第百十話 お茶会 ②
ユナは弥生の言葉に既視感を感じながらお茶を手に取り口を付ける。
「美味しい!」
ユナは村でもお茶を飲むがこんなに美味しい物は飲んだ事がない。
それに、これは本当にお茶なのかと疑いまで湧いてきそうだ。
同じようにシドもお茶を飲んで驚いているが他のメンバーは慣れているのか美味しそうに飲んでいる以外の変化は見られない。
「皆さんはいつもこんなに美味しい物を口にしているのですか?」
お茶で緊張が和らいだのかユナは隣に座る弥生に問いかけた。
「ふふ、この家で料理担当をしている寅さんは特別だからこの味が出せるのよ。彼ならその辺に生えている草ですら美味しく調理しそうよ。」
その言葉を聞いてキッチンから寅が出てきて話に加わる。
「ははは、そう言ってもらえるのは光栄ですがさすがの私も草は選びますよ。」
大笑いしながら寅は答えるが完全な否定はしない。
「昔、旅の途中に食料が尽きた事がありましてね。その時に、そのあたりの草を調理した事がありましたね。流石にその時は若干食えない物がありました。」
寅はその時の味を思い出したのか苦笑を浮かべる。
「ふふ、そうなのね。それならこの庭にある物なら、なんでも大丈夫そうね。」
弥生はそう言って庭を見た。
しかし、寅は庭を見て口を怪しく歪めて弥生へと告げる。
「お望みなら今夜は雑草のフルコースにしますがどうされますか?」
それを聞いて全員、寅に視線を向けけた。
目は時に口よりも語るというが、まさに今。
全員の目からはそれはやめてくれと言う思いが寅へと突き刺さる。
「ふう、冗談だ。」
寅は歩きながらため息をついて皆に告げる。
そして寅はシルフの横まで行くと彼女の肩に手を置いて言葉を続けた。
「それに、もしそんな事をしたら、こいつに後でどんなお仕置きをされるか。」
そう言って寅は優しくシルフへ微笑みかける。
しかし、シルフは逆にジト目で寅を見上げた。
「寅、私は貴方の愛を疑っていません。それを踏まえて答えてちょうだい。私が何?」
寅は額に一筋の汗を掻きながらここからの撤退を考える。
しかし、その瞬間にシルフは肩に置かれた寅の手を掴み捕まえた。
寅は逃げ出すタイミングを失い、その顔には焦りが見え始める。
そして、しだいに優しく掴んでいるように見える手からミシミシと音がし始めた。
その顔は微笑みに彩られているがその後ろに般若が見える。
「それで、私は何?」
シルフは再び寅へと問いかける。
だか、周りの者にはこれが最後通告に聞こえる。
寅は観念してシルフへ視線を向けると真剣な顔で口を開いた。
「お前は心優しい俺に精霊だ。」
それを聞いてシルフは一瞬時間を止める。
そして、時間が動き出すと顔を真っ赤にして上目使いに寅を見上げた。
そして見つめ合う二人に向かって飛鳥が声をかける。
「あなた達、二人の世界に入るなら他所でやってくれない。」
2人はいつの間にか自分達から互いの手を握って見つめ合っていた。
飛鳥は呆れた目で顎に手を当て2人に告げた。
それを聞いて寅もシルフもバッと離れて咳払いをした。
そして、飛鳥は更にキッチンの方を指さして言葉を続ける。
「あなた達、仲がいいのは良いけどね。彼女もちゃんと混ぜてあげないと後が大変よ。」
寅とシルフは飛鳥の指示す先へと視線を向け「あ」と声を漏らした。
そこにはキッチンの陰から二人をそっと覗くアクアの姿があり二人を見つめている。
寅はそれを見てアクアへと駆け寄り、そのまま奥へと消えていく。
そして、奥からは先ほどと似たやり取りの声が聞こえて来た。
その三人の姿に周りの者たちは笑ったり苦笑したりと対応は様々だが皆がこのお茶会を楽しんでいる事は間違いない。
しばらくすると再び笑顔になったアクアと疲れた顔になった寅が奥から現れた。
そして寅はアクアとシルフの間に腰を下ろしてお茶会に参加する。
それを見てユナとシドは驚いてばかりだ。
その思いをユナはつい口にしてしまう。
「精霊なのに人間みたい。」
その言葉を洩らした事に気付いたユナはとっさに口を塞ぎ、視線を横へと向ける。
「いいのよユナ。ここではこれが普通なの。彼女たちは寅を愛していて、同じように寅も彼女たちを愛しているのだから。今の彼女たちは人と大差ないわ。」
弥生はユナに優しく微笑みながら答える。
ユナは口を塞いだ手を下ろして再び3人を見つめた。
「この世界は平和なのですね。・・・この世界?」
ユナは自分の言った言葉に違和感を感じた。
彼女はダンジョンから出た事はない。
なのにどうしてここでこの世界なのか?
