先輩
「嬉しそうだよね」
「完全に浮かれています」
また何か言っているシルとセヴェリをひと睨みすると、彼等は揃って口元を両手で覆う。隣からは「調教されている」と不穏な言葉が聞こえてきたので、レナートの柔らかな頬を指で掴み引っ張った。
「いりゃい……」
「余計な一言は身を亡ぼすぞ?」
「ひゃい」
砦に居たときによくやっていたのだが、レナートの側近である二人が眼を剥き上げた手を空中でウロウロさせている姿を見て肩を竦める。
ぶんぶんと首を縦に動かし頷くレナートの頬から手を離し、それほど強くは掴んでいない頬を撫でたあと「さて……」と困惑している二人へ促した。
「ヘイル・オーリクです。父は現騎士団長を務めています」
「スノー・バエリと申します。父は国王陛下の側近を務めさせていただいております」
第二王子殿下の側近に選ばれるくらいなのだから良い家柄の子息であることは間違いない。
予想以上にとんでもない肩書を持つ親が出てきたものだと二人を眺めながら、王妃様の派閥陣営で尚且つ将来を見越した人選なのかと感心した。
「失礼ですが、セレスティーア・ロティシュ様ですよね?」
次は私が名乗る番だと口を開く前に、顔色を窺うかのようにヘイルから尋ねられ頷く。
「どこかで顔を合わせたことがあっただろうか?」
「挨拶を交わしたことはありませんが、レナート様からお話を伺っていましたので」
「話を……」
「変なことは話していないよ?ただ、兄上の次に信頼できる人で、セレスはロティシュ家を体現したような人だとは言ったけれど」
「ソレはどう解釈すれば良いものなのだか……まぁ、それなら話は早いか。セレスティーア・ロティシュだ。先輩でも何でも、気軽に呼んでくれて構わない」
多少緊張しながらも「はい」とハッキリ返事をする姿に頬が緩む。
後輩は可愛いものだとロベルト兄様達が口にしていた意味が分かった。確かに可愛い。
「そこの二人は私の学友だ。胡散臭い笑みを浮かべているのがシルヴィオで、神経質そうなのがセヴェリーノ」
「待った。その説明ってどうなの!?殿下達に怪しい奴だと勘違いされるよね?」
「シルに関しては勘違いではありませんが、私の方は訂正を。神経質ではなく理知的だと言い直してください」
「いやいやいや、私も別に胡散臭くはないからね?」
「どちらも男爵家の者だ」
「セレス……!?」
特徴を捉えた良い説明だと思ったのだが、本人達には物凄く不評だった。
レナート達はこれから忙しいのだから簡潔に話を済ませるべきだと、シル達の抗議を笑顔で流しておく。
「コレでも彼等は既に実地訓練を行っている優秀な者達だ。頼りになるときもあるので気兼ねなく声を掛けてくれ」
「褒められているのか貶されているのか分からない」
「好きなように解釈すれば良いのでは?」
「セヴェリは無駄に前向きだよね」
大丈夫、アレでも優秀なのだとヘイルとスノーに力強く頷いて見せると、スノーは一瞬眉根を寄せたあと、シルとセヴェリに向かって口を開いた。
「シルヴィオ先輩とセヴェリーノ先輩の持つ色彩は珍しいものですね」
側近だからか、それとも彼の性格なのか……。
見知らぬ地で生活するのであれば主の周辺は徹底的に調べ警戒する必要がある。
首を傾げたスノーの細く長い髪が肩を滑り落ちるのを綺麗だなと眺めながら、訊きにくいことでも平然と口にする彼を見つめた。
「私達の祖父がトーラス出身だからです。セレスにも話してありますが、落ちぶれた男爵家に莫大な金銭を払い婿に入った成金というものでしょうか」
「そうでしたか。余り目にする機会のない色彩でしたので気になってしまって、気分を害されたのであれば謝罪いたします」
「その必要はないかと。第二王子殿下の側近なのですから疑問に思ったことは口に出すべきです」
微笑むスノーと能面のセヴェリ。
その二人の淡々とした遣り取りを面白そうに眺めていたシルがこの話は終わりだとセヴェリの袖を軽く引き、スノーにはヒラヒラと手を振って見せた。
