後編 其の十六
1970年代―
ドミニクはバチカンにいた―
十六
ドミニク・サンティスは、ドミニコ会の熱心な信徒だった。
70年代、幼き頃から敬虔であり、ゆくゆくは"ドミニ・カネス"として、この世界に教会の威光を伝える―それはつまり異端=魔から民衆を守るという使命に燃えていた。
だが、その使命は、直ぐに果たされない事を知る。
十代半ばを越えた辺りで、異端審問官として、バチカンで術士の試験を受けた時だった。
法力が全く無いと知ったのは。
それは絶望だった。
何をしてもどうしても、その場所に辿り着けないという事が。
彼は悩み、絶望した。
これほどまでに全てを捧げた神からの返答が"無"だったのが。
しかし、彼は頭は回った。
彼は理由を探した。
どうすれば、法力を得られるのか。
しかし、結論から言えば、それは無駄に終わる。
若さ故に、眼に視えない未来への可能性へ掛けたのだ。
結局、彼は術士の能力を持たず、知識のみが増えていった。
それにより、周囲の会員達からは、落ち零れと呼ばれるようになっていた。
ドミニクは、この頃より周囲の人間に対する怒りが募っていた。
何故、こんなにも努力をし、理解している自分よりも、あんなに普段からまともに祈りをしていない人間の方が術士になり、自分はそんな連中に落第者扱いされねばならないのか?!
何も解っていないエセ殉教者め!
その怒りと妬みが、ドミニクの心の中で大きくなっていた。
―何故上手くいかない?
―どうして出来ない?
―アイツ等はアイツ等はアイツ等は!
知れず、その思いは劣等感=怒りへと変換され続けていた。
80年代、転機が訪れる。
しかし、彼は頭は回った。
政治的手腕が高かったのだ。
交渉事や駆け引きが上手く、教会の特使として、重宝された。
それはバチカンに潜り込めるほど。
スペイン、ローマから特使としてバチカンへ向かい交渉し、複雑な状況に落とし所を付ける交渉術―
瞬く間に彼は出世した。
それにより、馬鹿にしていた術士達も、態度を変える。
その浅ましい行為にも、彼は嫌悪を表すが、内心、満たされていた。
90年代後半、彼にとって最大の好機が訪れる。
99年に起きた、全世界規模の災厄を封じるという一大イベント。
そこで自身の能力の高さを見せれば、神の御国を実現出来る組織を作れるのではないか?
その野心が大きくなっていく。
自分を馬鹿にした奴等を兵隊…盾として配備させよう。
あんな奴等は別にいなくても構わない。
代わりは山程いる。
それに、あの程度の信仰心で神の代行者を名乗るのは甚だしい。
半端物は要らない。
基本は中心地で行う巫女とハンター達のみ無事であらば良い。
周囲への怪異は物量で解決すれば。
これほどの配備を行えるのは自分以外いない。
大事の前の小事だ。
犠牲はつきもの。
致し方ない。
復讐―それは任務という名を持った復讐だった。
結果、相応な被害を西方教会に与えるも、彼はその功績を認められ、西側東側にも恩を売る事となる。
そして新たな"協会"を東方に立ち上げるという行動に移れた。
教会の権威を振るい、日本政府と共同で立ち上げられた、神の家…
自身が崇める神の意志を代行する異端審問組織…
法力など無くても神の意志は代行出来る…
彼は満たされた。
…ハズだった。
1年前、黒い男が協会に現れ、そして離反してからは―
あの、当時の術士達を思わせる受け答え―
気に食わなかった。
全ての所作が。
無知な癖に口は出してくる。
この世界はこういうものだという事すら享受出来ない。
生意気な愚か者―
―それがドミニクの印象だった。
それなのに、周りに人が集まり、事件を解決してくる。
腹立たしい―
それからというもの、苛立ちが無くならない。
あの身勝手な振る舞い―神の威光を無視し、我が神の代行組織の神罰を横から奪う不埒者へと成り下がった―
神の代行者としてその神託を与えたもうた我々を裏切る恩知らずめ…!
赦す事など出来ない…!
神の名に於いて、必ず罰を与え、この協会の元に跪かせねばならない。
―この頃にはもう、その不満で満たされてしまっていた。
それはもう、何を行っても不満が生まれ、満足する事は無い状態へと変貌してしまっていた。
"復讐"という二つ名が、再び彼に付くほどに…
自身でもその深層心理に、気付いては、いない。
プルス・アウルトラ本部―
―殺してはならない!―
副長の叫びに、黒い男は応える…




