第九十八話 不器用な愛 ②
龍斗はその光景を見ながら数日前の事を思い出していた。
それはサトルの家での事。
龍斗は寅とシルフを引っ付けるために動いていた。
「寅さん、あんたシルフをどう思う?」
龍斗は心の中では口を三日月型にし、表面上では真面目な顔で問いかけた。
「ど、どうと言われても俺なんかに彼女が振り向くはずないだろう。」
寅は真っ赤な顔になり龍斗に答える。
しかし、その態度だけで龍斗にとっては十分な反応だった。
「そうか、彼女は魅力的だからな。外に出るようになればいくらでも言い寄る相手がいるだろう。」
そう言って龍斗は一瞬寅の顔色を窺う。
隠しているつもりなのだろうが、寅の表情から今どんな気持ちなのかは手に取るように伝わってくる。
「しかし、魔力の籠った美味い食材を手に入れてこられる相手は滅多にいないだろうな。」
その言葉を聞いて寅は目線を龍斗へと向けた。
「まあ、気が向いたら言ってくれ。俺も協力するから。」
そう言ってその日は分かれた。
そして二日ったった今、寅は無謀にも一人でドラゴンに挑みに走った。
それは何を置いてもシルフの為。
そして彼女の笑顔が見たいという自分の強い望みの為。
寅はこんな事でしか相手に気持ちを伝えられない不器用な男だった。
そして今、その男はドラゴンのブレスに飲み込まれた。
龍斗は後悔した。
もっと気を配ってやるべきだったのだ。
この不器用な男ならばこうなる可能性は十分にあった。
しかしその時、ドラゴンのブレスが割れた。
そしてそこには、寅の盾になるようにシルフは両手を広げ寅の前に立っている。
シルフは風のシールドを張っているためブレスは届いていない。
しかしその足元には瀕死の寅が地面に倒れていた。
寅は身体中から血を流し何もしなければ命が尽きるのは時間の問題だろう。
シルフはシールドを張ったまま寅に近づきその手に抱きかかえる。
そして、何か緑色の液体が入った瓶を取り出して自らの口に含む。
そのままその液体を寅に口移しで飲ませた。
その途端に寅の体には劇的な変化が起きる。
体の傷は治り腕も再生した。
そして、意識を取り戻した寅はシルフの顔が目の前にある事に驚愕し、キスをされている事に混乱する。
寅の思考はいま驚愕と混乱の末に停止した。
そして、シルフが口を離した時、彼女の瞳から涙が流れる。
「馬鹿、こんな事して。死んだらどうするのよ。」
彼女は泣きながら叫んで寅の胸に顔をうずめた。
寅は思考が鈍った頭でその声に答える。
「君に、笑ってほしかったんだ。」
それを聞いて彼女は寅の顔を見上げた。
「どうして?」
シルフはとっさに涙を浮かべた瞳で聞き返した。
「好きな人に笑ってほしかったんだ。愛する人のために何かしたかった。」
寅はそこまで言うと思考がハッキリしてきたのか突然焦り始める。
「あ、今俺なんか不味いこと言ったか。すまない忘れてくれ。」
そう言って視線をあちらこちらへ向ける。
「いいえ、あなたは今とても美味しい事を言ったわよ。」
シルフはその姿を見てやっと笑顔を取り戻した。
ちなみに、二人の目の前ではシールドを破ろうとドラゴンは奮闘中だ。
龍斗はこっそり部屋から出て二人を見守っている。
そして、シルフは覚悟を決めて寅へと気持ちを伝えた。
「私もあなたが好き。」
そう言って寅の目を見る。
しかしすぐに逸らしてしまった。
「最初は美味しいご飯を作ってくれる人でご飯の添え物くらいにしか考えていなかったの。」
そして、俯きながら寅へと答えた。
「でも、今は貴方がメインディッシュよりも大事な存在に感じるの。」
今度は寅へと力強い目を向けた。
「だから、これからも私の傍でご飯を作って。私の傍にいて。」
そう言ってシルフは寅へと勢いよく抱き着いた。
松はそれを聞いてシルフへと答えを返す。
「シルフ、ご飯の箸休めに添え物は欠かせない物だ。俺は君が望むなら添え物のガリでもいい。でも、これからも長い時間を生きる君と違って俺の賞味期限は100年もない。それでも俺と共に人生を歩いてくれるか?」
そして、寅はシルフを抱き返した。
それを聞いてシルフはある提案を持ちかけた。
「私と魂の契約をしましょう。」
シルフは寅を見上げながら言った。
その顔には覚悟が見て取れる。
