表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/111

38話 引っ掛かってくれるかな?



 ブラックジャックでワンス(ワング)が勝ったのは偶然ではない。ワンスに言わせてみれば、トランプなんて五十二枚()()()()


 テーブルに出たカードを全て記憶していき、未使用である残りのカード(デッキの中身)から瞬時に勝率を計算したのだ。いわゆる、カウンティングである。足して二十一(ブラックジャック)に近付くように、そしてそれを超えない(バーストしない)ように、カードを取るか取らないか判断しただけ。


 記憶力と頭が抜群に良いワンスとブラックジャックは、非常に相性の良い組み合わせであった。



 ―― はいはい、次はイカサマポーカーね


 ハンドレッドがイカサマを使うことなど分かりきっている。そりゃそうだ。今まで自分もそうやってきたのだから。賭けポーカーは、詐欺師の専売特許と言ってもいいのだ。



 ディーラーがトランプを切って配るのを眺めながら、ワングは「そういえば」と続けた。


「レッドって、どんな仕事をしてるんだ?」

「あぁ、私は……」

「あ! 待って! 当てたい」

「ははは、ならばヒントを出そうかな」

「お! いいね、ヒントヒント!」


 突然、クイズ大会が開かれた。表面上は仲良しこよし。


「じゃあポーカーも同時にゲームスタート。ヒントその一。堅苦しい仕事……コール(賭ける)

「うーん、銀行屋さん? ……チェック(様子見)

「はずれ。チェック」

「ええ? じゃあ経営者! チェック」

「はずれ。ヒントその二。君の職場と近い。レイズ(掛け金UP)

「え! ……あ、騎士団と?」


「俺、分かったかも」


 腕組みで傍観をしていたファイザ(ファイブル)が、にんまりと笑ってワングの肩に寄りかかる。


「え、まじ? 全然わからん。どっちもフォールド(降参)


 ワングは、手持ちの札(ハンド)をディーラーの方にパサッと渡した。


「一戦目は私の勝ちだね」

「次は勝つ! なぁファイザ、レッドの職業が分かったんだろ? 答えてみろよ~」

「王城文官、でしょう?」


 ファイザが銀縁眼鏡をかけ直しながら小声で言うと、ハンドレッドは「正解」と言いながら小さく拍手送っていた。


「なるほど、王城と騎士団本部は隣だもんなぁ。って、おいおい、こんなとこで賭けポーカーなんかしていいのかよ?」

「それを言ったら君達だってそうだろう。そう言えば、ファイザも騎士団のお仲間なのかな?」

「ええ、所属は騎士団です。純粋な騎士ではないですが」

「……というと?」

 

 ファイザが『どこまで話して良いものか』と考える素振りを見せていたので、ここぞとばかりに、ワングはペラペラと話してあげた。そういう配役なのだ。


「ファイザは騎士団の補佐官なんだよ~。俺たち騎士とは違って、なんか文官みたいな? そんな仕事をしてるんだよな! よく知らんけど」

「ははは……そうなんです。剣も握りますし現場にも駆り出されますが、補佐官は文書仕事がメインなので、そんなに強くはないんです」

「補佐官、聞いたことがある。なるほど……」


 ハンドレッドは納得した様子を見せる。


「そんなことより、さぁさぁ、二戦目をやろう! 勝つぞ~!」


 という意気込みはどこへやら……()()()はハチャメチャにポーカーが弱かった……。驚くほどに弱い、という設定だ。いや、ハンドレッドが強かったのも事実だが。

 ワングは、ポーカーフェイスという技術が皆無。ブラフハンド(ハッタリの手札)でのレイズ(掛け金UP)もあっさりと見破られるくらいに弱い。それが、ワンス演じる『ワング』の人物設定だ。


「負けた……嘘だろ……大負けじゃねぇか!!」

「だから止めとけって言ったのに」


 ポーカーテーブルに頭を突っ伏してうなだれるワング。ファイザに肩をポンポンと優しく叩かれ、なぐさめられる。……いや、違う。ファイザからは愉悦交じりの目で見下されているのだ。『友人が負けたことが心底嬉しい』という快楽の香りがふわりと漂ってくる。


 そのとき、ハンドレッドはファイザの表情を食い入るように見ていた。そして、赤黒い目に『喜悦』が生まれた。


 この瞬間だ。元々、ここが勝負だと()()()は思っていた。ハンドレッドがワンスの罠に引っ掛かるか、それとも見破るか、大きな勝負が決まる瞬間だ。


 突っ伏しながらも、ワンスは目の端でしっかりとハンドレッドの喜悦を見ていた。ファイザの表情を見て、彼は確実に喜んでいた。

 

 ―― よし、掛かった! さすがファイブル!



