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23話 黙っていることは、騙していることになるのかな



 ワンスとファイブルの親友二人が悪ノリでノリノリしている頃。時を同じくして、こちらの親友二人も盛り上がりをみせていた。



「ふぉーぉりあっ♪」

「ミスリー! 久しぶりのミスリー! ミスリーだいすき!」


 フォーリアはミスリーに飛び付いてぎゅっとする。ミスリーもニコニコと笑って抱きしめ返してくれた。

 二人の間には複雑な事情(ニルド問題)があるものの、その複雑さを取り除けば、生まれた頃からの親友なのだった。


 二人は可愛らしい平民向けレストランの個室で、今日はおしゃべり会を開くことにしていた。ちなみに男二人の悪友組は、地下にある高級ワイン店で豪遊していることを考えると、何とも可愛らしいことだ。


 ここ最近、二人はそれぞれ忙しくて、なかなか会うことが出来なかった。久しぶりのおしゃべり会だ。

 忙しかったのは、お互いに詐欺を手引きしたり詐欺まがいのことをしたり、双方ともに(ダグラス)から情報を引き出すために色仕掛けをしていたからだけど。可愛らしいレストランに、可愛くない二人の女が集結しているのだった……。



「それでそれで、フォーリアの恋はどうなったの? 上手くいきそう??」


 ミスリーが待ちきれない様子で聞いてくる。彼女としては、『ワンス・ワンディングとやらの伯爵家嫡男とフォーリアの仲が上手くいって欲しい』と、切に願っているのだろう。


「え、あ、うん、えっと、まあまあかなぁ~」


 一方、フォーリアの心境は複雑なものだった。ワンスの愛しい女性がミスリーだと思っているから、歯切れの悪い返答しかできない。


 そもそも、フォーリアは質問する側に立ちたかった。ミスリーがワンスをどう思っているのかを知りたいのだ。このままでは、一人の男性を取り合うことになってしまうのではないかと思うと、ワンスに好きだの結婚してだの、なかなかストレートには言えなかった。


 しかし、欲望に忠実なフォーリアは、ワンスがくれるキスや抱擁といった麻薬的な甘美に(あらが)えなかったのも事実。大変複雑なことである。



 フォーリアは意を決して聞いてみようと、メニューを握りしめる。


「ミスリーは、好きな人っているの!?」

「え、私? そんなこと聞くなんて珍しいね」


 ミスリーは「そうねぇ」と少し迷う素振りを見せた。彼女としては、ニルドのことをフォーリアに知られたくないのだろう。そりゃそうだ。フォーリアを経由して、もしも彼にバレたのなら……怖い怖い。『大本命の親友』だなんてことが知られたら、もう二度とマッチしてくれないはずだ。


 しかし、ミスリーとしては『好きな人はいるよ! 私はこんな風にアピールしてる!』みたいな話をすることで、フォーリアの恋を強烈に後押ししたい。そんな思惑が、彼女の瞳から伝わってくる。


「好きな人ならいるよ!」


 結果、ミスリーは満面の笑みでサムズアップをしながら答えてくれた。こればかりは愚策だった。


「そそそそうだよね。ミスリーも恋をしちゃってるのよね。ちなみに、どんな人……?」

「えぇっと、優しい人かなぁ。カッコ良くて、人を守る仕事をしているのよね」

「優しくてカッコ良くて人を守る仕事!?」


 ―― それってワンス様のことじゃない!


 ミスリーがどんな回答をしたところで『ワンス様のことじゃない!』とフォーリアは思っていただろう。真実を言えば『悪党で容姿はいいが人を騙す仕事』である。正反対だ。そして悲劇だ。バッチリ勘違いをしてしまった。ニルドを匂わせないために、ミスリーがふんわりワードをチョイスしたのが仇となった。


 ―― ということは、二人は愛し合っている……?


 あぁ、勘違いが加速していく……。


「ミスリー、ごめんなさい。この前ね、二人が一緒にいるところを見ちゃったの」

「へ?」

「クレープ屋さんの前で、紙袋を渡してたでしょう……?」

「クレープ屋、紙袋……? あぁ、イチカね!」

「イチカ?」

「イチカ・イチリスよ。ほら、フォーリアがカフェで……あ、ううん。あの濃紺の髪と薄い黄色の目の人でしょ? イチカがどうかした?」


 詐欺師の手引きがバレるようなワードを言いそうになり少し口ごもるミスリーであったが、当然ながら、ぼんやりフォーリアは全く気付かない。グルグルとその名前が頭を駆け巡る。


 ―― イチカ・イチリス?


