反省
私達が野営地を出たとき空はまだ暗く、月明りだけを頼りに薄暗い森の中を進み、右も左も分からずただひたすらにシルとセヴェリと共に逃げ回った。捕まってからは応戦するのに必死で、助けが来たあとも放心状態で空を見上げる余裕などなく、森を出て野営地に戻って来てからやっと空が明るいことに気付いた。
「もう日が昇っているのか……」
「本当だ……明るい」
「これから歩いて街に戻るんですか……」
手で日差しを遮りながらぼやけば、私の隣を歩くシルとセヴェリも力のない声でぼやきだす。
野営地に着いて直ぐ、声が掛かるまで軍幕で待機するようツェリ教員から指示を受けたので、肉体的な疲労と緊張感から解放され意識がぼんやりとした状態で自分達の軍幕へ戻っている。
時間的に既に生徒達は起き出し朝食の準備に取り掛かっている筈だが、周囲に生徒の姿はなく、もしかしたら私達と同じく軍幕の中で待機するよう言われているのかもしれない。
「あの人達も、街へ連れて行くんだよね……あっ、セヴェリ」
「然るべき罰を受けるといいんです」
足を止め野営地の奥を見ながら呟いたシルの腕をセヴェリが引っ張り、よろめきながら軍幕へと歩みを再開する。
シルが口にしたあの人達というのは、ニルスやドアンのことだろう。捕らえたスレイランの者達はダンとリックさんが教員の軍幕へと連れて行き、その付き添いとしてツェリ教員が同行している。砦には連絡済みで、他国の王族であるニルスを運ぶ馬車が向かっていると、そうダンが言っていたことを思い出し、きっとニルス達を運び出すまで生徒達は軍幕で待機となるのだろうとシル達と話す。
そんな気が緩んだ状態でふらふらと歩いていた私達は、自分達の軍幕の側に立つ人達を見つけ、ピッと背筋を正した。
「待って、あれって……」
「フィルデ・ロティシュです」
「そうだよね……そうなんだけれど、もしかしたら」
「あの人の顔を知らない者はいません」
「でもさ、見間違いだと思いたいだろう……?」
隣は小声で何やら揉めているが、私はそれどころではない。
開かれた軍幕の中にはフィンが座っていて、その正面にはニック大佐が膝をつき診察をしている。
だが、規律に厳しく勝手な行動を許さないあのニック大佐がただ診察をするわけもなく、恐らくかなり厳しく叱責されているであろうフィンの顔色は悪く、一生懸命何度も頷いている姿が遠目からでも分かるほど。
そして更に、軍幕の外にはお爺様とルジェ叔父様がいた。
「……っ、おい」
無意識にじりじりと後退っていた私は両腕を掴まれ、いつの間にか左右に立っていたシルとセヴェリを睨みながら、低い声で威嚇する。
「大丈夫……三人なら怖くないと思う」
「大人しく覚悟を決めましょう……」
「待て、叱られるべきなのはお前達だけだろう」
「でもセレスも野営地を抜け出したから」
「同じ班なので、怒られるときも一緒だと思います」
「放せ、おいっ……あ」
軍幕の側で騒いでいれば気付かれるのも当然で、振り返ったルジェ叔父様は私達の姿を捉えて目を見張り、そのまま足早にこちらへと向かって来る。心の準備が必要だっただけでもとから逃げるつもりはなく、目の前に立ったルジェ叔父様を見上げながら大人しく叱られるのを待つ。
「良かった、無事だったか。どこか怪我は……っ、その、髪……!」
私を見回したあとほっと息を吐いたルジェ叔父様だったが、私の肩へと視線を向けた瞬間、悲痛な声を上げた。
切れ味の良いナイフで切ったのでそこまで酷くはない筈なのだが……と、胸上くらいになった髪を指で掴み、これなら整えるだけで済むと頷く。
「髪が……顔に擦り傷まで。他は?」
「利き手を痛めました」
「そうか、どれ……腫れてはいるが、折れているわけではなさそうだ。あとでニック大佐に見てもらいなさい」
「はい」
「君達も、どこか怪我はしていないか?」
「私達はどこも」
「かすり傷程度です」
「それなら良かった……」
私とシル達の怪我の確認をしたルジェ叔父様は、目を伏せたあと深く息を吐き出し、ゆっくりと視線を上げ私達を冷たく見据えた。いつもの朗らかで優しげな雰囲気は消え、「いいか」と私達に語りかけた厳しい口調に息を呑む。
「軍学校に通っていても君達は軍人ではない。力もなく、十分な訓練を受けていないただの子供が、勝手な行動をしてはならない。セレスティーアは三年も砦にいて、何を見て、どう学んだ?友を守りたいという想いは分かるが、それは力を持つ者ですら難しいことだとまだ分からないのか?」
「……すみませんでした」
「スレイラン側にはドアンだけではなく、騎士が二名いたと聞いた。軽装備で剣を持つ騎士を相手に、命があっただけでも奇跡だ……本当に、危なかったんだぞ」
