やってみたかった
目線が同じだと気付き驚いて目を丸くするセレスが可愛らしくて頬が勝手に緩む。
母上に似た容姿はセレスの心を揺さぶるのか僕を見るたびに瞳を輝かせているし、今も目尻を下げながら僕の頭へ手が伸びる。
天使ではないかと本気で悩んでいる姿を頻繁に目にするが、少しでもセレスに構ってほしくて意図的に愛らしく振る舞っていることは彼女には内緒だ。
「……成長するのが早いな」
ギュッと抱きつく僕の頭を撫でながら母上と同じようなことを口にしたセレスに苦笑しつつ、物見高く集まる周囲の者達に目を向け視線で牽制すると察しが良い者は僕から目を逸らす。
牽制に気付かずまだボーッと眺めている者達には見せつけるようにセレスに頬を摺り寄せ、頬を染めてセレスと僕の遣り取りを眺めている女の子達には可愛らしく微笑みを浮かべておく。
「……可愛い」
可愛い僕が好きなセレスには悪いが、このまま背丈が伸び筋肉が付けばいずれは天使ではなくなる。この美しい人は、ソレを分かっているのだろうか……?
「セレスは僕のこと好き?」
あざとく小首を傾げて訊くと、セレスは頷きながら艶やかに微笑む。
「……ズルイ」
「何がだ?」
その微笑みひとつで周囲の者達を落とすセレスは自己評価が低いのかとても鈍い。
入学式を終え寮へ移動する為に会場の外に出れば想像以上に通路が混んでいた。誘導や列整理を行わないからこうなるのだと、側近達と扉付近で身動きの取れない状態で立ち尽くしていれば、前方から「凄い」と興奮した声が聞こえてくる。
どうやら通路の先に何かあるらしくソレを見物しているが為にこの状況なのだと察した。これでは幾ら待ったところで時間の無駄だと判断し、隣に立つ側近の一人であるヘイルに顔を向ければ、彼は小さく頷き声を張り上げた。
『今通路で立ち止まって居る者達は直ぐに移動しろ!これではあとから来る者達の迷惑になる!』
何も言わなくても僕の意図していることに気付き動けるのだからとても優秀な側近兼友だ。
『焦らなくても良いので、前に居る方達にも伝えてくださいね』
もう一人の側近であるスノーも、高圧的なヘイルを補佐する形で優しく声を上げた。
前方に居る者達は何事かと振り返り、二人を見たあと僕を見て、慌てて自身の前に居る者達に早く進めと促す。
外見も中身も対照的な二人は混雑する通路で僕が潰れないようある程度空間を確保しながら移動している。周囲を警戒しながらで大変だろう……とそんなことを考えながら通路を進んでいれば、少し広めの場所に出たのか前が開けたことで皆が何を見ていたのか分かった。
通路の端には、血統書付きの高貴な猫のような者達を従えた美しいセレスが立って居たから。
セレスは彼等と何か話し込んでいるのか、此方に背を向け周囲から注がれる憧れや羨望の眼差しを一切無視していた。
僕が会いたくて堪らなかった彼女の意識は側に立つ者達へ向けられていて、何だかソレが酷く不快で、気付けば人混みを抜け走り出していた。
『道を開けろ……!殿下が通る!』
『左右に動いてください!』
ヘイルとスノーから呼び止められた気もするが止まるわけがなく、ただひたすら恋焦がれた人へと勝手に身体が動くのだから仕方がない。
あと少し、もう少し……と徐々にセレスに近付き、腕を伸ばした。
セレスの腰元に腕を巻き付け強引に自身へと引き寄せれば、他に向けていた瞳が僕を映す。
この人は僕のものだと、隙間がなくなるほどギュッと抱き締め周囲に知らしめた。
※※※※
ズルイと言われたことに首を傾げた私に頬を膨らませ拗ねるレナート。
私の肩にグリグリ……と頬を擦り付けるレナートは幼子のようで、頭を撫でる手が止まらない。愛らしいや幼子など、背丈が同じくらいの異性に使う名称ではないが、相手がレナートなのだから皆納得するだろう。
「で、何を拗ねているんだ?」
「もう良いよ。こうして会えたし、また一緒に居られるから」
「外見は大人びてきたのに、中身は退行していないか?」
「僕はずっとセレスに会いたかったから、こうして甘えても良いでしょう?」