「魂の契約とは初めて聞くがどんな物なのだ?」
「魂の契約は私があなたに力を貸す代わりにあなたが死んだら、その魂が私の物になるの。でも、悪魔みたいに食べるとかではなくて私の下で精霊に生まれ変わるの。あなたが望めば受肉もできるわ。」
「そんな事して君は大丈夫なのか?」
寅は自分の事よりも彼女を心配し問いかけた。
「一時的にたくさん魔力を消耗するけどあなたの料理を食べれば数日で回復するわ。これからもずっと作ってくれるんでしょ。」
そう言って笑いかける。
寅はその笑顔を見て迷いなく頷いた。
「契約しよう。俺の思いは一生を使っても伝えきる自信がない。」
それを聞いてシルフは立ち上がる。
それに続いて寅も立ち上がった。
それを見てシルフは寅の正面に立ち腰へと手を回す。
「あなたも私を軽く抱きしめて。」
寅は言われるままに彼女を抱きしめた。
2人は互いの体温を確かめるように体を密着させる。
「それじゃあ始めるわよ。」
その言葉の直後、彼女の体からは途轍もない魔力が立ち上る。
寅はその魔力の衝撃に飛ばされない様にさらに彼女を強く抱きしめた。
「私の言葉の後に誓いを口にして。」
そう言うとシルフは寅の目を見てから言葉を紡ぐ。
「私、風の最上位精霊シルフは寅と共に歩み、彼が道を踏み外さない限り力を貸し与える事を誓います。」
シルフは言い終わると寅へ頷く。
「俺、寅は生ある限り彼女と共に歩み、この生を終えようとも彼女が望む限りともい歩むことを誓う。」
言い終えるとシルフは目を閉じて寅へと顎を上げてキスを求める。
そして、寅は顔を赤くしながらもそれに答えて自分も目を閉じでキスをした。
すると二人の間に目に見えない繋がりが出来る。
そして、寅が目を開けた時にはシルフも目を開け、顔を赤くして寅を見つめていた。
その顔には昨日からの落ち込みも、先ほどの悲しみの顔も見られず、ただ幸せそうに微笑んでいた。
そんな二人に、横から声が掛かる。
「そろそろいいか?」
((!!!))
その声の主はもちろん龍斗である。
彼は部屋の外からずっと成り行きを見守っていた。
当然その間もドラゴンの攻撃は続いており振動が部屋を揺らす。
はたから見ていると愛を語り合う二人に攻撃を続けるドラゴン。
あまりにもドラゴンに可哀そうな状況であった。
今もドラゴンは攻撃を続けているが、それを気にせず見つめ合う二人にとうとう我慢が出来なくなってしまい二人に声をかけたのだ。
「りゅ、龍斗さんいつから見てました?」
「寅さんがブレスに呑まれた所から。」
龍斗はにやけながら答える。
「それを聞いて二人は真っ赤な顔になり、視線を逸らす。」
その間にもドラゴンは暴れまわり龍斗も攻撃をかわしている。
「それよりも、そろそろ此奴を始末しないか?」
龍斗は先ほどの後悔がバカバカしくなりながら二人をジト目で見た。
それを聞いてシルフが声をかける。
「それなら私たちに任してください。」
そして、シルフは寅へと顔を向けた。
「私が力をかします。あのドラゴンを一緒に倒しましょう。」
「分かった。君を信じるよ。」
寅は足元に転がる剣を拾い、その柄を握り締める。
するとシルフが手をかざし、寅へと力を注いだ。
すると、剣が魔剣のように風を纏う。
寅はその剣を両手持ちで正眼に構えドラゴンへと体を向けた。
「寅さん。結界を解くのでタイミングを合わせてください。」
そしてシルフも片手をドラゴンへと向ける。
ドラゴンは距離を取り最後の力を振り絞って残りの魔力をブレスにして吐き出した。
その瞬間に結界は消え、寅は剣を振り上げブレスに向かって振り下ろす。
するとブレスに向かって剣から衝撃波が飛び出しブレスを切り裂いていく。
ドラゴンはその光景を目の前にして躱そうとするがそれはすでに遅かった。
その衝撃波はドラゴンに当たるとを抵抗無く、縦に一瞬で切り裂いていく。
そして、ドラゴンはその巨大な生命力を生かす事も出来ずに死亡した。
ドラゴンはドロップ品として魔石と殆どの肉体を残した。
それを見てシルフ以外の二人は驚愕する。
相手はストームドラゴンである。
そのため風属性には高い耐性を持っているはずだった。
しかし、その耐性を感じさせない威力をもってドラゴンを切り裂き止めまで刺したのだ。
