後編 其の十
隠し通路から協会へと侵入する黒い男―
その先には…
十
―8月8日(月) 夜11時過ぎ―
―千代田区 プルス・アウルトラ本部 通路―
非常警告灯が明滅し、薄暗く広大なコンクリート製の通路を照らす。
最近発表された日比谷共同溝と関連がありそうだが…建築の歴史はよく解らない。
黒い男「…東京地下施設か…都市伝説だな…」
独り言を呟いた。
エージェントAから齎された情報により、一番重要な予備電源は破壊した。
これでこの施設の防壁は紙の様なもの。
この狂った組織を破壊出来る…
この世界の悪意を一つ消せるのだ。
そうすれば、少し安心する。
自分が、正しいと。
自分が、間違っていないのだと。
自分が、存在しているのに意味が在ると。
世界を、少しは良く出来たんだと。
その為に、戦っているのだと。
だから、その不安と苛立ちを消す為にも。
この世の悪は滅さなければ。
それが、自分の"理由"なのだから。
その思いを胸に前を向き、歩みを進める。
そんな事を考えている間に、開けた場所へと出た。
―千代田区 プルス・アウルトラ本部 エントランス―
簡素な作りにコンクリ壁…組織の本部としては飾り気が無い。
しかしこのエントランスには一息つく為の大型ソファーや観葉植物と、大型プラズマTVのモニターが置かれている。
恐らく派遣される協会員達がまったり休んだりするのだろう。
しかしこんな圧迫を感じる施設では居心地が悪くて仕方ないだろう。
薄暗く警告灯の点滅している今の状況では、そんな事は感じないが。
エントランスに入ると、奥の通路から以前感じた敵意が来るのを感じた。
以前仕留め損ねたあの感じを。
黒い男「…来たか…!」
獲物が来たと言わんばかりの高揚感で口元が歪む。
背中から"閻魔"を抜いて、目前の"敵意"へと駆け出す。
向こう側からも近付いてくるのが解る。
一定の距離まで近付くと、跳躍し、上段から思い切り刀を振り下ろす。
金属的な音と共に、目前になった敵意を持つ者―あの女が、構えた両手の間に通した"糸"で、斬撃を受け止めていた。
黒い男「また会えたなァ…! 傀儡女…!」
その言葉に微動だにせずにいるが、力の差は歴然なので、苦しげな顔をしている。
黒い男「この"糸"…オマエの"力"か…? 何時まで耐えられるかなァ…!」
そう言って振り下ろす刀に、更に力を込める。
"糸"を強化していようと、明らかな力の差で劣勢に陥る。
が、右手の力を抜いて刀を糸で流す。
黒い男「!ぅおッ…!」
体勢を崩してしまい刀を空振る。
と、同時にその隙に何かの衝撃を右脇腹に受け、思い切り吹き飛ばされた。
黒い男「ぐゥおッ…!?」
体勢を立て直しながらも地面に両足を踏ん張りつつ衝撃を消す。
黒い男「やるじゃねーか…! まだそんな隠し球…!」
煽りながら顔を上げた先に眼に入ってきたモノに、言葉を無くす。
それと共に、心音が大きく跳ね上がる。
ギチギチ音を立てながら、その傀儡女の前に現れた人型のそれは、自分の心を黒く染め上げるには十分なモノだった。
それは傷―
心を穿つ刃―
それに曝された黒い男は…




