採寸
人が住みにくい極寒の地。
周囲の森林を開拓し居住地域を広げ、ランシーン砦を中心に造られた街トーラス。
高くそびえる市壁は外壁と内壁の二重構造で街を囲み突然の襲撃等に備えているが、スレイラン国がある西側は他と比べ市壁に工夫が施され、他の箇所と比べ特に念入りに防御態勢が敷かれている。
門を抜けると四方に置かれている高い監視塔、次いで街の奥に建つランシーン砦が目に入る。砦が見える通りの大半は武器や防具が置かれている店や鍛冶屋が、街の中央にある広場の左右には飲食店、雑貨、服屋、装飾品が売られている店などが建ち並び、路地先の民家がある区画には畑や畜舎、水車で稼働している製粉場もある。
砦で働いている者やその家族、現役を引退した者、国軍元帥フィルデ・ロティシュを慕い、他の地に所属していた元軍人も引退後にトーラスに集まり、辺境の地でありながら発展し続けているトーラスは恐ろしく治安が良く、国の大事な要とし税が免除されている。
自給自足に加え生い茂る豊かな森の恩恵もあり、物流が遮断されたとしてもそう簡単に砦は落ちないだろう。
街の中だけを見ればとても暮らしやすい場所だが、此処は最も敵地に近い最前線。
成人前の子供がうかつに街の外へ出たりしないよう、幼い頃から寝物語として「夜の帳が降りると残虐な猛禽が西からやってくる」と聞かされ、日常的に起こる戦闘の惨さを目にして育つ子供達は皆早熟だ。
私やルドと同じか、それよりも歳が下の子が露店で商品を並べていたり、店の前を掃き掃除している姿に感心しながら、キョロキョロと忙しなく顔を動かし「凄い……!」と興奮しているレナートがあまりにも可愛らしくて頬が緩む。
王都から一度も出たことがなかったレナートからすれば、ランシーン砦での生活や街での買い物なんて大冒険だろう。
「先程の店に置いてあった剣は軽かったが、あれも鉄だろうか」
「強度を保ちながら軽量化するのは難しいのですが……此処はそれを可能としているのかもしれません」
「なるほど……この街だけの技術だとしたらあの価格でも納得がいく」
「買っておきましょうか?」
「頼む」
目を輝かせている弟とは違い、兄の方は後ろを歩くアルトリード様と始終武器の素材や価格の話をしている。
トーラスを歩くのはルドも初めてのことだと言っていたが、王都や王太子として視察した街は護衛を連れて歩いたことがあるらしく落ち着いている。
――それにしても……。
「護衛が一人なんて」
(王太子と第二王子だぞ……)と続く言葉を呑み込むが、察したのか「一人だけじゃないだろ」と返事が返ってきた。
「砦内での護衛はアルトリードだけだが、トーラスには此処へ来る道中護衛をしている者達が待機している。私が街に出ると報せを受けているだろうから、民に混ざり至る所にいる筈だ。それに、他でもないトーラスだぞ?此処で襲撃を企てるような愚かな者はいないだろ」
「それはそうですが……私の胃に穴があきそうです」
「そう緊張しなくても、直ぐ側に護衛が待機していますから大丈夫ですよ」
その護衛が誰でどのくらいの人数なのか分からないのだから緊張もする。
緊張感のないルドとアルトリード様では駄目だと、レナートと繋いでいる手に力を入れた。
紙に手書きで描かれていた地図では何の店なのか分からなかったが、目的地は中央広場にある服飾店だったらしい。
「だから日用品と剣だけでは足りないと言っただろう……」
「……はい」
周囲の店よりひときわ大きい建物の前に立ち、ガラス越しに展示されている物を見たルドに指摘され項垂れた。
「だって御爺様が……」と不満を述べる私を尻目に、三人はさっさと店内に入って行く。
レナートに引っ張られながら店の中へ足を踏み入れた私は、店内に飾られている隊服や腕章、装飾品を目にし……大興奮した。
