第百二話 ノームの休日 ②
それに気付いた時、サクラは意識を取り戻した。
周りには闇が広がり微かな水の音しか聞こえない。
しかし、サクラの手に持つ石は見えずともその姿が見える気がした。
サクラはその形へと石を彫って行く。
さっきまでは殆ど彫れなかった石がまるで粘土のように簡単に削れた。
すでに彼女のステータスならこれ位の事は通常は出来たはずだった。
しかし、この辺りは精霊の力が強く働いているため、それを困難にしていたのだ。
そして、サクラは次々と仏像を彫っていきそれが48体になった時、何処からか声が聞こえて来た。
「分かったみたいだね。」
「ええ、もう大丈夫よ。ありがとう。」
その言葉と共に入り口の岩が消え外の光がサクラの目に届く。
サクラは久しぶりの光に目を細め、ゆっくり目を慣らしてから洞穴から出た。
「やることは分かってるね。」
「ええ、あなたのおかげ仏像の精霊も救えそうよ。」
サクラはノームに微笑んだ後、仏像に目を向ける。
「ありがとう、暗闇で助けてくれたのはあなたなのね。今ならあなたの存在を感じられるわ。」
サクラは未完の仏像に手を添えて話しかけた。
反応はないが、今の彼女には仏像に宿る精霊と、あの闇の中で助けてくれた精霊の区別がつくほどに精神が研ぎ澄まされていた。
「それじゃ、試練を超えた君に私から加護のプレゼントだよ。」
ノームはそう言うとサクラに加護を与えた。
これで彼女の天職はノームの加護を得る。
「それと、君が作ったこの仏像達も十分使えそうだね。」
ノームが視線を向けると仏像たちが自らの足で歩いてくる。
そして、それぞれが山へと散って行った。
「あれはどうなるの?」
サクラは散って行った仏像に目を向けながらノームへと問いかける。
「そこの精霊から聞いたのだけど、他の仏像がかなり流されたらしいね。」
それを聞いてサクラは頷く。
「前の仏像は山の各所からここの精霊に力を送っていたんだけど、それが減ったことがこの精霊が弱っている原因の一つなんだ。だから、あの仏像たちにその代わりをしてもらうんだよ。」
そして、話していると仏像がノームの指定した位置へと移動を終えた。
その途端に山の気配が変わり、力が目の前の仏像に流れ始めた。
未完の仏像は淡く光り出し、しばらくすると光は収まった。
すると仏像から光の玉が現れサクラの前で止まる。
すると、その玉はだんだんと人の姿になりサクラの前に降り立った。
その姿はどことなくサクラに似ている。
「あなたがこの仏像に宿る精霊ですか?」
サクラには確信はあるが確認とために問いかけた。
「ええ、そうよ。そして、あなたから見れば祖母になるかしらね。名を椿 (ツバキ)というのだけど何処かに家系図とかないかしら。」
それを聞いてサクラとノームは驚いて椿を見た。
「私もそこまでは分からなかったわ。」
「それは仕方がないと思うわ。精霊と魂の契約をしてる人は少ないから。」
そう言ってノームを見た後にサクラを見た。
「あなたのおかげでまだがんばれそうよ。あの人の残した最後の大仕事、任せたわよ。」
「待ってください。なぜあなたがここにいるのですか?」
サクラは契約の事を知らないので彼女の事が心配になったのだ。
「私はこの山に住んでいた精霊と契約して死後はここを護る誓いを立てたの。夫はそんな私のために沢山の仏像と、この巨大な仏像を作ろうとしてくれたわ。」
彼女は話しながら昔を思い出して微笑んだ。
しかし、少し表情を曇らせながら話しつ続ける。
「でも、私は病気が原因で長く生きられなかったの。私は契約に従って精霊になり、ここをずっと守っていたの。早くに死んでしまったけど精霊になる事で彼とはずっと一緒に居られたから幸せだったわ。」
椿は話しているうちに明るい表情となる。
「さっきまで夫もここにいてくれてたのだけど、あの人、恥ずかしがり屋だから何処かに隠れてしまったのね。」
どうやら初代は、霊いなってずっと彼女の傍にいた様だ。