「ヘイルとスノーは兄上が学友兼側近として選んだ者達だ。僕の側近になった者は王都ではなく辺境の地にある軍学校に入学することになるから、選定に時間が掛かると思っていたのだけれど兄上が前以て選んでいてくれたおかげで助かったんだ。それに、二人は親を通して面識があったから」
「私とヘイルは父に連れられてよく城に赴いていましたから」
「まさか自分が側近になるとは思っていなかったが」
三人が義務的な関係でないのであれば此処での生活は苦ではないだろう。
住み慣れた家や家族から離れ遠い地で寮暮らしというのは想像以上に辛いのか、半年経った辺りから半数以上の生徒が故郷へ帰りたいと嘆いている姿をよく目にしていた。
私は砦に御爺様や叔父様、軍学校には兄様達が居るので心強く寂しくはないが、他の街から来た者達は支援家族を利用し寂しさに耐えているのが現状だ。
「レナートだけではなく、二人も何かあれば頼ってくれ」
スノーとヘイルにそう声を掛けると、何故か二人は困惑した顔を見せた。何もおかしなことは言っていない筈なのだが……と思惟し言葉を付け足す。
「私ではなくとも、担当教員に相談するのでも良いが。要は、ため込む前に身近な人達に相談をしてほしいということなのだが、迷惑だっただろうか?」
「迷惑とかではなく、ただ、厳しい方だと殿下から聞いていたので驚いてしまっただけです」
「厳しい?」
「はい、とても……」
ススッと視線を逸らしたヘイルに頬を引き攣らせ、一体彼等に何を話したのかとレナートに顔を向ければ当の本人はニコニコと笑みを浮かべている。
「どう聞いているのかは分からないが、それほど厳しい人間ではないから心配しないでくれ。それと、君達や君達が仕える第二王子殿下に対して物言いが高圧的というか、不敬に感じるかもしれないが、コレは軍や軍学校内でだけのことなので気を悪くしないでほしい」
例え身分が上だとしても生徒間であれば敬称や敬語は不要であり、その代わり上下関係は厳しく教員や先輩には敬意を示さなくてはならない。
入学式でもそういった説明はあるが、大半の貴族はよく分かっておらずあとで揉めることが多い。王都にある身分が全ての学園とは違う部分が多々あることを納得するよう言えば、三人は素直に頷く。
「特別クラスについてセレスに訊こうと思っていたんだ」
「御大層な名前が付けられてはいるが、授業内容は他のクラスとほぼ変わらない。ただ、努力次第では半年くらいで実地訓練に入れるだろうが……」
「その実地訓練の剣術指導はツェリ前伯爵だよね?」
騎士を目指す者達の頂点。騎士達の憧れである前騎士団長なのだから、レナートも気になるのだろうとウンウン頷くが、何故か反応が素っ気ない。
「ツェリ前伯爵は兄上に剣術指南をしていた人なんだ。僕は剣術を本格的に習う前にランシーン砦でメニューを作ってもらったし、王都に戻ってからもそれを基準に訓練していたから彼とはあまり接点がないのだけれど」
「……彼等に砦でのことは話してあるのか?」
レナートが自然と口にした言葉に驚き、思わず言葉を遮ってしまった。
だって、王族であるルドとレナートがランシーン砦に来ていたことは極秘なのだと思っていたから。
「大丈夫だよ。彼等は僕の側近だし、兄上も信頼の置ける者達には話をしてあると思う。それに、毎年砦に通っていたからこそ軍学校に興味を持ったのだと、周囲を説き伏せることにも使ったから」
王族が軍学校に入った例はない。本来なら興味すら持たない軍というものに自ら足を踏み入れたのはレナートが初だ。野蛮、汚い、平民の巣窟と、偏見を持つ貴族達からは良い顔などされないだろうに……よく周囲を説き伏せて入学したものだと呆れつつ、流石は将来騎士団を背負う者だと誇らしくも感じる。
「まぁ、詳しいことは授業初日に担当教員からある程度説明があるので、知りたいことは全て聞くのが良いだろう」
そろそろ時間だと立ち上がり、まだ大丈夫だと駄々を捏ねるレナートはスノーとヘイルに任せその場は解散となったのだが……。
何度も振り返るレナートの姿を眺めながら、まだまだ子供だと、未来の騎士団長に溜息を吐いた。




