不穏な空気
火の番を終え、テントの中で横になり目を閉じるがやはり中々寝つけない。
野外で無防備に横になっていることへの緊張もそうだが、ビリーが言っていたことが気に掛かり、そのことばかり考えてしまう。
テントの端で横になっている私の隣にはフィンが、その彼の隣にはシルとセヴェリが横になって眠っている。
テントの中に戻ってきたときにはシルもセヴェリも就寝していて、今も寝返りひとつ打たず静かに眠っているというのに、どうしてか心が落ち着かず眠れない。
これでは明日街へ戻る前にへばってしまうと、ただひたすら眠くなるのを待っていたときだった。
「……ないと」
「……れは……どう……」
「もしか……れば……」
起き上がる気配と共に囁くような小さな声が耳に届き、片目を開けて隣を確認する。フィンは私に背を向けて眠っているので、今起きて話しているのはシルとセヴェリなのだろう。
まだ外は暗く、火の番を終えてからそう時間は経っていないので起床時間にはまだ早い。
眠れなくて話をしているだけなのか、それともトイレだろうか?
そんなことを考えながらまどろんでいれば、「……シル!」と普段なら有り得ないほど強い口調でシルの名を呼んだセヴェリに驚き目が覚めた。
「だから、私がいかないと……だろう?」
「ですが……したら……が、どうでるか」
「分かって……これが……だ」
喧嘩をしているのか、興奮して声が大きくなっていることに二人は気付いてすらいない。
明らかに様子がおかしいとジッと様子を窺っていれば、カチャ……と装備を装着する音が聞こえ目を開けた。
「早く、行かないと……」
「シル……待て……」
直ぐに身体を起こすがテント内に二人の姿はなく、遅かったかと舌打ちをする。
何が何だか分からないが、このままあの二人を放っておく選択肢はなく、横になっているフィンの肩へと手を伸ばしかけ、引っ込めた。
「起きていたのか」
寝ていた筈のフィンがむくっと起き上がるのを見てそう訊けば、ふあっ……と欠伸を零したフィンがコクリと頷く。
「眠いんだけど、どうも眠っているわけにはいかなそうだから。あの二人、トイレではないよね?」
「違うだろうな」
「どうする?このままだとビリーが言っていたように、班での連帯責任になりそうだけど」
「後を追って様子を見る。おかしな動きをするようであれば引き摺ってでもテントへ連れ帰るぞ」
「了解」
素早く身支度をしてテントを出て、暗闇の中目を細めシル達の姿を探す
火の側には教員はいるが生徒らしき者は居らず、フィンと頷き合い反対側へ走り出した。
「やっぱり森かな……?」
「このまま見つからなければ、森だろうな」
テントから移動してもよい距離を過ぎ、焦りからか私もフィンも無言のままひたすら走る。
息が切れ、休息を取る暇もなく酷使されている身体がギシギシと悲鳴を上げているが、それでもずっと感じている不安が段々と大きくなっているほうが心配で仕方がない。
「……っ、セレスティーア」
先を走っていたフィンが立ち止まって振り返り、「あれ!」と彼が指を差す方へ顔を向けた。
数メートル離れた先、森に入る手前で立ち止まっている人影に目を凝らす。
「シルとセヴェリのようだが、他にも誰か……」
「あれって、ドアン教員じゃ?」
森の中へ入っていなかったことに安堵したのも束の間、シル達の側にドアン教員を見つけたフィンの顔が青褪める。口をパクパクとさせながら彼等と私を交互に見るフィンを宥めるように背中を軽く叩き、自身の口元に人差し指を当てながら身を屈めた。
「私達には気付いていないから、このまま様子を見よう」
ドアン教員も私達と同じくシルとセヴェリを注視していて、夜中にテントを抜け出したシル達を追って来たのかもしれない。もしそうならシル達はドアン教員がテントまで連れ帰るだろうから、私達は先にテントへ戻っていたほうが良いのだろうか。
「何か、おかしくないかな?」
ポソッと呟いたフィンに視線を向ければ、彼は真っ直ぐシル達を見つめたまま怪訝な顔をしている。
「おかしいとは?」
「怒られているような雰囲気ではなさそうなのに、何か、こう……」
上手く言葉にできないと髪をクシャクシャにしているフィンに苦笑し、何が言いたいのかは分かると頷く。
シルとセヴェリにドアン教員が近付けば何故か二人は距離を取る。それにセヴェリがシルを背に隠すかのように立っているので、ドアン教員からシルを守っているかのように見えるのだ。
「あれでは教員と生徒というより、暴漢に襲われている貴族だな」
「それだ」
その例えがしっくりくるほど誰がどう見てもシル達はドアン教員を警戒している。
それなのにドアン教員はセヴェリへと手を伸ばし、親しげに肩を叩きながら何か話している。
「揉めているわけではなさそうだが」
「ドアン教員のことだから、注意する程度で済ませてくれる気がするんだけど」
「そうだな」
「シルヴィオ達のことはドアン教員に任せて、僕達は先に戻っておく?」
「そのほうが……フィン」
「……あっ!」
踵を返そうとした私達の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。
テントに連れ帰るどころか、自ら率先して森へ入って行ったドアン教員。彼の姿が森の中へ消えると、シルとセヴェリも後を追って森へ入って行ってしまう。
あとに残ったのは唖然と立ち尽くす私達だけ。
「深夜の個人訓練とか……」
「ないとは思うが、仮にあったとしても班のメンバーに何も伝えずに行うと思うか?」
「行わないと思う」
「どう考えてもおかしいと思うのだが」
「うん。おかしい」
意見が一致したところで、シル達が立っていた付近まで足早に近付く。
そこから森の中を覗けば想像以上に森の中は暗く、唯一の明かりは月の光くらいなものだ。
「森に入ってはいけないと言われているが、教員が一緒なら怒られるくらいで済むんじゃないか?」
「ドアン教員がいるから、怒られるくらいで済むと思う」
フィンと頷き合い、ドアン教員とシル達の後を追って森の中へと足を踏み入れた。




