野営地
学舎で過ごす制服とは別に、演習、遠征時に着用する服がある。
灰色の袖の短いシャツと同色の長いズボン。シャツの前面には白い三本線が刺繍され、軍人ではなく軍学校の生徒だと一目で分かるようになっている。
背負っているリュックの中には、ノートとペン、ライト、テープ、止血帯、雨衣、それと各自の装備品。肩に掛けている横長の鞄には一泊分の物資の他に軍幕も入っていて、それなりに重量がある鞄を二つ持ち、数十キロ先にある野営地に向かい、そこで一泊してから帰るというのが今回の演習内容だ。
「野営地までは徒歩で六時間ほど。気温が上がる前に出発して、何度か休憩を取りながら移動するんだ」
目の前にはただただ広い土地。街の門へ向かって伸びている舗装された道は狭く、馬車がやっと一台通れるくらいだろう。遠くに見える山脈と森、自身の足でひたすら歩き続けた先での一泊という演習に、心躍らせながら足を前へと進めていく。
生徒は班で固まり列を作って移動する。列の先頭には教員が二名、左右には班の担当教員がつき、何かあれば直ぐに対処できるようになっているらしい。
「野営地では寝床を作って火をおこすだけだから、疲れた身体を休められるよ」
初めての演習ということもあり、左右を歩く教員が丁寧に説明をしながら質問も受け付けている。私達の場合はドアン教員が質問する前に色々と説明してくれているので、それをしっかり聞きながら代り映えしない景色を眺めていればよい。
「軍学校の生徒への接触や攻撃は、どの国でも禁止されているからその辺は安心して」
ドアン教員が自身のシャツの白い三本線を指で叩いてニコッと笑えば、彼の声が届く範囲にいる生徒達から安堵の息が漏れる。
暖かい時期から定期的にある夜間の襲撃やちょっとした諍いなど、砦の警報音は街中にも響いているので、生徒達が街の外に不安感を持っているのは当然のこと。
だからこそ、ドアン教員はそう口にしたのだろうが……。
「確かに軍学校の生徒への接触や攻撃は禁止されているが、それを守るかどうかは相手次第だよ」
「ツェリ教員……!?」
サラッと物騒なことを口にしたツェリ教員に、皆の視線が集まった。
ツェリ教員の反対側を歩くドアン教員が咎めるように慌てて名を呼ぶが、呼ばれた本人はニコニコとしたまま言葉を続ける。
「今迄は無事だったかもしれないが、これからも無事だとは限らないだろう?」
「国際法で決まっていることです。守らないわけにはいかないと思いますが」
「通常時であればそうかもしれないが、戦争時には前戦で戦う軍人や軍学校の生徒を潰すのが常套だ。それに、表立たないように動く者だって多数いるだろうしね」
「だとしても、今から演習に向かう生徒達にそのような話をして怖がらせるのはどうかと」
「まだ訓練であるからこそ、そういったことも教えておくべきだ。演習は遊びではなく、戦争時の訓練なのだから、様々なことを考え、予測し、対処できるようにしておかなくてはいけない」
「徐々に理解していけばいいんです。態と怖がらせることはありません」
「安全だから?」
「はい」
「だが、絶対に安全であると言うのであれば、軍学校の生徒達が演習や遠征に出ている間、砦の軍人を門の待機所に置くわけがないと思わないかい?」
「それは不測の事態に備えていて……」
「やはり絶対ということはないんだね」
「……っ」
徐々に言葉を失っていくドアン教員に、「私も此処では新米だから、是非色々と教えてほしい」と微笑むツェリ教員。二人の遣り取りを聞いていた他の教員達が何も言わず静観しているということは、ツェリ教員の言葉も正しいのだろう。
「門の待機所に居た軍人って、セレスの知り合いだっていうあの人達だよね?」
前を歩いていたシルが私の耳元に顔を寄せ小声で訊いてきたので頷く。
門の待機所には常に数名の軍人が置かれ、交代で寝泊まりしている。街の要と言っていいほど重要な門を守る任務なので、軍に入って五年目くらいの中堅層が行うものだと聞いてはいた。だから実際にその待機所を通ったとき、中からリックさんとダンが出てきて驚いたのだ。
「あの若いほうの、ダンって人は、あまり頼りにならなそうだったけど」
ツェリ教員の言っていた通り、軍学校の生徒が街の外へ出ている間は、それなりの階級や実力を持つ軍人を数名、砦へと伝令に走らせる新人を一名、何かあったときに直ぐに軍が動けるように待機させているのだと、門でリックさんが教えてくれた。
その際に、ダンが「俺がいるから安心して行ってこい!」といつものようにケラケラと笑っていたのだが、シルにはそれが頼りなく見えたらしい。
「あれでも有望株だぞ」
「あれが?」
「性格に多少の難はあるが、軍学校を首席で卒業し、砦内の実践訓練では上官を押さえ上位に位置している猛者だ」
