休日
「シャツはソレ、ズボンはシルエットに拘りたいからこっちで。あとは上着なんだけど、汚れの目立たない物って黒か茶色の二択だよね?コレの中から選ぶの?絶対に純白が似合うのに?」
「白なんてすぐに汚れて使えなくなるじゃない。右手の黒にしなさい」
「でも、さっきのズボンも黒だったよ?全身黒はどうなんだろう」
「背が高いからそれはそれで似合うと思うけど……って、エリー、ソレは駄目よ」
「……っ、あの刺繍の入った上着、絶対似合うから!」
「野営で羽織る物なんだから、目立っちゃだめなのに」
「大抵の人間は顔に目がいくから服なんて気にしないはず!」
「尚更よ。外見が目立つから服くらい地味にしないと。ほら、これにしなさい」
私の身体に黒い上着を当て軽く頷いたルナは、「コレも」と持っていた上着をリリンに渡して次へ向かう。既に沢山の服を腕に抱えていたリリンは追加された上着を落とさないように器用に歩きながら、シャツが置かれた棚の前で唸っているエリーに声を掛けている。
三人は真剣な顔で服を吟味しているが、その服は彼女達が着る物ではなく、全て私の物で……。
「そんなに必要あるのだろうか」
止まることなく次々と追加されていき山になっている服を眺めながら呟くと、三人が一斉に振り返った。
「たかがシャツでも素材や形が違うの!セレスの魅力を一番引き立てる物じゃないと!」
「魅力云々は置いておいて、そもそもセレスは服が少なすぎるわ。必要最低限の数しか持っていないじゃない」
「エリーは多すぎるけど、私やルナより少ないのはどうかと思うの」
鼻息荒くよく分からない持論を語るエリーは兎も角、常識人のルナとリリンから呆れたような、可哀想な子を見るような目を向けられ居心地悪くそっと視線を逸らす。
「必要な分だけあれば良いと……」
「必要な分だけってセレスの言い分は分かるんだけど。セレスが普段着ている服、うちのお父さんと同じ物なんだよ?」
「リリンのお父さんは清潔感あるからアレだけど、全身真っ黒に汚れるうちのお父さんとも同じ服装なのよね」
「軍人用に仕入れている物だからそこそこ質は良いけど、普段着として使うのはちょっとどうかと思う」
寮の中に居るときの無地のシャツに厚手のズボンといった格好は、砦に居る軍人達から教えてもらった店で侍女達が揃えた物だ。動きやすく汗の吸収率が良いのでレナートにも強く勧めた品なのだが……。
「一年は休日も制服着用だからいいけど、来年はそうもいかないしね」
「セレスは何を着ても似合うけど、あの恰好の友人と街を歩きたくはないわ」
「美人なのに勿体ないよ?」
「……だが、来年はもっと忙しくなるのだから」
「問題なのは、訓練だけじゃなく、私服も同じ格好だってこと」
「訓練が忙しくて身支度にまで気を回せないのかなって思っていたんだけど、多分違うなって。セレス、買い物したことある?」
「ないでしょ。出かける前にまさか財布を探すとこから始めるとは思っていなかったもの」
これは何も反論できない……と肩を落とし、店内にあるソファーに腰掛ける。
そんな私の姿を見て満足気な顔をした三人は再び服選びに戻っていき、私は敵わないと苦笑しながら暇潰しに店の中を見回した。
トーラスの中央広場に店を構えている服飾店は全部で三つある。
一つは入学前に採寸を行った店。もう一つは軍人御用達の既製品のみを扱っている安価な店。最後の一つが、今私達が服を選んでいるこの店で、此処は既製品の他にオーダーメイドも扱っているらしくトーラスでは高級な部類の服飾店だ。
二年に進級する前に必要な物を揃えるべきだと勧められ彼女達と買い物に来たのだが、店の場所も売っている物も分からないと口にしたら酷く驚かれこの店に連れて来られた。
既製品にしては質が良く、品揃えも豊富。店の奥にはオーダーメイド用の生地の見本が並べられているが大分良い物が揃えられているらしい。
店内は広く清潔で、同じ服装をしている店員が二人、無駄に声を掛けることもなく黙って微笑んでいる。
良い店だと感心していれば、買い物を終えたらしいエリー達に呼ばれ立ち上がりカウンターへと足を向けた。
「コレは、全て私の服なのか……?」
「取り敢えずこれだけあれば一年は大丈夫……だと思う」
「野外演習だと三日着替えられないときがあるって聞いたから、この辺の服は一度着たら捨てることになると思うわ」
「冬は演習がないから上着は二着で足りるよね?」
「ここからそっちは訓練用で、こっちは普段着。セレスに似合う物ばかりだと思う」
どうだ!?と目を輝かせている三人の背後には服の山が……。
これは流石に多いのでは?と店員を窺うが、彼等はエリー達に同意を示すかのように小さく頷いてしまう。
