つまり、一番の敵は警察。ファントムにも気をつけながら、アガルタという組織に合流するのが今回の行動目的だ。
前方に街の灯りが見えてきた。
もうしばらく進めば陸地にたどり着くだろう。
するとそこで、レーダーを確認していたアトムは、前方および左右からかなりの数の船影が近づいてくることを確認した。操舵中のベイクに報告し、指示をあおぐ。もちろん、味方である可能性も否定は出来ないが。
「まぁ、敵だろうな」
「どうします? ベイクさん」
「どうこうもないさ。大丈夫だ」
そう言って真っ直ぐ進んで行く。
このまま行けば、前方の船団に正面からぶつかってしまうだろう。
一方のココアは、船の戸締まりを確認し始めた。窓やドア、空気穴に至るまで、確認しながら閉めていく。そして、長椅子に横たわるグリコをベルトで固定した。
「準備完了だよ、お兄ちゃん」
「了解。デルフィーノ、潜航開始」
デルフィーノというのはこの船の名前らしい。
ベイクがレバーを引くと同時に、窓の外の景色が変わりはじめる。船はどんどん海中に沈んでいき、やがて窓の底には暗い海中のみが見えるようになった。
海上・海中両用の船。
話に聞いたことはあったが、実物に乗るのは初めてだ。
「なんというか、船が壊れて水が入ってきたらと思うとゾッとするな……ココアは大丈夫そうに見えるけど」
「できれば使いたくないけどね。安全性は二重三重に確保してるのを知ってるから、そこまでの危惧はないかな」
ココアは隣に座り、アトムの手を握った。
無知は恐怖を倍増させる。この船に施されている安全対策をひとつひとつ説明しながら、彼女はアトムの手をギュッギュッと握り、少しだけじゃれついてくる。
「私ね……。できれば、昼間の明るい時間に潜りたかったなぁ。もっと海の綺麗な場所でね。素敵なんだよ、魚が泳いてるのがたっくさん見えて……こんな暗い海じゃなくてさ。そういうのを、アトムくんと一緒に見たかったんだ」
そう言って、俯きながら体を寄せてくる。
アトムは彼女の頭を軽く撫でた。
「見よう。逃げ切って、落ち着いたらさ」
「………………うん」
「ずっと一緒、なんだろ?」
「ふふ。うん。そうだね」
ベイクに気取られないよう、二人はこっそりと唇を重ねる。
船は前方をライトで照らしながら真っ直ぐ進んでいった。
船が浮上すると、ベイクは背伸びをして肩をコキリと鳴らした。海中の運転は、傍から見るよりずいぶんと集中力を要するらしい。
暗い港に到着する。アトムとココアはバックパックを背負い、ベイクは絵崎グリコを背負った。顔を見合わせ、船を出る。
このあとは、付近の山にあるVTOL機──垂直離着陸機をベイクが操縦し、合流地点まで空の旅をする予定だ。足早に港を駆け抜け──。
ガシャン。
大きな音とともに、眩しいライトが三人を照らした。
「そこまでだ。山崎アトム。森永兄妹」
たくさんのライト、そして人影。
アトムたちからは逆光になって相手の姿形はしっかり見えない。ただ、話しかけてきた声には聞き覚えがあった。生真面目そうな女性の声。
「大人しく投降してくれ。君たちを傷つけるのは本意ではない」
何度か森永家を訪れた、古田チョコ刑事だ。
しかも、彼女の後ろにいる者のシルエットを見れば、警察の捜査員とファントムの構成員が入り混じっているようである。彼女は一人、こちらにスタンガンを向け歩いてくる。
ベイクは背中から絵崎グリコを下ろし、地面に横たえた。そしてアトムの後ろに回ると、その頭にスタンガンを当てる。
「動くな。近寄れば、山崎アトムを破壊する」
「っ!?」
「警察は、山崎アトムを破壊せずに捕縛したいんだろう。そういう指示が出ているはずだ」
ベイクの言葉に、古田の歩みが止まる。
「なぁ、古田刑事。少し話をしよう。貴女は納得していないんだろう……なぜ正義のはずの警察が、無実の山崎アトムを追うのか。なぜ、テロ組織ファントムなどと協力する羽目になっているのか」
古田は油断こそしていないが、動揺している様子だ。トップの意思は、必ずしも組織の下まで行き届いているわけではないのだろう。
「話をしよう、古田さん。山崎アトムを捕らえ、我々兄妹を処分するのは……真実を知ったあとでも遅くはない。そうだろう?」
ベイクはそう言って、愉快そうに肩を揺らした。





