ミラベルの手駒
「誰が、醜いですって……」
叩かれた手を押さえながら凄むと、心底不可解だという顔をしたビリーが私を指差した。
「……貴方、彼女達の話を聞いていたの?」
「義姉であるセレスティーア・ロティシュが、父親と婚約者に大切に扱われている君に嫉妬して虐げている。そう、言っていたが」
「そうよ。それなのに、どうして私が?醜いのは義姉様でしょ?」
「だが、ソレは君がそう言っているだけだろう?誰か彼女が虐げられているところを自分の目で見た者は居るのか?」
「何ですって……」
「あのセレスティーアが義妹に嫉妬すると?虐げるほど意識していると?有り得ないだろ。寧ろ、君が彼女に嫉妬して悪評を広めようとしていると言われたほうが納得できる」
「ちょっと……!」
「彼女は、セレスティーア・ロティシュは、君達が言うような人物ではない」
セレスティーアの肩を持つような発言をハッキリと口にしたビリーを睨むが、逆に射るような眼差しを向けられ僅かにたじろぎ、負けるものかとグッと背筋を伸ばした。
「義姉様と親しいのかしら……貴方が?」
声を荒げそうになるのを我慢しながら、口元に手を当てせせら笑い、たかが男爵家の分際で?と言葉に含ませた。それに気付いたのか、ビリーは何かを考えるような仕草を見せたあと、大袈裟に肩を竦ませ私に向かって失笑した。
「同じ授業を受け、訓練し、日々切磋琢磨する仲だが?」
「同じ……?まさか、軍学校の?」
「が、が……学友だ」
言葉を詰まらせるビリーを凝視すると、何かを誤魔化すかのように顔を背け咳払いをしている。その姿に眉根を寄せると、マーゴット達から「軍学校」と呟く声が聞こえた。
「ヒュートン様。セレスティーア様は、本当に軍学校に通っているのですか?」
「何だ、突然。疑うならその辺に居る奴に訊いてみると良い。あのテーブルの側に居る者達も学……友だ」
「本当の話だったのですね!」
あのセレスティーアが軍学校へ入ったことは社交界で直ぐに広まり、伯爵令嬢でありながら平民も交ざる厳しい環境下へ身を置いたという話は、今何処へ行っても最も関心が寄せられている話だと母が言っていたのを思い出す。
マーゴット達が「凄いわ!」と興奮して騒いでいるが、軍人の祖父を持つ孫が軍学校へ入っただけで何も凄いことなんてない。
だって、元帥の孫よ?何もしないで遊んでいるだけで軍学校なんて首席で卒業できる。
きっとゲームと同じように女王様気取りで下級貴族と平民を従えて悦に入っているんだわ。
「彼女に嫉妬する気持ちは痛いほど分かる」
嫉妬しているのはあっちだと何度も言っているのに、勝手に解釈し分かったような顔をするビリーに酷く苛立つ。
「だが、彼女を悪く言うのは止めたほうが良い」
「悪く言っているわけではないわ。本当のことだもの」
「……死にたいのか?」
物騒なことを口にするビリーに思わず「は……?」と声を出していた。
「セレスティーア・ロティシュがどういった人間なのか、身をもって体験した私だからこそ忠告してやる。アレが君達の言うように嫉妬に狂って義妹を虐げるような人間だとしたら、間違いなく精神的にも肉体的にも社会的にも二度と歯向かうことなど出来ないよう徹底的に相手を叩き潰し、生きていることを後悔させたあと内密に消す。絶対にだ!」
「……貴方、本当に義姉様の学友なの?」
何故かサッと周囲を見渡したビリーが「勿論だ」と重々しく頷く。
「兎に角、誰が聞いているのか分からない場でそのような話をするものではない。伯爵にも迷惑がかかる」
「迷惑って……」
「再婚した相手とその娘を虐げているという噂が立てば、家の醜聞になる」
「じゃあ、我慢して耐えろと、そう仰るのですか?」
「そもそも私には君が虐げられているようには到底思えない。こうして家族として公式行事に出席し、ドレスも装飾品もかなり良い物を身に着けているようだが」
「養父様が私を大切にしてくださっているからよ」
「資金が潤沢な貴族は専属のデザイナーを持っている。彼、又は彼女達は将来を見越して跡継ぎである者の意見を重視することが多い。伯爵がいくら君を気にかけていようと、跡継ぎであるセレスティーアが口を出せば今の物より粗末な物になっていたはずだ」
「家によって違うこともあるわ」
「私の言いたいことが分からないのか?彼女がその気になれば、義妹などどうとでも出来るということだ。君がこうして好き勝手なことを口に出来ているのが虐げられていないなによりの証拠となる」
「それなら義姉様の婚約者であるフロイド・アームル様に訊いてみたら良いわ。彼はいつも義姉様から私を庇ってくれていたから」
目の前の男はさっきから私が嘘を吐いていると疑ってくるが、少し大袈裟に言っているだけで嘘ではない。証人だって出せるし、セレスティーアがフロイドと寄り添う私を睨んでいたのだって本当のこと。
「婚約している女性ではなく、その女性の義妹を気に掛ける男に何も思わず平気でいられる人間なんていないと思うが?……君達も同じ事をされれば腹が立つだろ?」
