後編 其の十七
復調に向けられたドミニクの顔―
そこには…
十七
―8月8日(月) 夜11時25分過ぎ―
―千代田区 プルス・アウルトラ本部 作戦室―
黒い男「…こんなヤツでもか?」
そう言ってドミニクを副長に見せる。
副長「!…それ…は…!」
向けられたドミニクの顔は、この薄暗がりでもハッキリと判る程に変化していた。
黒い男「…"変生"だ」
牙の生えた歯、裂けた口、鱗だらけの皮膚、銀髪から不定形に生える鰭…その姿は不定型な醜い魚人の様だった。
副長「っ…まさかっ…!」
黒い男「そう…憑かれてんだよ」
副長「"大罪"ッ…!」
黒い男「そうだ」
副長「そんな…」
従っていたことではなく、気付けずにいたことに肩を落とす。
―この人の真面目さと割り切りは嫌いではない―
その姿を見て、心の中で思う。
ドミニク「何を…罪はキサマだッ! 大罪人めッ…!」
黒い男「ピーピー煩ぇ」
右拳がドミニクの顔面に入る。
ドミニク「がッ…!」
一瞬大人しくなる。
黒い男「"力"が無いからか」
元々持ち合わせた"力"が弱すぎるせいか、ドミニクは肉体変化で留まっている。
黒い男「でも褒めてやるよ…その嫉妬…妬み…何の力も持たないクセに…"嫉妬"の"怒り"だけでそれとはね」
右手をわきわきと動かしながら述べると、強く握り込み、"力"を込める。
右掌が薄く黄金色に輝くと、掌打の形に握り込み、思い切り―
黒い男「ふっ!」
ドミニクの胸部に打ち込んだ。
激しい衝撃がドミニクの胴体に走る。
ドミニク「ぐぅおぉあっ!」
胸部を貫くその衝撃に、思わず声を上げる。
黒い男「…出たか」
そう言うと、ドミニクの背部に右手を素早く回し、"それ"を掴むと、思い切り引き摺り出す。
すると用が終わったとばかりに、乱雑にドミニクを床に放り捨てた。
ドミニク「ぅぐうッ…!」
顔面から地面に落ち、ドミニクが苦悶の声を上げる。
黒い男「まだこれほどにしか成れなかったか…」
その右手には、小さな魚の様なモノが握られている。
あくまで様なモノなのは、小さな鯨の様でもありながら、牙が生え、鰭が何枚も生えており、そして尻尾に向かって異様に長かった。
しかもテカっており、苦しげな声をゲーゲーと出している。
副長「!そ…それは…?!」
それを眼にし、驚いた声を上げる。
黒い男「"リヴァイアサン"だ」
副長「嫉妬の…大罪…!?」
黒い男「そ…コイツの異常なまでの妬みや嫉みで取り憑いたんだろう」
副長「な…何故…? 局長に"力"が無いにしても…」
その言葉に床を這い蹲るドミニクがピクリと反応する。
黒い男「ま、それだけでもスゲーケドな…何の"力"も持たない人間に取り憑くとか…よっぽどの"嫉妬"だ ま、お陰でこんな成長の遅い、小っせぇ状態だ …が」
突如右手のリヴァイアサンを宙に放り投げると、背中の長大な袋からいつの間にか取り出していた、"古びた槍"を取り出す。
副長「!そ…それは…?!」
黒い男「聖ゲオルギウスの龍殺し…"アスカロン"だ!」
言いつつ途轍もない勢いでアスカロンを思い切り投げ放つと、空中のリヴァイアサンを貫く。
そしてそれと同時に空中に裂け目が生まれた。
副長「うっ…おっ…!」
その裂け目はその場=空間を震わせ、歪みを作り、リヴァイアサンを吸い込んでいく。
ゆっくりと、そして強力に、その中へとリヴァイアサンは飲み込まれていった。
そしてリヴァイアサンの全てを吸い終わり、何もなくなったその空中から、アスカロンが床へと落下し、"からん"という乾いた音だけが、室内へと響いた。
黒い男「コレで、"嫉妬の大罪"は送り返した…後は、副長のオッサンよ」
カツカツ歩きながら床に落ちたアスカロンを拾い、副長へと向き直す。
副長「な…なんだ…?」
蹌踉めきながら聞き返す。
黒い男「コイツの証言頼むわ」
親指で差しながら述べる。
副長「あ…ああ…そうか…そうだな…」
その、先程の殺意を持った鬼気迫る状態とは打って変わって違う態度に緊張が解けたか、痛みもあるのか、床へとへたり込む。
黒い男「その前に…連れ出さねーとな…」
言って近付いた刹那、後方からの衝撃音と共に、副長の右胸部を、弾丸が貫いた。
銃声と共に呻き声を上げ、副長が項垂れる―
不遜な態度を崩さないドミニクに向けられる強烈な意志―
それは…