「なら先程、夢に出てきた初代は・・・。」
「ええ、夫だと思うわ。彼もお弟子さんが100人いた時もあったのに孫に教えるのは恥ずかしいのかしらね。」
そう言って椿は口元に手をあてて笑った。
「彼も最初は上手く仏像が彫れなくて、とても悩んでいたのよ。」
「え、そうなのですか?」
さくらはここに残る仏像を見て育ったがどれも感じる物のある素晴らしい物ばかりだった。
「今あるのは上手に彫れるようになってからの物よ。本当は何倍も失敗作を彫ったの。」
椿はそう言うと一瞬仏像のかげに目を向ける。
「ちゃんと彫れるようになったのは私が死んでからね。あの人は最初、私を見ることが出来なかったの。でもあなたのようにあの洞穴で私が見えるようになるまで修行したのよ。それで見えるようになるまで1年もかかったけどそれからは上手に仏像を彫れるようになったの。」
そう言いながら後ろを時々見てクスクス笑う。
「そういえば、あなた結婚はしないの?」
椿はずっとここでサクラを見てきたがあまりの男気のなさに心配していた。
「え、私は結婚する気はありませんよ。」
椿がその言葉を聞いた時、山が震えはじめる。
そして椿はサクラに強い口調で宣告した。
「サクラ。あなたが結婚するまでこの仏像は彫らせません。
もし彫りたいなら私の前にあなたの夫を連れてきなさい。」
そう言ったとたん仏像の足元から砂が巻き起こり卵状に仏像を包んだ。
「どうしてですか。結婚なんてしなくても生きていけます。」
サクラは椿の突然の心変わりに反論した。
「夫から聞いた言葉を思い出してしっかり考えなさい。
私は愛を知らない人に彫られたくありません。」
そう言って椿はその姿を消していった。
サクラは卵状になった砂へと近づいて手で触れる。
すると砂は簡単に崩れて地面へと落ちた。
しかし次の瞬間には巻き戻しのように砂は元の位置に戻り卵型を維持し続けた。
それを見て椿はいったん諦めて家へと帰る。
ノームも椿が問題なく山から力を集められるようになったので家へと帰って行った。
そして、やることが無くなってしまった彼女は仕方なく住職である父に相談することにした。
先程の椿の事。
実は初代が霊になってこの山にまだいる事など説明しなけらばいけない事が多くある。
そして父と話していて、サクラは7日もの間あの洞穴にいたことが分かった。
その後、父はある所に相談すると言って出て行ってしまった。
サクラはその間にお風呂に入り汚れを落とす。
よく見れば服はボロボロなうえ、ろくなものを食べていなかったため体はやつれていた。
サクラは粥を作って食べ、自分の部屋で眠りについた。
そして、サクラは眠りの中で再び夢を見た。
そこは寺の裏手にある森の中で、目の前には前回の夢で出会った初代が立っていた。
初代はサクラが傍まで近寄るとため息をつきながら苦笑いを浮かべる。
そしてサクラに話しかけた。
「すまないな。椿の我儘に突き合わせてしまって。」
「いえ、何か理由があると思っていますが、あなたはその理由をご存知ですか?」
サクラが聞くと、初代は語り始めた。
「俺はあいつには幸せになってほしかった。しかし、病で早くに失くしてしまって十分に幸せを与えてやることが出来なかったのだ。俺はあいつがあの仏像に宿っている事は知っていた。しかし、声も聞こえず姿も見えない。それはお互いにつらい日々だった。」
初代はそう言うとその時の事を思い出し顔を歪める。
「しかし俺はもう一度彼女に会いたかった。話をしたかったのだ。俺は俺のためにあの洞穴で修業した。泥酔をすすり木の根や虫を食べようとも椿の事を思えばいくらでも耐えられた。」
初代の拳を握り、顔には涙が浮べている。
そして、その瞳はここにはいない誰かを見つめていた。
「そして、1年が過ぎた頃、俺は闇の中に椿を見つけた。最初は幻覚だと思ったが目が合った瞬間、あいつは涙を流して俺に話しかけてくれた。それからはあいつとはずっと一緒だ。」
そう言って涙を拭いて笑顔を向けた。
