其の八
深夜の誰も居なくなった西洋美術館の地獄門前には、異様な光景が広がっていた―…
八
―11月25日(木)深夜0時7分―
―台東区上野 上野公園内国立西洋美術館 地獄門前―
足音の主は四足歩行の大型の獣か何かかもしれない。
激しい衝撃音と共に門から飛び出たそれは、何かの獣の頭部らしい。
らしいというのは、骨もボロボロな状態で首だけ出しており、門から出した首から先も、どんどんと崩れていっている。
崩れながらも藻掻き、更に外に出ようとしている。
無理矢理出ようとしている身体は、ミチミチと嫌な音を立てながら、皮膚や肉を裂いて出てこようとしている。
明らかに門よりも大きな体躯…暗がりでよくは視えないが、身体中の剛毛と門の中の多頭…恐らく…
黒い男「出て来いよ…ケロちゃん…!」
無理矢理狭い門から飛び出してきた多頭だったハズの猟犬は、頭一つ、尚且つ身体ボロボロの状態で、現世へと飛び出た。
元は5mほどありそうな体躯はグチャグチャになって、嫌な音と共に悪魔達の死体へと落下した。
黒い男「…戦えんのかよ? ケルベロス…」
少し呆れめに呟くが、警戒は解けない。
まだ動いているのだから。
死体の上で藻掻くケルベロス。
よく視ると、動きながら悪魔の死体がケルベロスの肉体へと付着し、全身を補いだす。
黒い男「…キモチワル」
蠢く肉塊はケルベロスの全身へと付着し、元は犬だったとは思えない醜悪な見た目へと変貌していく。
全身を肉塊が覆い、所々黒い毛が肉に覆われる形で少し生え、足の指が所々悪魔の指になっているのか不規則であり、左の首は大小様々な口だらけ、真ん中の首は大小様々な眼に覆われ、口が一つ、右の首は鼻だらけに口が一つとなっており、全体的に長くなった首と相俟って、悍ましい外見になっている。
黒い男「…こーりゃー想像以上に気持ち悪ィなぁ」
咆哮を上げているケルベロスを見上げながら呟いた。
咆哮を終えたケルベロスの"口だらけの首"が、高速で噛み付いてきた。
跳躍し、それを躱すと空中で一回転し刀に手を掛けると、斬り上げの形で抜刀する。
そのままの流れで外から内に一薙ぎし、再び斬り上げ、納刀…ケルベロスの背後へと着地した。
同時に"口だらけの首"は三分割され、血を噴き出しながら落下し、嫌な音と共に地べたに血溜まりを作り出す。
首を一つ斬られたことに苦しみ、再びケルベロスは咆哮しながら"鼻だらけの首"で再び襲い掛かる。
黒い男「ムダだって…」
襲い来る首に呟くと右手に力を込めた。
黄金色に薄く輝くと強く握り締め、噛み付こうとしてくる鼻だらけの顔の鼻頭を思い切り殴りつける。
激しい衝撃を受け、その首だけ苦しむ様にうねっている。
そこに更に跳躍し、上から再びその鼻だらけの鼻頭を蹴りつけ、地面に顎から叩き落とす。
そして左手に持っていた"閻魔"を背中に背負い、鞘から刀を抜くと、逆手にして思い切り鼻だらけの頭部に突き刺した。
大量に血が噴き出し、苦しみながらのた打ち回る鼻だらけの頭部。
だが、意にも介さず閻魔で頭部を抉り続ける。
そこへ苦しみから逃れるために最後の"目玉だらけの頭部"を持つ首が、大口を上げて襲い来る。
その牙が目前に迫るも、右手をその方向へ突き出し、"龍の顎"の力で抑え込む。
黒い男「待ってろ…! 直ぐ殺してやるから…!」
殺意を込め、冷たく言い放つ。
思い切り右手の力で、薙ぎ払う様に"襲い来る首"を吹き飛ばし、直ぐ様両手で"閻魔"を握り、更に抉る様に左右に動かす。
そして左手で柄頭を握り、そこから半円を描く様に刀を振るい、その流れで上空へと斬り裂いた。
正に首の皮一枚といった状態になった"鼻だらけの首"は、舌を出しながら痙攣しつつ動かなくなった。
刀を振って血を払いながら、頭部から降りる。
頭を振るって自分の"首"を斬り落としている男へ、唸りながら全ての目が視線を向ける。
黒い男「…後はキモッチワリィその首だけだ…なぁ?」
最後の言葉に、圧倒的な敵意を乗せ、ギロリと複数の眼へと睨みを効かせた。
その眼は月夜に晒され、紅く輝いている
一瞬、ビクリとケルベロスの動きが止まった。
その隙は見逃さなかった。
激しい衝撃音と共に、複数在る眼の二つが嫌な音を立てて破裂した。
残り一つの頭に対して、不適に述べる―
―そんなに在っても邪魔だろ?―
言葉と同時ににマズルファイアが輝く―…




