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第九十七話 不器用な愛 ①

世界樹がサトルの家の庭に植えられて数日の時が過ぎた。

その間にも多くの出来事があった。


家庭菜園の拡張は落ち着き今は種まきの日をずらして上手く回している。


そして、大きな変化と言えば寅さんがサトルの家に住み込んだことだろうか。

彼が滞在するのは畑が落ち着くまでであった。

そのため2日目の夜に寅は食堂でサトル達にそのことを伝えた。


「そろそろ畑も落ち着いてきたから俺は家に帰る事にする。」

その突然の言葉に周りの者は少し残念に思いながらも仕方ない事なので納得した。

最初は寅が家で食事を作るのは一度だけのはずだった。

しかし、その後は畑が落ち着くまでと寅の善意によってこの数日は彼が料理を担当してくれていたのだ。

その間に、アクアは寅から料理を習い、彼ほどではないが料理の腕を向上させている。

そしてこの話を聞いてシルフは目に見えて落ち込んだ。

いつも5人前は食べる彼女が、今夜は3人前しか食べず無言で自室へと戻ってしまった。

寅はそれを見て心残りを感じる。

しかし、女性に積極になれない彼は、話しかけることが出来ず次の日の朝を迎えた。


そして、次の日から異常が始まった。

シルフが朝食に下りて来ないのだ。


「シルフ様、朝食ですよ。」

風子が何度呼びかけても部屋からの反応がない。

そして、寅が帰る時にも彼女は部屋から出てこなかった。

そして今、寅は家の玄関でサトル達と挨拶を交わす。


「世話になったな。」

そう言ってサトルに右手を差し出す。

「こちらこそ、またいつでも来てください。」

そう言って寅と握手を交わす。

「皆も元気でな。近いうちにまた顔を出す。」

そう言って家を出て行った。


空は快晴、一つの雲もなく風もない。

そして、その時から更なる異常事態が始まる。

寅は朝の10時に家を出た。

サトル達は居間で寛ぎながらテレビを見ていた。

すると玄関の電話が鳴りアクアが応対する。


「サトルさん龍斗さんから電話です。」

アクアは電話の相手を伝えてサトルへと受話器を渡す。

「どうかしましたか?」

「異常事態だ、すぐにニュースを見ろ。」

龍斗は焦った声でテレビのニュースを見るように伝える。

サトルは皆に一声かけチャンネルを変えた。

そこにはありえない事が報道されていた。


「見てください。これは現在の日本全国の風の向きを表しています。」

そう言ってテレビの気象予報士はパネルを操作して日本地図を映し出す。

しかしそこには出ているはずの風の矢印は一つもなかった。


「今日本には一切の風が吹いていません。」

そう言う彼の顔には何やら焦りが感じられる。

「そんな事が起きるものなのですか?」

気象予報士の言葉に横から他の出演者が問いかける。

「自然現象ではまずありえません。おそらく何らかの力が働いているとしか・・・」

気象予報士も言葉に詰まる。

だがこの世界では超常の力がたしかに確認されているのでその可能性が高いと告げている。


それを見てサトル達は理解した。

ここまでの事が出来る者は世界中を探してもそんなにいないだろう。


「龍斗さんこちらでどうにかしてみます。でも、もしもの時のために寅さんをお願いします。」

サトルは背中に嫌な汗をかきながら電話先の龍斗に告げた。

「少し待ってくれ、さっき寅さんが会社の受付でダンジョンの情報を聞いていた。問い合わせて掛け直す。」

そう言って電話が切れた。

しかし、一分もしないうちに電話が鳴り響く。

サトルはすぐに電話に出ると龍斗が焦った声で叫んだ。

「寅さんの行き先が分かった。あいつ一人で龍狩り出た。」

それを聞いてサトルはこの間のドラゴンを思い出す。

「俺は今から彼を追う。お前はシルフを頼んだぞ。」

そう言って電話は切れた。


サトルは急いで3階に上りシルフの部屋の前で声をかけた。

しかし、帰って来る声はない。

扉は固く閉ざされ、いくら力を入れても動く気配は無かった。


その時、サトルの後ろから声が掛かる。

「私達がちょっと話してくるわ。」

そう言ったのは他の3人の精霊だった。

彼女たちは扉を開けて中へと入って行く。


部屋へと入った3人はあまりにも澱んだ空気に顔をしかめた。

シルフは風の精霊なので通常は彼女の周りの空気はいつも澄み切っているはずなのだ。

この空気は今の彼女の内面を映し出しているのだろう。

シルフはすぐに見つかった。

部屋の椅子に座り表情のない顔で涙を流し続けている。

ウィンディーネ達は彼女に近づき話しかけた。

「そんなに彼と離れたくなかったの?」

ウィンディーネが話しかけると一瞬の反応を見せる。