「はい」
「シルヴィオとセヴェリーノといったか、君達二人も軽率過ぎる。身分を詐称していたとはいえ、助けを求めずドアンについて行くのは自殺行為だぞ」
「申し訳ありませんでした」
「私達の落ち度です。申し訳ありません」
凄く心配をかけたのだろう。
悲痛な面持ちで私達を諭すルジェ叔父様に胸が痛む。
「一人で解決しようとせず、先ずは人を頼れ。君達は学生なのだから、教員に助けを求めるんだ。勝手な判断や行動は、自分や友、そして他の者達の命を危険にさらすことになる」
はぁっ……と片手で目元を覆って空を仰ぎ見たルジェ叔父様は、「私からは以上だ」と私達の肩を軽く叩き背を向けた。
そして叔父様が向かった先には、腕を組んで私達をジッと見つめている御爺様が。
怒っているようには見えず、呆れられてしまったのでは?と不安になり足を踏み出すのを躊躇っていれば、ルジェ叔父様と入れ替わるかのようにツェリ教員が戻って来た。
「叱られたのかい?」
「はい……助かったから良かったと、そう思っていましたが、私は自分の力を過信してフィンを危険に晒しました。シル達のことも、教員に報せて向かってもらえば怪我もなく助けられたんです」
「そうだな……だが、私はドアンが何者で、君達に危険が及ぶと分かっていて放置したので、何も言えない。私も、君達と同じく叱られる立場だ」
苦笑しながらそう言ったツェリ教員は、まだこちらを見ている御爺様に向かって軽く手を振り、「無視されたよ」と肩を竦めた。
「監視対象だったドアンが、今年に入ってから何度もスレイランの者と接触していることが分かった。その接触している相手がスレイランの第二王子付きの者だと知り、彼等の目的はそこの二人ではないかと軍学校側は疑った。そうなると、何か仕掛けるなら街の外に出る演習の日だろうと当たりを付け、ボロが出るようドアンを君達の班の担当にした。そして当日、彼を監視する為に補佐という名目で私がついた」
「だからドアンは驚いていたんですね」
「驚くだろうね。二人を誘き出す予定だったのに、私が横にいたらやりにくいだろうから。我々が予想していた通り、ドアンは夜間の交代時間を使って野営地を抜け出し、森へ向かった。私も彼の後を追って野営地を出ようとしたのだが、ここで予想外なことが起きた」
「何かあったのですか?」
「直ぐに動けるように配置していた教員が皆、何か薬を盛られたのか倒れたんだ。しかもご丁寧に火まで消され、暗闇で混乱する生徒達を宥め、安全を確保する為に動ける教員は野営地に縛られることになった」
私達が野営地を抜け出したあとのことなのだろう。そんなことがあったのかと、シルとセヴェリと顔を見合わせる。
「先にセレスティーアとフィンの無事を確認しようと軍幕へ走ったが、そこはもぬけの殻だった。あれは久々に焦ったよ……フィルデのあの険しい顔を思い浮かべながら、街の門に向かって信号弾を撃った」
だとしたら、ダンとリックさんはその信号弾を見て駆け付けてくれたということだ。
でも、徒歩で六時間もかかる道を馬で走って来たとしても、それほど早くは来られない。だというのに、二人はツェリ教員と一緒に現れた。
「それほど早く街から来られるものなのですか?」
馬でも時間は掛かるのではないだろうか?と考えているうちに眉を顰めていたのか、ふっと笑ったツェリ教員が「いや」と口にしながら私の眉間を指で伸ばした。
「ダンとリックは、私達が街を出てからずっと距離を空けてついて来ていたんだ」
「そうだったのですか……」
「ドアンが何か仕掛けると確信していて手を打たない馬鹿はいないだろう?」
予想外なことが起きたとしても、ダンとリックさんが近くいればどうとでも対処できたということなのだろう。やはり勝手な行動をするべきではなかったのだと、唇を噛み締めた。
「すみません。余計なことをせず、ツェリ教員に報せるべきでした」
「騎士や軍人であれば、報告してから指示を仰ぐべきだった。けれど君達はまだ軍学校に通う軍人見習いだ。失敗から学び、経験を積めばいい。それに君は余計なことだったと言うが、もしかしたらその余計なことがあったからこそ、彼等が生きてここにいるのかもしれない」
「……」
「セレスティーアが彼等と共に助けが来るまで耐え、フィンが森の中に目印を付けたことで私達が迷うことなく辿り着けた」
勝算などないのにフィンを待てず飛び出したのは、あのときああしていなければ間に合わないと思ったからだ。
私やフィンがおらず、ニルスやドアン、それとあの騎士達を相手に、まともな武器も持たず、技術的に未熟なシルとセヴェリがどれだけ耐えられたのか……嫌な想像をして眉を顰めた私の隣で、シルとセヴェリが肩を震わせた。