 わけが分からない。八年前はエースと名乗り、フォーリアにはワンス・ワンディング、ミスリーにはイチカ・イチリスと名乗る。一体、何個名前があるのか。何のために名前を偽るのか。


 しかし、動物的勘により……いや、超強烈な独占欲により、フォーリアは口をつぐむ。嘘が下手であっても、本気になれば黙っていることは出来るのだ。

 

「ううん、ごめんね! 何でもないよ~。私、グラタンにしようかな。ミスリーはどうする?」


 メニューを見て悩むフリをしてギュッと口を結ぶ。『私だけの彼の秘密』を守りたかった。


「グラタンもいいよね~。うーん、私も同じのにする」

「あ~、小エビとマッシュルームのサラダも食べたい……」

「共感しかない。シェアる?」

「る!」

「デザートは~?」

「一口アイスクリーム、二軒目でパフェ♪」

「最上級のザッツライト」

「パフェどこで食べる~?」

「赤い屋根の街角カフェ~♪」

「共感しかない~♪」


 そんなこんなで仲良しおしゃべり会は幕をあけたのだった。


 

「ねぇ……ミスリーの恋は上手くいってるの?」


 グラタンをふーふーしながら、その息の勢いで潔く聞いてみると、ミスリーは仕方無さそうに小さく首を振った。


「うーん、デート(マッチ)はたくさんしてるけど、そもそも彼と私って釣り合ってないのよね~」

「そうなの……?」


 フォーリアから見ていると、二人はとてもお似合いだった。ワンスからミスリー()に向けられた愛おしそうな微笑みを思い出し、悲しい気持ちになる。

 そこでふと、ミスリーは平民でワンスが貴族であることを思い出す。ああ、そうか、ミスリーが言っているのはそのことなのだろう。国では貴族と平民の婚姻は認められていないから。


「でもね! 色々アプローチも頑張ってるのよ?」

「アプローチ……たとえば?(ごくり)」

「たとえばー」


 そこで言葉を止めて、ミスリーは「あー」とか「そうねぇ」とか言い始めた。

 考えてもみれば、ミスリーのアプローチは、ちょっと? いや結構? 大人の香りしかしない玄人向けだ。そんなこと、ピュアオブピュアのフォーリアに言えるわけもないのだろう。口ごもるのも当たり前だった。


「たたたたとえば、物理的な接触よ! 手を繋ぐとか!?」

「接触……」


 接触。接触といえば、接触である。フォーリアは先日のワンスとの秘め事を思い出して、顔から火が出そうになる。目の前にある熱々のグラタンといい勝負だ。


 そして、それをミスリーは見逃さない女だった。


「なにその反応! え、え? そうなの?」

「ナニモナイヨ!」

「はっはぁ~ん? さては?」

「ナニモナイヨ!」

「……ちゅーされちゃった?」


 ミスリーの容赦ない追及。『ボンっ』と音を立て、フォーリアの顔は真っ赤っかに。


「きゃー!! ほんと!? やるぅ、ワンス・ワンディングぅ! ひゅーひゅー、テンションあがってきたぁ!」

「……ごごごめんなさい」


 二人のテンションは相反した。ミスリーは『フォーリアのファーストキスがニルド以外の男に奪われた』という事実に絶好調!

 逆に、フォーリアは二人の仲を引き裂く悪女の気持ちになって絶低調。顔は真っ青だった。


 いや、そもそも、愛する女性がいる設定でありながら他の女に易々とキスをするワンスに疑問を持たないものか。疑問を持たないのがフォーリアなのだ。


「ちゅーまでする仲なら、もう後一押しって感じじゃない~。フォーリアったらもー! うんうん、ミスリーは嬉しいぞ!」

「フォーリアは苦しいぞ……」

「大丈夫大丈夫、そのまま真っ直ぐ進んでおっけーよ。めくるめく、大人の世界へ! ゴー! フォーリア!」

Go for rea(進めないわ)r……」


 そんな感じで、ミスリーのテンションは上がりきり、フォーリアのテンションは下がりきったおしゃべり会であった。


 フォーリアは苦しみながらも、ワンスを諦められない自分自身を大事にしてあげたかった。八年前も、今も、彼が名乗る名前が変わっても、髪の色が違ったとしても、ずっとずっと彼だけを欲していたからだ。


 平たく言うと『私の方が彼を愛してるわ』と。


 ―― 二人が愛し合っていても、諦められない。まだ恋人じゃないんだもの。ワンス様の気持ちを黙っててごめんね、ミスリー……


 心の中で何度もごめんねごめんねと謝る。ワンスがミスリーを愛しているという事実(無根)を一言告げれば、もしかしたら二人は恋仲になるかもしれない。でも言えない。言えなかった。


 黙っていることは、騙していることになるのかな?







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