そしてシルフは静かに頷いた。

「じゃあ、なぜ何もしないの。」

彼女はシルフに叫ぶ。

その声にシルフは平坦な声で答えた。

「こんなに悲しくなるとは思わなかったの。彼と過ごしたのはほんの数日で、最初は美味しいご飯の事しか頭になくて。」

彼女はそう言うと下を向いて嗚咽をもらす。

「寅は今、一人でドラゴンを狩りに行ったらしいわ。」

それを聞いてシルフは俯いていた顔を勢いよく上げる。

「きっとあなたの為ね。あまり気が進まないけど彼の目を借りましょう。」

そう言うと彼女の前に大きな水の玉が作られそこにはダンジョンが映し出される。


「どうやら既に彼はダンジョンの中みたいね。今、龍斗が向かってるけど間に合わないかもしれないわ。」


ウィンディーネの言う通り映し出される映像は歩いているとは思えない速度で過ぎていく。

階層までは分からないがこの調子なら龍斗が追いつくのは難しいかもしれない。

彼が向かっているのはこの辺りでは難易度が最も高いダンジョン。

そこのダンジョンボスであるストームドラゴンを狩りに行ったようだ。


その頃、龍斗はやっと目的のダンジョンに到着した。

受付で確認するとそこには寅の名前がある。

その事からここにいるのは確実となった。

龍斗は地図を手にダンジョンへと飛び込んだ。

進んで行くといたる所にドロップ品が落ちている。

恐らく寅が倒したモンスターの物だろう。

通常の探索者なら必ず持ち帰る物まで放置されていた。

龍斗は減速することなく走り抜ける。

しかし、追いつけない事に焦りが募る。


「寅さん、無茶するなよ。」

龍斗は願いを込めて思いを口にした。


その頃、寅は最下層に到着していた。

部屋を覗き込むとそこには体調10メートルはあるドラゴンが寝息を立てていた。

寅は慎重に部屋へと入って行く。

しかし、その瞬間、寅は違和感を感じ周りを確認する。

それは何かを突き抜けた感覚に似ていた。

そして、再びドラゴンに目を向けた時、その目が寅を睨みつけている事に気付く。

どうやら先程の違和感はドラゴンが侵入者対策で張っていた結界を突き抜けた感覚だったようだ。

寅は戦闘態勢を取りドラゴンを睨みつけた。


「グアアアアーーーー」


それを見てドラゴンは起き上がり寅へと咆哮を放つ。

その声により寅は体に微かな力みを感じた。

どうやら、この咆哮には相手を竦ませる効果があったようだ。

寅は精霊王の加護を数日前に手に入れていたのでこの程度で済んでいる。

だが、普通の人がこれを受ければ動くことが出来ない状態に追い込まれていただろう。

寅は愛用のナイフを構えてドラゴンへと接近していく。

するとドラゴンは口を開き喉を光らせ始める。

そして次の瞬間、風のブレスを放ち寅を襲う。


「くそ、いきなりか。」

寅はそのブレスを横に方向転換して交わす。

しかしドラゴンはそれを見て寅を追うようにブレスの向きを変えた。

寅はブレスに追われ部屋を走り続ける。

寅の体はその余波だけでいたる所に傷を作り血を流す。


ブレスが収まった時、寅の状態は既に満身創痍となっていた。

しかし即座にポーションを飲んで回復する。


ブレスを躱し切った事で次のブレス迄には時間がある。

寅は一気に接近してドラゴンの鱗へとスキルを叩きこむ。

だがドワーフ救出時のドラゴンでは、切りつけた所の鱗がすべて剥ぎ取れたがこのドラゴンでは数枚しか剥ぎ取れなかった。

しかし寅は焦らない。

通常、ドラゴンとは最強種の一角。

これが当たり前なのだ。


「我慢比べだ。どんどん行くぜ。」

寅は自分に気合を入れるために叫ぶ。


シルフは今寅の視界でその姿を見ている。

そのギリギリの攻防にいつの間にか涙は止まり映像に釘付けである。

寅の視界は著しく動きドラゴンの鱗を少しづつだが確実に減らしていく。

そして寅とドラゴンの攻防に変化が訪れた。

攻撃が当たらない事に業を煮やしたドラゴンは捨て身の攻撃を寅へと強行する。

ドラゴンは一切の防御を捨て口を開けて真正面から突撃してくる。

その突然の攻撃に寅は対応できずに攻撃が左腕に当たってしまった。

あの巨体の攻撃を受け腕は折れてしまい一瞬、痛みにより動きが鈍る。

「く、しくじった。」

寅は回復のためにポーションを出そうとした。

しかし、ドラゴンはそれを許さない。

ドラゴンは突撃した勢いのまま寅の後方へと走り抜け距離を取りブレスの態勢に入る。


「くそ、もう撃って来るのか。」

寅は悪態をつきながら横へと全力で走る。

しかしドラゴンはそれを読んでおり、その動きに合わせてブレスを吐いてきた。


「なに。」

寅は叫び防御態勢に入る。

回復を諦め、アイテムボックスから大盾を取り出し構える。

盾はドラゴン戦では必須アイテムなため必ず持ってきていた。

