第百三話 サクラの新生活 1日目
家に入るとシルフは皆の列に加わりサクラは一人、玄関ホールに立ち尽くしていた。
(あ、挨拶しないと。)
サクラは予想外の事態に呆然とするがよく見れば半分以上のメンバーには見覚えがある。
彼女も社員旅行に来ていたため夕食会で一度は顔を合わしていた。
知っている顔が多いことに安心しサクラは挨拶を始める。
「今日からお世話になります。土宮 サクラ (ツチミヤ サクラ)です。
よろしくお願いします。」
そして、彼女は最後に頭を下げた。
サクラが顔を上げるとサトルは一歩前に出て声をかける。
「多分、人間のメンバーはほとんど面識があるよね。」
そして、サトルは列の右側を手で示す。
「人間?え、ええ大丈夫です。ほとんどの方と面識がありますし名前もわかります。ただ、あちらのお二人は初対面だと思うのですが?」
サクラはそう言うと手を伸ばして寅とエリザを示す。
すると、まずは寅が一歩前に出て自己紹介を始める。
「俺は寅という。みんな寅さんと呼んでいるので気楽にそう呼んでほしい。基本は料理担当だが非常時は戦闘も可能だ。解体もできるので必要な時は声をかけてくれ。」
寅は自己紹介を終えると列へと戻って行く。
続いてエリザが前に出て自己紹介を始めた。
「私はエリザよ。そこのサトルとは恋人になったばかりだけどよろしくね。」
彼女は当然のように爆弾を投下した。
これを聞いて彩、舞、ホロも一歩前に出る。
「ちなみに私も恋人です。」
「私もね。もし困ったことがあったら相談に乗るわよ。」
「私もサトルさんとは恋人です。」
三人はエリザと並んで競い合うようにサクラへと告げた。
「え、4人も・・・。」
サクラはサトルへ視線を向けて一歩離れる。
「ご、誤解がないように言っておくけど。皆、納得した上の事だし俺は皆を平等に愛してるからね。」
サクラの冷たい目がとどまる事を知らない。
まるでいつかのアクアのようだ。
「まあこの話は置いておくとして次の紹介をしよう。」
サトルが言うと4人は列に戻って行く。
サトルは気を取り直して獣人メンバーを紹介した。
「きっとこちらにも何人かは知ってる獣人がいると思うけど覚えてるかな?」
「ええ、覚えています。ただあの子は見覚えがありません。」
するとローリーは自分から前に出て自己紹介をする。
「私はローリーだよ。回復が得意だから怪我をしたら言ってね。」
それだけ言うとローリーは列に戻って行く。
「今までで分からない人はもういない?」
サトルはここで確認のためにサクラへと問いかけた。
「はい、大丈夫です。思っていたよりも知ってる人ばかりで安心しました。」
そう言ってサクラは胸を撫で下ろして緊張を解いた。
しかし、彼女は左側にいる人物を見て再び緊張し始める。
「あ、あの、あちらに土の最上位精霊がいるように見えるのですが私の勘違いでしょうか?」
サクラはノームの顔を見ながらサトルへと問いかけた。
「あれ、知り合いだったの?それじゃ、彼女たちの紹介に移るね。」
サトルがそう言うと精霊組が全員前に出てくる。
「まずはアクアと風子から自己紹介しようか。」
その言葉を聞いて二人は前に出る。
「私は精霊のアクアと言います。この家でメイドをしております。皆さんのお世話を担当していますので、何かあれば声をかけてください。」
そう言って彼女は一礼して後ろに下がって行く。
「私は精霊の風子と言います。私も皆さんのお世話をしています。それと家庭菜園の管理もしておりますので、もし欲しい野菜があったら言ってください。相談に乗ります。」
そこまで言って彼女も一礼しアクアの隣まで下がって行った。
「次はそちらの4人にお願いします。」
すると、4人は前に出てきて挨拶を始める。
サクラはその中にノームが混ざっている事に疑問を持ったがその疑問は彼女たちの自己紹介を聞いて驚愕に代わる。