普通はこの国やこの家なのでは?
その様子を見た弥生は苦笑いと共に告げる。
「きっと記憶の封印が解けかかっているのね。」
弥生はその言葉と共にユナの手を取って外へと向かう。
それに倣って他の5人の精霊たちも外へとついて行った。
外を見れば世界樹の下にあった机には別のお茶会の準備がされており、先程とは違うお菓子が置かれていた。
7人はそれぞれの席につくと机を囲んで再びお茶会を始めた。
この席にサトル達は付いて来ていない。
ここにいるのは飛鳥に弥生、四大精霊。
そしてエルフの自分だけ。
しかし、ユナはこの場面に再び強い既視感を感じた。
しかも、今度は思いだしそうで思い出せないもどかしさを感じる。
そして、ユナは目の前に出されたお菓子に目を向けた時その感覚は今までで最大になった。
ユナは無意識にフォークを手に取りそのお菓子を口に運ぶ。
そのお菓子はスポンジケーキにドライフルーツを混ぜた物。
先程のマーフィンと比べると味も雑だし甘みも足りない。
スポンジもパサパサでお世辞にも美味しいと言える代物では無かった。
しかし、ユナはそれを口に含んだ時大粒の涙を流しケーキを食べ続けた。
そして顔を上げて弥生たちに視線を向けると自分の思いを口にした。
「記憶の封印を解いてください。」
それを聞いて弥生はユナの前に行くとその額に人差し指をコツリと当てる。
その瞬間ユナは全てを思い出した。
あちらの世界で精霊達とお茶会をしていた事。
楽しく幸せな記憶。
そして、最後に人間につかまり酷い痛みを味わった事。
しかし、ユナはその全てを受け入れ自分の中で昇華した。
痛みの記憶は確かに酷い物だったがそれ以上に幸せな記憶は彼女に大きな幸福感を与えた。
それに、ダンジョンで生活していれば怪我などして当たり前だ。
彼女が成長する過程と長い人生で、大怪我をして死にかけたのは1度や2度ではない。
その経験が彼女を強くしていた。
そして、気が付けば弥生の雰囲気が変わりこちらを見ている。
彼女は先程とは違い表情を消し、こちらを見つめている。
そして、弥生はユナへと語り掛けた。
「久しぶりねユナ。私が分かる?」
ユナはその僅かに違う懐かしい魔力の波長に気づき涙を流しながら答える。
「精霊様」
そしてユナは涙を流しながら弥生へと抱き着いた。
「会えて嬉しいわ。」
弥生はユナをそっと抱きしめ優しく返す。
そしてユナが落ち着くのを待って弥生は彼女へ、あの時の事を話し始めた。
「あの時、精霊王がテントに突入した時、あなたは酷い拷問を受けた後だった。
そして、あなたの体は私の加護により回復して傷は治りましたが、心に受けた傷が大きすぎてあなたは心を閉ざしてしまったの。」
そこまで聞くとユナは頷きを返した。
「たしかに、拷問を受けた記憶はあります。でも、その後の記憶が無いのは、私が心を閉ざしたのが原因なのですね。」
「それも理由の一つです。」
「一つ?」
ユナは首を傾げて彼女に問いかけた。
「ええ、あなたは伝説を覚えていますか?」
「はい、父が教えてくれました。」
「そう、彼はちゃんとお願いを聞いてくれたのね。」
弥生は空を見上げ、昔の青年を思い出しユナを渡した時の事を思い出しながら話を再開した。
「そのお話の通り、あの世界はとても大変な時代が続いたの。それで、そんな所にあんな状態のあなたを置いておくと、私の加護があると言ってもおそらく死んでしまったでしょう。それで私達はあなたを別の世界に送ることにしたの。」
そう言ってユナは再びユナへ視線を向けた。
「それで、何人かの私と話して決めたのがこの世界なのよ。ただ、あなたの精神の回復は時に任せるしかなかったの。だから余計な記憶を封印して赤ん坊からこの世界で、新たな人生を送ってもらう事にしたの。」
それを聞いてユナは再び疑問が芽生えてユナへと問いかける。
「あなたは何人もいるのですか?」
その質問に弥生は頷いた。
「ええ、この宇宙で私は一人だけだけど別の宇宙。異世界では私と繋がる同一の存在が存在するの。通常時はリンクをカットしているけど何かあった時はこうやって繋がることが出来るのよ。ここの私は私達にもあなたにもとても良くしてくれたわ。」