「へぇ、人は見かけによらないんだね……」
「ただし、性格に難があると覚えておくように」
念を押すように口にすれば、コクコクと頷いていたシルがパッと瞳を輝かせた。
「ねぇ、セレス。もしかしたら軍人は、性格がどこかおかしい人のほうが優秀なのかもしれない、よ……って、どうして皆、私を見るのかな?」
私だけでなく、周囲に居る者達が一斉にシルを見ていた。
それに対してあからさまに不貞腐れたシルは、セヴェリの腕にしがみつき文句を口にしながら野営地まで歩き続けるのだが……。
日頃からそのような姿を目にしていれば性格に難があると思われても仕方がないだろうにと、私はシルを叱りながら歩く羽目になってしまった。
※※※
長時間歩き続けやっとたどり着いた野営地では、休憩する間もなく直ぐに野営の準備に入る。先ずは寝床を確保する為に大きな一枚布を広げて軍幕を張る。バディと自分、二人分の広さを作り、それが終われば持ってきた物資を日数分に分けて、火をおこす。
「意外と楽だったよね」
自分達の軍幕を張り終わったシルが、火をおこす準備をしながらそんなことを口にする。
「今回は歩いただけだし、水も食料も持ってきているから楽は楽だけど。さっきシルヴィオは足が痛いって愚痴ってなかった?」
「こんなに長時間歩いたのは生まれて初めてだよ。フィンだって、よろけながら軍幕を張っていただろう」
「あ、あんなに大きいとは思わなかったから!別に疲れていたわけじゃないよ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるよ」
「シルヴィオ……!」
肩と肩をぶつけ合いながら火をおこすシルとフィンを放置し、私とセヴェリは報告しにドアン教員の元へ向かう。
「軍幕は終わりました」
「あっ、お疲れさま!火は……あの二人か」
茂みの前にしゃがみ込んでいたドアン教員が立ち上がり、私の背後でまだ争いを繰り広げているシルとフィンを見て微かに微笑む。
「軍幕は、うん、しっかり張れているね。初めてにしては上出来だ。演習では簡易的で軽量な布しか使わないけれど、上官用と作戦会議のときに用いる専用の物もあって、それは遠征のときに張ることになるよ」
ドアン教員の言葉に興味を引かれたのか、「ほおっ」と声を漏らしたセヴェリが専用の物とはどういうものかと、詳しく説明を求め始めた。セヴェリは軍の装備や設備に興味があるのか、それらの話が出るといつも目を輝かせている。
ぐるっと周囲を見回せば、軍幕を張るのに苦労している者や、全て終えてぐったりしている者と様々だ。
「……っ、ふぅ」
腕をグッと上に伸ばしたあと深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
多少足に疲れはあるが、まだまだ動ける。普段の訓練のほうがキツイと思えるのだから、まだまだ余裕があるのだろう。
「よし、少し歩きながら色々説明するよ。そこの仲良く肩をぶつけて遊んでいる二人も、こっちにおいで!」
「あ、遊んでません!」
「は……!?」
ドアン教員は同時に声を上げて動きを止めたフィンとシルに向かって手招きし、森がある方角を指差す。
「あそこに森が見えるだろう?ここから数キロ先にあるあの森の中には川辺があって、演習や遠征ではそこで水を汲む。季節によって森の中に成る木の実は変わるんだけど、今の時期の実は甘くて美味しいんだ」
そう笑顔を絶やさず説明するドアン教員は、木の枝を拾うなら森の手前で、食料となる小動物は茂みに罠を仕掛けて捕まえるのだと、身振り手振りを使って教えてくれる。
「罠って、これのことですか?」
茂みの中を覗くフィンにドアン教員が頷くと、「罠!?」と嬉しそうに声を上げたシルが茂みの前にしゃがみ込んだ。その隣にはドアン教員、彼を挟んだ反対側にはフィンもシルと同じようにしゃがみ込んでしまう。何やら楽しそうに罠を触っている三人とは別に、セヴェリはいつの間にか少し離れたところに居たツェリ教員を捕まえ話しているし……。
「それにしても、凄いな」
数キロ先にあるという森はここからでもハッキリと見え、まるで直ぐそこにあるかのように感じるほどだ。森の中は人の手が入っておらず、道という道がないので、その先にあるスレイランに偵察に向かうだけでも一苦労だと砦に居たときに耳にしたことがある。
そんな森に入って水を汲んで戻ってくるだけでも一仕事だろうし、食料だって動物が罠に掛からなければその日の食事は水だけなのでは?
「本当に、今回は楽な演習なんだな」
こののんびりとした状況に、知らず強張っていた肩の力が抜けていく。首を回し、やはり緊張していたのだと苦笑したあと、太腿にある小さな短剣を叩き森へと背を向けた。