「私は水の最上位精霊ウィンディーネよ。よろしくね。」
「私はさっき会ったけど風の最上位精霊のシルフよ。」
「僕は火の最上位精霊のサラマンダー。」
「私はこの間言った通り、土の最上位精霊ノームだよ。また会ったね。」
4人の自己紹介を聞いてサクラは驚愕をと通り越してフリーズした。
サトルは手を彼女の前でヒラヒラさせるが反応がない。
仕方なくサクラの肩を揺すって強制的に再起動させた。
「驚いたと思うけど彼女たちはこの家に住んでる。それに優しい精霊達だから普通に接すればいいからね。」
さらにサトルはサクラに小声で注意事項を伝える。
「もし、彼女たちの機嫌が悪くなると大災害が起きるかもしれないから気を付けて。」
されを聞いたとたん、サクラは青い顔をサトルへと向ける。
「冗談ですよね?」
そして、サトルは最近起きた異常気象の数々や自然現象を例に彼女へ伝えた。
サクラは更に顔を青ざめて今では涙目になっている。
「もしもの時はアクアに相談するといいよ。彼女なら相談に乗ってくれる。」
そうサトルが伝えると飛鳥が前に出た。
「大丈夫よ。もしもの時は私も相談に乗るから。」
「あ、あなたも精霊ですか?」
サクラはすでに許容量をオーバーし頭がパンクしかかっていた。
「ええ、私は彼女たちのさらに上の存在。精霊王の飛鳥よ。」
そこまで聞いた時、彼女は意識を失い棒立ちのまま後ろへと倒れた。
あまりにも突然の事でサトルも支えるのが間に合わなかったが、飛鳥が床へ視線を向けると倒れると同時に床が沈みサクラを受け止めた。
サトルはサクラに近寄り、仕方なく再び肩を揺すって意識を覚醒させる。
「大丈夫ですか。怪我はないと思いますが痛い所とかあったら言ってください。」
サトルはサクラを上から覗き込みながら問いかけた。
「いえ、大丈夫です。今何かとても非常識な事があったような気がします。」
サクラは頭を押さえながら記憶を呼び起こそうとしているようだ。
「非常識な事ですか?」
それを見てサトルは飛鳥達へと視線を向ける。
だが誰もそれに気付かず首をかしげる。
そして、サクラは再び精霊たちを見て動きを止めてしまった。
今回は気を失う事は無かったが、どうやら彼女にとって精霊たちが非常識な存在だったようだ。
「仕方ないですね。彼女には今日一日かけてのんびりと慣れてもらいましょう。」
そしてサトルは右手でサクラに触れてスキルを発動した。
この場合だとサトルにも負担がかかるが仕方がない。
サトルがスキルを発動すると同時にサクラは目を覚まし通常に戻った。
「サトルさん、こちらの方たちは?」
「ノームの事は知っているのかな。」
サトルはサクラがどこまで記憶を失くしたか確認するためにノームについて問いかけた。
「ええ、こちらの方には先日助けていただいた精霊の方です。」
どうやら最上位精霊である部分が無くなっているようだ。
「まあ、彼女たちについてはゆっくり教えていくよ。」
そして、この日は4人の最上位精霊たちをサクラに納得させたところで夜になってしまった。
サクラは再び青い顔で居間の椅子に座り何やら沈み込んでいる。
「私はもう生きて家へは帰れないかもしれない。」
サクラは深刻な顔で実家である寺を思い出しながら呟いた。
「そう深刻にならずに、そろそろご飯が出来ますよ。」
そしてサトルはサクラを連れて食堂へと向かった。
サクラがサトルについて食堂に入ると周りからクラッカーの鳴る音が鳴り響く。
「ようこそ我が家へ。」
そこでは彼女の以外の住人が集まり、歓迎のパーティーが準備されていた。
サクラは驚きで動けなくなってしまったがホロやローリーが彼女の手を引いて席へと座らせた。
そして、全員が席につくと合唱していただきますと言った後にその場は戦場となった。