「きっとあいつはお前に幸せになってほしいのだろう。俺たちは生身では少しの時間しかいられなかったからな。」
初代はそこ迄話すとサクラとは反対方向へと歩いて行った。
「俺も孫であるお前の幸せを願っているよ。」
そう言って進んで行く先代の横にはいつの間にか椿が寄り添っていた。
2人は闇の中に消えていく。
そして、サクラは2日ほど眠り続け目が覚めると先ほどの夢を思い出した。
サクラは着替えて部屋を出ると父親を捜した。
父親は本堂でお経を上げていたがサクラに気が付くといったん中断しサクラを自分の正面に座らせた。
「私はお前を修行に出すことにした。」
そう言って近くに置いてあった名刺とメモをサクラへ渡す。
「この会社は夏に砂防提を掘りに来てくれた人たちが働いている会社だ。
そこの社長の龍斗さんと話をしてきた。」
サクラは名刺を片手に父親の突然の決断に驚き固まってしまう。
「お前が眠っているうちに全ての手続きは終えておいた。住む所も問題ない。」
「私に山を下りろと言うのですか?」
サクラは泣きそうな顔で絞り出すように声を出す。
「そうだ。このままここにいても今のお前では一生かかっても仏像は彫れん。それに、ここにはほとんど人が来ないしな。」
そう言って境内を眺める。
ここは今や人が滅多に来ない場所となった。
来ても心霊関係の相談や境内の湧水を汲みに来るお年寄りだけだ。
そんな所ではサクラが夫を探すことは出来ないだろう。
「俺は無理に結婚しろとは言わん。だがお前には一度世俗を見て回ってほしい。当然、たまに顔を出しに帰って来る事は構わんからな。」
そこまで言うと再び仏像へと向き直りお経を読み始めた。
その背中には反論は許さんというオーラが浮かび、サクラは仕方なく荷物をまとめ始めた。
荷物をまとめていると部屋がノックされ母親が顔を出した。
ちなみにこの家族もあの島で秘薬を飲んでいるために20代に若返っている。
「お父さんもきっとかなり悩んだのよ。でもあなたの為を思って送り出すの。」
母親は娘を心配そうに見つめる。
「分かっているわ、母さん。それに、今は結婚も悪くないと思ってるの。」
そしてサクラは微笑しながら母親へ顔を向けた。
「どうしたの急に、熱でも出たの。あんなに無関心だったのに。」
それを聞いて母親は驚いて手に口を当てながら問いかけた。
「初代と話をしたわ。」
サクラは少し俯きがちに話し出した。
「彼らは幸せだったけど恵まれてはいなかった。それを知って思ったの。私は恵まれてはいるけど幸せを放棄しているのではないかって。」
サクラは外を見て先ほどの二人の姿を思い出した。
「だから私も幸せになる努力をしてみようと思ったの。結婚できるかどうかは分からないけどその時はその時よ。」
そして、荷物をまとめ終えたサクラは立ち上がった。
そして、名刺と一緒に渡されたメモに書いてある番号に電話を掛ける。
メモにはこう書いてある。
{荷物の準備が終わったらこの番号に連絡をかけるように。シルフより}
そして、電話がつながり相手に準備ができた事を伝える。
「それじゃ、今から向かうわね。」
その直後、部屋の空間が歪みシルフが現れた。
サクラも母親も突然人が現れた事で、驚きに体が固まる。
彼女は持って来たアイテムボックスにまとめてあった荷物を入れるとサクラの手を掴んで転移をした。
サクラは一瞬でサトルの家に移動して気が付くと玄関前に立っていた。
「え、なに、ここは何処ですか?」
サクラの混乱は収まらず周りを見渡す。
そして、見覚えのある山を見つけ、それほど離れた所ではなさそうだと少し落ち着く。
シルフはそんなサクラの事はお構いなしと手を引いて家へと入って行った。
入るとこの家の住人に龍斗や美雪が玄関ホールに集まってサクラを歓迎してくれた。
しかしサクラはこの後にこの魔窟に驚愕することだろう。
彼女の世俗での修業は常識を破壊する所から始まった。
読んでいただきありがとうございます。