急にビリーに話を振られたマーゴット達は驚きながらも互いに顔を見合わせ、私を窺ったあと小さく頷いた。
周囲には私達の遣り取りに耳を傾けている貴族の子息や子女が大勢いる。
ビリーが現れるまでは私に同情的だった者達が、今は困惑した様子だ。
「酷いわ。いくら義姉様の友人だからって、何もご存知ないのに私を悪く言うなんて……」
だったら、また同情してもらえば良い。
瞳を潤ませ、消え入りそうな声でビリーを非難すれば、こんな簡単な演技に騙される周囲の者達がビリーに対して非難の眼差しを向け始めた。
「忠告するだけ無駄だったか」
セレスティーアを擁護するような男なのだから、この男は悪役モブか何かなのだろう。
(余計なお世話よ)
ビリーを見上げながら声を出さずに唇だけを動かせば、ビリーは眉を顰めただけで何も言わず背を向けそのまま友人達と広間を出て行った。
「ミラベル。その、ヒュートン様は……」
肝心な時に全く役に立たない自称お友達はビリーを気にして扉がある方を頻りに気にしているが、私はビリーに嫌われようがどうでも良い。
「行き違いがあったみたい。大丈夫よ、怒ってはいなかったから」
でも、彼女達はまだ使い道が沢山あるし、またイベントを邪魔されるかもしれないから私の駒として大切にしておかないと。
私の言葉に安堵するマーゴット達に微笑み、そろそろ養父様の元へ戻るからと別れ、広間の奥へと足早に移動する。
頭が冷えたことで、現状一番使える手駒を思い出したから。
「フロイド様」
王族席が良く見える場所に置かれたテーブルの前にフロイドを見つけ、少し離れた位置で足を止めたあと、彼の叔父である宰相が離れた隙を狙って声を掛けた。
「……ミラベル?」
流石ゲームのヒーロー……。
盛装姿は王太子に引けを取らないと心の中で絶賛し、フロイドの腕にギュッと両手で掴まって幼子のように甘える。
穏やかな性格にお人形さんのような容姿、お金も地位も持っているフロイド。
惜しい、本当に惜しいわ。拉致、監禁、何でもアリのヤンデレでさえなければ……。
「セレスティーアを見なかった?」
「義姉様?」
「そろそろ退場する時間だから一緒にと思っていたのだけれど、広間に姿がなくて」
好感度を調整するために暫く放置していたとはいえ、私よりもセレスティーア……?
「養父様から頼まれたの?」
「いや、今日はあまり彼女と話せなかったから」
ゲームでのフロイドは軽い執着から独占欲へ、そしてヤンデレへと進化する。
軽い執着と表現されてはいたけれど、相当重いものだった。
その執着はヒロインが学園に入ったあと、他のヒーロー達と親しくしている様子に嫉妬するところから始まるのに……。
「前当主様も伯爵様も広間に居るのに……大丈夫かな……」
落ち着きなく周囲に目を配るフロイドを観察し、コレは恐らく執着が始まっているのだろうと予想を立てほくそ笑む。
私ではなくセレスティーアに執着する理由がさっぱり見当たらないが、あの悪役が私の邪魔をする為にきっとまた何かしたに違いない。自分の首を絞めているだけだと思い知らせてやるわ。
「義姉様なら王太子殿下と湖に居たわ」
「湖……?」
「あのね、さっき私、迷子になって湖がある区画に入って困っていたの。そしたら、義姉様が王太子殿下と一緒に湖にやって来て……」
「殿下と二人で?」
敢えて第二王子のことは口にせず、曖昧に微笑むだけにしておく。
「先程フィルデ様と王族席にご挨拶に伺っていたから、そのまま子供同士で居るように言われたのではないかな」
困ったように微笑むフロイドの声音はとても優しいものなのに、目が笑っていない……。
「二人はとても仲が良さそうだったわ。義姉様が、私は邪魔だから広間へ戻れ!って言って追い払ったんだから」
「……セレスティーアは、まだ殿下と湖に?」
「そうよ。それに……」
背伸びし、フロイドの耳元へ唇を近づけた。
「セレスって、王太子殿下は義姉様を愛称で呼んでいたわ。まるで婚約者のように」
目を見開くフロイドを眺めながら、私も驚いたのだと心の中で呟く。
王族に挨拶に行ったとフロイドが言っていたから、その時に愛称で呼ぶようセレスティーアが言ったのかもしれない。本当にズルイ。
「……それは、相手は王族だから、拒否権はないって」
ふふっ……と笑いながらフロイドの腕からスルッと手を離した。
「あのね、女の子は皆、王子様と結婚するのが夢なの。ロティシュ家は伯爵家だけれど、国王陛下にご挨拶できるほどなのだから、もしかしたら、義姉様なら王子様と結婚できるかもしれないわね!」
頬に手を当て「凄い!」と無邪気に喜びながら、顔色の変わったフロイドへと微笑む。
「でも、私は義姉様とフロイド様が大好きなの。二人が結婚してくれたらとても嬉しいわ」
「……」
「だから」
フロイドの目の前に立ち、彼の両手首を拘束するように持ち上げ口角を上げる。
「ちゃーんと、義姉様を捕まえておいてね」
パッと手を離すと、フロイドは私に掴まれた両手首を眺めたまま暫く動かなかった。