一部の食いしん坊組は肉を奪い合い箸やフォークをぶつけ合う。
魔法が使える者はシールドで牽制し、時にはスキルが飛び交った。
サクラはその激しい奪い合いを見て手が出せなかったが栞や美雪がこっそりと肉を取って回してくれた。
「サクラさん、ここでは油断してるとご飯が食べられないわよ。」
そう言って栞は隣の美雪と笑いあっている。
ちなみに、最近では夕食の時間になると、龍斗達と一緒にリンネもサトルの家に訪れご飯を食べている。
リンネはまだこの争奪戦に参戦できるほどのステータスがないため龍斗か美雪が料理を取ってあげていた。
今もおいしそうにドラゴン肉を食べている。
そして、サクラは初めてここの食卓でご飯を食べた。
彼女は精神的に参っていたが体は正直で、料理の匂いに涎が口の中にあふれていた。
しかも、二回前の食事が木の根で、一回前はお粥ととても質素な食事しかしていない。
彼女の体は栄養を求めていた。
サクラは本能に突き動かされてドラゴンの肉を口に入れた。
そして、その途端に口の中で広がる旨味。
体の中心から湧き上がるような生命力。
彼女の体はポーションを飲んだ時のように活力を取り戻し、次の料理を口へと運んだ。
彼女はこの時の感動を一生忘れないだろう。
そして、彼女は今、常識を打ち破った。
俗に言う所のどうでもよくなった。
そして、いつの間にか彼女も食卓という戦場に立ち料理を奪い合っていた。
食事を終えると見も心も満足したのか満面の笑みで彼女は椅子に座っている。
「サトル、今がチャンスじゃない。」
飛鳥はサクラの様子から今なら大丈夫かもしれないとサトルへと告げた。
「そうですね。それじゃあお願いします。」
それを聞いて飛鳥はサクラの横に座って優しく話しかけた。
「サクラ、あの4人の事はもう大丈夫?」
「ええ、最初は驚きましたけど、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
サクラは満腹で膨らんだお腹を摩りながら飛鳥へと答える。
「そう、よかったわ。ところで、私はまだ自己紹介をしていなかったわね。」
「そう言えばそうですね。あなたは何の精霊なのですか?」
サクラは食事の余韻からか気の抜けた声で問いかける。
「大した者じゃないわ。何と問われると困るけど、私は精霊王なの。」
「え・・・。精霊王。もしかしてあの4人よりすごい存在ですか?」
「そうね。偉さで言えば一番上ね。」
それを聞いた時、サクラは言われたことが一瞬理解できず固まる。
そして胃のあたりが縮むのを感じた。
そして喉から口に出かかった物を、サクラは気合で止める。
サクラにとって今日の食事を無駄にする事は何を置いても許容できない事だった。
そして、その甲斐あって彼女は胃を落ち着ける事に成功した。
サクラは口直しに目の前の美味しいお茶をすする。
(かなり危なかった。よくやった私。)
サクラは内心で耐えられた自分をほめた。
「そう言えばもう一人いましたが彼女も何かあるのですか?」
サクラは警戒心を最高に引き上げて飛鳥へ問いかけた。
「あるけど、今のあなただときっと耐えられそうにないからまた明日教えてあげるわ。」
飛鳥はサクラの青くなった顔を見ながら苦笑して問題を先送りにした。
実際、彼女にこれ以上の精神的負担は耐えられそうになかった。
飛鳥は立ち上がって部屋から出ていく。
その姿を見送りサクラも自分の部屋へと帰って行った。
部屋には現在、家から持ってきている少量の荷物とベットがあるだけとなっている。
サクラは荷物を解いて愛用の枕と自作の犬のぬいぐるみを出してベットへと入った。
「今日はなんだか疲れたなー。」
そして、サクラは入居一日目にして今までの常識を破壊され疲労の中眠りへとついた。
読んでいただきありがとうございます。