もう良いと口にしながらも目を伏せ悲し気な声を出すレナートに苦笑しながら空いている左手で背中を叩いてやる。たったそれだけで目に見えて機嫌が直るのだからまだまだ子供だ。
「セレスが男前過ぎる。あれって無意識だよね……え、態となのかな」
「あれでは男性の方が苦労するでしょうね」
私の背後でシルとセヴェリが何か言っているがあとで制裁するので問題はない。
それよりも先ずはこっちだと周囲を見渡し、それらしい者は居るが……と判断に迷う。
「レナート」
「なぁに?」
「護衛は数名確認できるが、側近はどれだ?」
「側近……あっ!」
「置いてきたな……?」
この人混みの中を一人で進んできたのかと低い声で咎めれば、レナートは視線を彷徨わせる。それなりに警備は厳しいとはいえ王子という自覚が足りないと溜め息を吐くも、レナートに厳しい対応ができない自信がある私は側近らしき者達へ手を上げた。
私達から数歩離れた先に立ち尽くす貴族の子息らしき二人組は、どちらも緊張した面持ちで私を窺っている。
一人は線の細い甘い顔立ちの儚げな少年で、もう一人は体格が良く目つきが鋭い高圧的な感じがする少年。
トン、トン……と優しくレナートの背を叩き、顔を上げ私を窺うレナートに彼等がそうか?と顎で視線を促す。私から二人組に顔を向けたレナートが頷いたのを確認し、まるでお姫様と護衛騎士のような風貌の二人に、こっちへ来いと上げていた手の指を動かし呼び寄せた。
「すまないな。どうやら私の所為で君達から離れてしまったらしい」
目の前まで来た二人に謝罪すると、再び背後から「男前!」と囃し立てる声が聞こえたが無視だ。
「……いえ、俺達の不注意ですから」
「私達の代わりに捕獲……ではなく、保護していただき助かりました」
「スノー……」
見た目に反して、目つきが鋭い方よりも線の細い方のが肝が据わっているらしい。レナートから恨みがましい声を上げられても笑みを浮かべやり過ごしている。
「そろそろ移動するか」
軍学校に通う者は平民や下級貴族がほとんどで、だからこそこうして絵姿でしかお目に掛かれない第二王子殿下が通路に立って居れば足を止めてしまう。
少しずつでも進んでいた列は完全に止まってしまい、このままでは原因を連れている私達があとでハリソン教員からお叱りを受ける。説教ならまだしも、それに付随して雑用を押し付けられるのは勘弁してほしい。
なので、さっさとこの場から離れるべきだと判断し、シル達にハンドサインを出す。
彼等が階段を下りたのを見計らって、離れないレナートをそのままに土の地面へと移動する。レナートの側近二人は何も言わなくても付いてくるので、全員でそのままガゼボがある方へと足を進めた。
茶色い屋根と白いベンチが置かれたガゼボ。
此処で週に二度はクラスが違うエリー達とお昼を取り、休日には本を数冊持ち込み夕方まで居座っている。私の姿が見えないときは大抵ガゼボに居ると言われるくらい普段から愛用しているので、真っ先に案内するのが此処なのは当然のことだろう。
「軍学校にこんな場所があるなんて……」
「卒業した女性軍人の方々が寄付して作られた物らしい」
「ガゼボを使うのはセレスを含めた女性が多いよね。最近では一部の男子生徒の間で、ガゼボには夢と希望が詰まっているって噂されているみたいだよ」
入口付近の地面に直に座って居るシルが「単純だよね」と意地の悪い笑みを浮かべ、私はそれに同意するように苦笑する。
私の隣に座って居るレナートと対面に座る側近二人は、シルとセヴェリが地面に座るのを目にしてからジッと彼等を凝視している。
だが、ランシーン砦を訪れていたレナートは驚いているというよりも観察に近く、驚きを露わにしているのは側近達だ。シル達の行動は軍学校では珍しいことではなく、こんなことくらいで驚いていたら身が持たないだろうに。
伯爵家の子息達がよく此処に来ることを了承したな……と手を軽く叩き彼等の意識を私に向けさせた。
「では、自己紹介をしてもらえるだろうか?」
爵位や立場的には王子の側近である彼等より私のほうが下になる。
けれど、此処は実力重視の軍学校。
入ったばかりの雛鳥に私が劣るわけもなく、一度はやってみたかった先輩風を吹かせてみた。