「そうだったのですね。それで、精霊様は私を迎えに来たのですか?」
その言葉を言った時のユナの心には、色々な思いが宿っていた。
あちらの世界の精霊たちの事。
村にいる父の事。
先日会ったサトル達の事。
そして、この世界で過ごして得た多くの思い出。
この世界はユナが去るには多くの思い出があり過ぎた。
しかし、弥生は首を横に振った。
「違うの。あなたをこちらの世界には連れて帰れないの。」
そう言ってユナの頭を撫でる。
ユナはその言葉に胸に安心と共に悲しみの感情があふれる。
そして、その矛盾した感情に顔をしかめるが、すぐに表情を引き締めた。
「そうおっしゃると言う事は何か理由が?」
ユナの言葉を聞いて弥生は頷いた。
「あなたがこちらの世界に来てかなりの時が経っているのは理解していますね。」
それを聞いてユナは周りに自分達しかいないのを確認すると自分の指を折りながら自分の年を思い出す。
ちなみに指が一本折れるごとに1000歳増えていく。
そしてその数が6本になった時、ようやく数えるのをやめた。
「ふふ、あなたも女性らしく年齢を気にするようになったのね。」
弥生は表情こそ変わらないが何処となく楽しそうだ。
「あ、当たり前です。私も6000歳を超えた立派な女性なのですから。」
弥生はそれを見て再び笑う。
この時は精霊たちも笑っている。
「話がそれましたね。話を戻しましょう。」
そして弥生は咳払いをして話を進めた。
「その年月で私の管理する星は滅びました。」
それを聞いてユナは驚愕に目を見開いた。
そして弥生の服を掴んで必死な形相で問いかける。
「それであなたは大丈夫なのですか?もしかして会えるのはこれが最後と言う事ですか?」
その姿を見て弥生はユナの肩に手を置いて落ち着いて話しかけた。
「落ち着きなさい。星は滅びても数億年もすれば再び生物が発生するでしょう。私達精霊にとって星の滅びは終わりではないのです。」
それを聞いてユナはホッとして息を吐き出す。
「心配してくれて嬉しいわ。それで、今言ったこれが理由よ。こちらに来てもあなたが苦労するだけだし生存も難しいからこちらの世界で過ごすといいわ。」
そして弥生は再び椅子に座りユナに手を振った。
「それじゃあね。あなたの人生はこれからまだまだあるのだからきっとまた会えるわ。」
そして弥生は再び表情が戻り笑顔でユナへと話しかける。
「しっかり話は出来た?」
その言葉にユナは足をそろえて左胸に右手を当てて頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげさまで記憶も取り戻し、あちらの精霊様ともお話が出来ました。」
「そう、それは良かったわ。それで、あなたに一つお願いがあるのだけど聞いてくれるかしら。」
そう言って世界樹に視線を向け、ユナもその視線を追ってそちらに視線を向けた。
「あなたにここの世界樹の世話を時々してもらいたいの。」
その言葉にユナは弥生に視線を戻し理由を聞いた。
「こちらの世界樹にそのような事が必要なのですか?」
弥生はため息をついて説明を始めた。
「いつもは飛鳥達に頼んでいるのだけど・・・。」
そう言って飛鳥達へ流し眼を向ける。
すると全員視線を逸らし弥生と顔を合わせようとしない。
「この子達、こういう事に向いてないのよね。雑だしサボるしで大変なの。その代わり時々あちらの私と話す機会をあげるわ。」
「やります。この命尽きるまで。」
ユナはその提案に即答して跪いた。
「助かるわ。方法は今までと同じだから任せたわね。それに世話も毎日じゃないわ、月に1度か2度だからそれ以外は好きにしてくれていいからね。」
弥生はユナに微笑みかけて精霊たちを見る。
「良かったわね自分たちの時間が増えるわよ。」
それを聞いて精霊たちは喜びながらユナへとお礼の言葉をかける。
こうしてユナはこの家での新たな役目を得て正式な住人となった。
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