 ファイブルが演じるファイザは、無鉄砲で考えなしのワングを(とが)める兄的存在という役だ。しかし、心の中ではワングのことを嫌っており、どうにか困らせたくて、ワングを堕とすために賭けを覚えさせている……という人物設定。この複雑な役を臨機応変にこなせるのは、ファイブル以外に思い付かなかった。欠かせない存在なのだ。


 用意したこれらの材料で、ハンドレッドが取る行動。ワンスは、それをよく分かっていた。だって、彼らは同じ詐欺師だ。相手の思考は想定しやすい。

 きっと、ハンドレッドは国庫輸送の資料をファイザに用意させ、それを言葉巧みにワングに流出させる方法を取るはずだ。もちろん、流出先はハンドレッド。ファイザはワングの困る姿を見て楽しみ、ハンドレッドは情報をゲット……というわけだ。


 なぜ、そんなことをするのか。別にハンドレッドに恩を売ろうってわけじゃない。平たく言えば、ワンスは国庫輸送の情報を()()()()でハンドレッドに渡したいのだ。ワンスが詐欺師だとは気付かれないように、自然に。


 そして、ハンドレッドが国庫輸送詐取に夢中になっている間に、彼の莫大な資産を丸ごと頂く。これがワンスの狙いだ。


 この詐欺師VS詐欺師の勝負をハンドレッドが勝つためには、ワンスが詐欺師であると見破る他ない。逆に言えば、ワンスがハンドレッドと直接やりあう一番のリスクが、詐欺師だと見破られることだ。


 だからこそ、ワンスから目を背けさせるように、ブラフハンド(ハッタリ)にファイブルを仕立て上げたのだ。




 大負けして気落ちをしたワングは、トボトボとポーカールームを出た。


「もういい、俺は帰る……レッド、さようなら……」


 ファイザに(なだ)められつつ、半ベソをかきながら紳士クラブを出た。なんでこんなに弱いんだ……ブラックジャックのときは勝てたのに、ポーカーになった途端全然ダメ……という感情を乗せて、トボトボと歩いてみせた。


 道を歩きながらも、二人は演技をする。店を出ても、終わりではない。帰るまでが詐欺である。


「負けると思わなかった……ぐすん」

「そういや、ニルヴァンに金を借りたとか言ってたな?」

「はっ! そうだった!! どうしよう!?」

「知らん」

「ファイザ、金貸して?」

「金はない」

「ケチ! 薄情者!!」


 そのとき、後ろから、とってもとっても良い声が聞こえてきた。


「ワング!」


 ―― きたきたきた!


 ハンドレッドの声に、心の中で拍手喝采。ヤツなら絶対に声をかけてくると信じていた。何故ならば、ワンスなら絶対にそうするからだ。


「レッド? どした?」

「困っているならば、今日の賭けはなかったことにしようか?」


 その顔は、まさに善良な人間そのもの。とてもではないが詐欺師とは思えなかった。しかし、ハンドレッドは真っ黒な詐欺師。貸しか借りを作って、次に繋げる。詐欺師の常套手段だ。


「え! いいのか!? まじ? 助かるー!」

「ああ、もちろん。ディーラーに支払う手数料は戻らないけれど、ほらコレが君の金だ」


 それを受け取り「レッド神様~! 国中で一番器の大きい男!」と(あが)(たてまつ)ってみたりした。ハンドレッドも満更でもなさそうだ。


「なかったことにする代わりに、また同じように紳士クラブで遊ぼうじゃないか」

「もっちろん! レッドっていいやつだな~! 三日後にまた行くから、予定が空いてたら会おうぜ~。次は負けないぜ?」

「三日後だね、分かったよ。こちらも次は『なかったこと』にはしないからね、ははは!」


 ワングと会話をしながらも、ファイザを値踏みするように一瞥し、ハンドレッドは去っていった。


 ハンドレッドの背中が見えなくなった頃、親友の二人は目配せで『作戦成功だな』『楽しい~♪』と小さく笑い合った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