「セレスは貴族のご令嬢だから街に出て買い物なんてしないでしょ?だから、侍女の代わりに私達が準備を手伝ってあげないとね」
ドン……と自身の胸を拳で叩くエリーに促されるままに財布を取り出し会計を済ませる。
砦に居たときは必要な物があれば同行していた侍女達が常に用意してくれていたし、軍学校の入学準備は御爺様に言われるがままルド達と一緒に一度の買い物で済ませている。
そして、寮に入ってから初めての買い物が、今だ。
誰かに指摘されるまで買い物に行かないことに気付き、愕然としながら軍学校へと配達の手配を済ませふらふらと店を出る。
まだ出会って短い時間だが、私よりも私のことを分かっているエリー達に礼を口にし、来年もまた彼女達に頼ることにしようと密かに考えていた。
「じゃあ、本日のメインに行く前に、セレスが経験したことがなさそうな屋台に!」
食べ歩きだと嬉しそうに笑うエリーに連れられ、中央広場から少し歩いた先にある屋台を覘いていく。
団子が浮いたスープ、麺類に肉が挟まれたパン。他にも甘そうな菓子や細工飴。目に付いた物から購入していく三人の後を追いながら、私も興味が引かれた物を恐る恐る買ってみた。
これが噂の買い食いというやつかと感動しながら、ダンが美味しいと話していた串焼きを頬張る。同性の友達との買い物や食べ歩きは初めての経験だが悪くはなく、寧ろ楽しい。
ルド達と街へ出たときは安全面を考慮した結果、目的だけを即座に遂行する為に屋台など目もくれなかったし、外で歩きながら食べるなんて考えはマナー講師に厳しく躾けられている王族や貴族には浮かばない。
残った串はどうするべきなのかと視線を彷徨わせていたら、スッと私の手から串を抜き取り近くの屋台に置かれている袋の中へ串を投げ捨てたエリーが斜め前を指差した。
「予約はしてあるから大丈夫よ」
彼女の指の先には可愛らしい外観の店があり、外には長い列ができている。
少しだけ着飾った女性達が談笑しながら立つ横を通り、随分前から予約していたと言うエリーは颯爽と店の中へ入って行く。
この店がエリーの言っていたメインで、今日はこのお店で女子会というものをするのだと言われた。
「あー、疲れた。日頃の訓練もキツイけど、買い物もまた違った意味で体力を使うよね」
「楽しそうだったじゃない」
「セレスの服を選べるんだから楽しいに決まっているでしょ?はぁ……できれば私もセレスの侍女になりたい。お金じゃどうともできないよね?」
「伯爵家の侍女だから、最低でも下級貴族の子女くらいじゃないと雇ってもらえないんじゃないかな」
「エリーは侍女に向いていないと思うけど」
「そんなことないもん。毎日神様に感謝しながらセレスの髪を結って、貴族然とした凛々しい姿を目に焼き付けるんだから」
「だとしたら、セレスに見惚れて仕事にならないわよ」
「……それは、そうね」
そこでルナに同意するのかと苦笑しつつ手元に置かれたメニュー表に目を通す。
街で今一番有名なケーキ屋だと聞いていたのだが、ピンクの紙に書かれた文字が理解できず、隣に座って居るルナの肩を指で叩いた。
「この、兎の尻尾と真っ赤なリンゴに甘いふわふわ雲のパンケーキとは……何のことだ?」
「はぁっ……眉を顰めながら可愛らしい言葉を口にするセレス、最高!」
「エリー、ソレが見たくて此処にしたわね」
親指をビシッと立てたエリーに冷たい視線を向けるルナ。その二人を母親のように見守るリリンがメニュー表を指差し、一つ一つ説明してくれる。
「リリンは良い母親になるな」
「へぇっ……!?真顔で言わないで、凄く照れるから!」
「ナニソレ!?プロポーズじゃない、ずるっ……ふがっ」
「黙りなさい、エリー」
どうやら、兎の尻尾とはクリームのことで、ふわふわ雲とは溶解した砂糖のことらしく、奇抜な名前が付けられたただのパンケーキだった。
昼食の代わりだからとパンケーキと飲み物を頼むと、正面に座るリリンが大きな目をパチパチと瞬き不思議そうな顔をする。
「リリン?」
「あ、ごめんね。セレスは甘い物が苦手そうに見えるのになぁって」
「甘い物が嫌いな女性は珍しいと思うが?」
「そうなんだけど、ほら、普段セレスが飲む紅茶には何も入れないでしょ?」
「エリーなんて蜂蜜ドバドバ入れるものね」
「だって苦いんだもん」
「軽食や菓子が甘いので紅茶には何も入れず飲んでいたから、習慣的なものだろう」
「アフタヌーンティーってやつでしょ?三段スタンドに色々置いてあるあの貴族特有の。一時期凄く憧れたんだよね」
「分かる。絵本に出てくるお姫様のお茶会には必ず絵があったから」
向かいの席で仲良く微笑んでいるエリーとリリンは絵本について熱心に語っているが、話を振られたルナは絵本など見たことがないと一蹴し果実水の入ったグラスを呷る。
「ところで、選択クラスはもう決めたの?」