通常は使わないがこうした場面では役に立つからだ。

そして、ブレスが盾に当たる。

この盾はこのブレスにも耐えられるドワーフ製だ。

しかし、折れた腕が言う事を聞かず、盾の範囲から出てしまった。

「がああああーー。」

ブレスに触れた腕はズタズタになり更にブレスに切断されて飛んでいった。

寅はその痛みに耐えながら盾を構え続ける。

しかし運の悪いことにブレスの余波がさらに寅を襲った。

「ああああっ」

寅は左目にブレスの余波を受けて視力を失った。

ブレスが止んだ時、そこには生きているのが不思議なほどの状態で寅は立っていた。

寅はポーションを飲んで傷を塞ぐ。

だが失われた腕は治らず左目の傷も治ったばかりでまだ上手く見えない。

死ぬわけには行かない彼は片腕で再度鱗を剥いで行く。

運よく足にはダメージがないので機動力は変わらない。

そして再びドラゴンは寅へと突撃を強行した。

しかし、今回はそれが分かっていたため寅は危なげなく攻撃を回避する。

視力もだんだん回復してきて見えるようになってきた。


そして、ここに来て寅は何カ所もの急所部分の鱗を剥ぎ終えた。

寅は武器を変更する。

それは出刃包丁の形をしているが大きさが2メートルはある。

寅はそれを片手で肩に担ぎ突撃して行った。

そして、一撃でドラゴンの腕に骨に達するほどの傷をつけた。


「ギャアアーー」


流石に片腕では骨までは切断できなかったようだ。

寅はそれを見て顔を歪める。


「くそ、やはりこの腕では切断まではいかなかったか。」

そして寅は反撃を避けるためにいったん引いた。

ドラゴンはその攻撃で初めて自分の鎧が剥がされている事に気付いた。


「グアアアーー」


ドラゴンは威嚇のため寅へと咆哮をあげる。

しかし寅には耐性があるためその効果は発揮されない。


寅は再び剣を肩に担いで突撃する。

ドラゴンは先ほどの痛みのため一歩下がった。

ドラゴンには強力な防御手段として鱗が全身を覆っている。

そのため痛みに対して耐性が薄いのだ。

これが歴戦のドラゴンならば違っただろう。

だが、ダンジョンのドラゴンは生まれてからの年齢はたかが知れている。

痛みの経験が特に少ないのだ。


寅は剣を構え今度は相手の横腹を切りつけた。

鱗が剥がされたその部分は寅の斬撃により大きく切り裂かれ血を流す。

しかし、こちらも力が足りず内臓までは届かなかった。

寅は今の状況に焦りを感じる。

決め手がないため止めまで持っていけない。

しかも腕の傷はドラゴンの強力な生命力により血が止まり、目に見えて回復が始まっていた。


寅の頭に一瞬、撤退の選択肢が浮かぶ。

しかしそれは昨日、シルフが見せた表情によって掻き消された。


寅は再び剣を担ぐ。

しかし今回はドラゴンに隙が無い。

今になってドラゴンは寅を脅威と見なし油断を失くしたのだ。

しかし、ここで時間をかければドラゴンのダメージは次第に回復し寅には不利になってしまう。

そのため寅は無謀だと分かってはいたがドラゴンへと突撃した。

ドラゴンは切られた足を庇いながらも反対の前足で攻撃を加える。

寅はそれを紙一重でかわし肩を抉られながらも剣を振り下ろした。

ドラゴンはその剣を鱗が残っている顔ではじき返した。

鱗が剥げ、傷は負うが寅の攻撃を軽傷でしのぐ。

ドラゴンはその勢いのままに尻尾を横に振り寅を攻撃する。

寅はその攻撃を剣で受けていったん距離を開ける事になる。


その時ドラゴンは勝負に出た。自らに流れる膨大な魔力を大量に消費しブレスを吐く準備に入る。

寅も次の攻撃には間に合わないと判断して剣を地面に突き刺し、先ほどのシールドを取り出して構えた。


しかしその時、寅は盾を見て顔を歪める。

盾には小さな亀裂が一つ入っていた。

風属性は地属性に強い。

この盾に属性はついていないが使われている材料や、作り手を考えれば地属性寄りになる。

そのため、風のブレスによりダメージが寅の予想を超えていた。


しかし、寅には既に躱す選択肢は無い。

寅は凌ぎ切れる事を祈りながら盾を持つ手に力を込めた。

その直後、今までで最も強力なブレスが寅を襲った。


そのブレスを受け盾の亀裂は広がっていく。

しかし、寅に取れる手段はない。

必死に片手で盾を構えて耐えるだけだ。

そして、ようやく龍斗が到着した。

龍斗は状況を一瞬で判断しドラゴンへと向かう。

しかし、その行動は間に合わず、とうとう音を立てて寅の盾は砕け散った。

そして龍斗の目の前で寅はブレスにのまれていく。

それを見て龍斗は攻撃をやめその光景を見つめた。

読んでいただきありがとうございます。

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