御爺様やルジェ叔父様が普段着用している隊服は勿論、ロナさんが着こなしている黒い上着に純白のスラックスもある。
それ以外にも上下真っ白で縁取りが黒い物、淡い水色の物、端にある軍帽は式典などで使う物なのか……とても、素晴らしく、格好良い。
あっちへふらふら、こっちへふらふらと、隊服に吸い寄せられるように移動し、店の外に見えるよう展示されていた隊服まで辿り着いた。
何の変哲もない至ってシンプルな隊服は、片肩から前部にかけて吊るされている飾緒と呼ばれる飾り紐に金糸が使われ、胸元が隠れるほど銀のバッチが付けられている。
足元に置かれている軍帽と、持ち手に装飾が施されている細身の剣がこの隊服を更に彩り目が離せない。
どの階級までいけばコレが着られるのだろうか。
大佐……いや、元帥だろうか……。
「……セレス!」
「ひゃい!?」
驚いて変な声が……。
隊服へと伸ばしていた指先を丸め慌てて振り返ると、呆れた顔をしたルドと年配の女性が微笑んで立っていた。
「すみません。つい夢中になってしまって」
「ふふ、いいのよ。軍学校の子かしら?何か足りないものでも買いに来たの?」
「いえ、御爺様に此処へ行くよう言われてきたのですが……」
紙には地図の他に何も書かれていない。
買い物をしてこいとは言われたが、買うものが分からないのだから話にならない。
「御爺様……もしかして、フィルデ・ロティシュ元帥様のことかしら?」
「はい!お知り合いでしょうか?買い物をしてこいと言われたのですが、何を買うのか分からなくて……」
「まぁ……相変わらずなのね。貴方はお孫さん?」
「孫のセレスティーア・ロティシュと申します」
軽く頭を下げ挨拶をしたのだが、何故か私とルドを見比べた女性は目を見開いて「女の子だったのね……」と驚いている。
白いシャツに細身のズボン。長い髪を一つに縛ってはいるが、性別を間違われるほどではないと……。
「背丈か……」
「背丈だろう」
ルドと顔を見合わせ頷き合い、ここ何年かで急激に伸びた背丈を嘆く。
「ごめんなさいね……あまりにも綺麗な顔だから、どちらか分からなくて」
「いえ」
「元帥様からお孫さんの採寸の注文が入っていたのよ。女の子は学校へ入学前に予め制服の採寸をしておかなきゃいけないから。さぁ、こちらへいらっしゃい」
「あ、はい」
「他の子はもう採寸を終えているわ。あとは、貴方ともう一人だけなのよ。ほら、此処で服を脱いでちょうだい」
女性に促されながら店内の奥へと向かい、布で仕切られた姿見が置いてある場所で服を脱ぐ。
鏡に映っている身体は三年前とは別物で、細かった手足や薄かったお腹には筋肉がつき、胸は……そこそこあると思っている。
採寸中に筋肉を触られ「元帥のお孫さんは違うわねぇ」と褒められたのだが、流石にアレを目指す気はない……。
「手足が長いから裾上げはしなくてもいいわね」
「少し長いような気もしますが……」
「まだ成長期でしょう?あれくらいならすぐ足りなくなるわ」
「成長期……」
未来の自分を想像し身震いしながら店内に戻り、カウンターに立っていたアルトリード様の隣に並び、そっと見上げた。
これ以上背丈が伸びたらアルトリード様を抜くのでは……。
「どうかしましたか?」
「……アルトリードさんは、背が高い方ですよね」
「そうですね。騎士の中では高い方かと」
「そうですか……」
背が低いよりは高い方が何かと便利な筈……。
そう自分に言い聞かせながらカウンターで項垂れていると、「うわぁ……」と可愛らしい声が真横から聞こえノロノロと顔を向けた。
「凄い……王子様みたい……」
口元を両手で押さえながら瞳を輝かせている少女。
一瞬ルド達の素性がばれたのかと思ったが、どうやら違うらしい……。
少女がジッと見つめているのが、私だったからだ。