だが、これで目の前の危機は去りドラゴンの肉をもって家に帰れる。
シルフは寅に近より腕をからめる。
「今日はドラゴン尽くしですか?」
シルフはドラゴン料理を夢見て寅に問いかけた。
「すまない、ドラゴンはすぐには食べられないのだ。此奴らは熟成させて初めて食べられるようになる。」
それを聞いてシルフは地面に手をついて項垂れる。
「まあ、俺のスキルを駆使すれば明日の夜には食えるようになるかな。」
それを聞くとシルフは勢い良く立ち上がり寅に抱き着いた
「頑張ってくださいんね。期待してますから。」
先程の落ち込みようが嘘のように、嬉しそうに寅へ笑顔を向ける。
その時、龍斗は寅へと声をかけた。
「寅さん。ところで、料理に使わない所はあるか?」
「そうだな、内臓がいくつか位だが今回は心配をかけたからな。肉と心臓以外なら好きな部位を持って行ってもいいぞ。」
「それは助かる。それなら皮と鱗を頼む。後要らない臓器か。うちの会社は皮装備のメンバーが多くいるから助かる。」
そう言うとホッとして小さなため息をつく。
「後で解体するから持って帰ってくれ。どうせ明日はサトルの家に来るだろ。」
「感謝する。寅さんは解体の達人でもあるから助かるよ。」
「任せておけ。」
寅は笑顔で龍斗に答えてドラゴンをアイテムボックスに入れた。
「龍斗さん、これも俺はいらないからそっちで使ってくれ。」
そう言って落ちていた魔石を拾い龍斗へと渡す。
「いいのか、これならかなり高値で売れるぞ。」
「いいんだよ、今日は人生最良の日だからな。俺は彼女がいれば満足だ。」
寅は言いながらシルフへと視線を向ける。
彼女はそれが聞こえていたのか顔を赤くしながら俯いてしまった。
それを見て龍斗は微笑する。
寅さんは幸せそうに笑っていた。
そして3人はダンジョンコアの部屋を確認し、いくつかのアイテムを回収するとシルフの転移で出口まで向かう。
そして、門から出ると受付を済ませ、再び転移でサトルの家へと跳んだ。
そこには精霊が5人勢ぞろいで待ち構えており、シルフを攫うようにして3階へ連れて行った。
松はサトルの元へと向かう。
そして、シルフとの事を話し、この家での住み込みをお願いした。
「いいですよ。俺もこれからの二人を応援しています。」
サトルはすでに皆で話し合って決めていたため、すぐに了承を伝える。
しかも、すでに2階へ部屋も準備済みだ。
寅は礼を言って厨房へと向かう。
するとそこにはアクアが待っていた。
「お帰りなさい。待ってましたよ。」
「ああ、ただいま。また共に頑張ろう。」
2人はここ数日の生活で一種の仲間意識が芽生えていた。
しかも、この人数のご飯を一人で作るのは無理が出てきていたため、アクアとしては寅が戻って来てくれた事はとても助かる事だった。
「ところで、この家には地下室はないのか?」
「必要ですか?」
「あれば助かるが後から作るとなると大変だろう。」
寅はすでにこの家には地下室がないのを確認していたが念のために確認をしただけだった。
「そこは大丈夫です。この家にはそれが簡単に行える者たちが住んでいますから。」
それを聞いて寅は納得を示した。
「そうか、可能ならお願いするよ。」
「畏まりました。今夜にでもお願いしてみます。」
そして二人は今日の夕飯の支度を始める。
それと同時に寅は明日使う分のドラゴン肉を取り出してスキルにより熟成を始めた。
通常ならば1ヶ月はかかる熟成が、たった1日で出来てしまう驚きの能力だ。
そして、二人は今日も料理を大量に作る。
その時のアクアの顔はとても楽しそうだ。
彼女はメイドとしては優秀すぎる完璧メイド。
そのため自分と同じように仕事が出来る者に出会ったことは無かった。
しかし、目の前の寅は料理と言う一点においてだが自分を上回り今も自分を高めてくれる。
その初めての体験が楽しいのだろう。
彼女も肉体を得た事で心境に変化が生まれる日も近いかもしてない。
そして、その日の夕飯ではシルフはいつも通り幸せそうにご飯を食べている。
寅はそれを幸せそうに眺めながら初めて自分も同じ食卓でご飯を食べた。
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